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永遠に触れたくて  作者: 桜倉ちひろ
転:絡まる恋
59/123

27

 ――――――


 昨晩、卵があることだけは確認していたのと、意外にもご飯だけは冷凍して置いてあったのを発見した私は、卵雑炊を作成した。といっても野菜も何もないので、卵粥としか言いようがないんだけれど。

 すっかり回復した様子の補佐は、

 「美味い。江藤いい嫁になるよ」

 なんて、さっきの冗談を今頃返してるつもりかなんなのかさっぱりわからないことを言う。

 「おだてたってなにも出ませんから」

 私はその言葉を軽く流して、補佐が差し出した椀にお代わりをついだ。

 結局、作ったほとんどを補佐が食べ、私はちっとも食が進まずに3口食べて水を飲んで終わった。これからいよいよ話が始まるのかと思うと、モノが喉を通らない。いつの間にか黙ったまま、ただ俯いて座っていた。

 食べ終わった後、なんとなく沈黙が続いて「コーヒー飲むか?」って尋ねられた声でようやく顔を上げる。

 「あ、私やります」

 「いやこれくらいは……」

 「いいですから」

 強引に補佐をキッチンから追い出して、コーヒーの場所を尋ねてからお湯を沸かした。その間に食器も下げて、洗ってしまう。淹れてからソファーに腰かける補佐の元へと持っていくと

 「悪いな……」

 申し訳ないって感じの顔をして、カップを私から受け取ってテーブルに置いた。カップを置く様子を見ながら、20センチほどの距離を置いてソファーに座る。隣に私が座ると、はぁーっと横で補佐が息を吐く。そのため息に、いよいよかと心臓がドキドキし始めた私は、落ち着かなくてまたカップを手に取って一口コーヒーをすすった。

 言うなら早く言ってしまって、なんて思う気持ちと、何も言わないでって気持ちとでいっぱいになりながら膝頭を見つめる。だけど、そんなことでは何も解決しない。

 手に持ったカップをテーブルに置くと、コトって音がした後に補佐が少し動く音がした。

 「江藤……話、してもいいか?」

 隣の補佐からようやく声が聞こえて、またシンと鎮まる部屋の中。もしかして、昨日の待っててくれって言ったことを忘れてるのかな、と思っていた。でもそうじゃなかったことに安堵する反面、やっぱり不安が襲ってきた。

 ゆっくりと息を吸ってから覚悟を決めて、はい、と静かに返事をしたけれど、身体はピリピリと痛んで、覚悟なんて出来ているような気がしない。

 「どこから話そうか……そうだな。俺と長井は上中出身なんだけど、知ってるか?」

 「いえ――あ、だから八重子先輩のことはよく知ってるんですね」

 「そう。と言っても、釜田は卒業後に入ってきたから、俺はOBとしてしか面識ないけどな」

 正直、そんな話を始められるとも思ってなかった私は面食らったけれど、突然重い話から始まったわけでもないことに一瞬ホッとした。

 でも、それはほんの少し与えられた前置きに過ぎなかった。

 「長井と盛り上がって、気づいたら演劇部に入ることになってた。それであの夏季合宿でめぐみと……木橋恵と出会った」

 木橋。

 それは昨日長井さんから教えられた人物と同じ名前だ。予想はしていたけれど、それがやはり女性だということが分かって胸がズキリと痛む。

 「恵は、下中出身でなぜか目立つ女だった。1年目は長井と同じグループで俺とはそこまでの接点もなかったけれど、2年で同じグループになって、馬が合った。いつまで話しても飽きなくて、多分俺は……そのころから、アイツが好きだったんだと思う」

 ぐさりと刺さる、好きだった、って言葉。

 私がまるっきり知らない女性が好きだった話を聞かされて、耳が痛い。でも、聞くと決めた私はギュッと膝頭で拳を握りしめて耳を補佐の口から出てくる言葉に傾けた。

 「でも合宿が終わればほかの学校の奴とは会うこともない。なんとなく芽生えた想いはあるのに、俺が次に会ったのは、中学3年の夏季合宿の時だった」

 補佐はそう言って、一口コーヒーを飲むとゆっくり呼吸をしてからまた話を続けた。

 「久しぶりに会って、テンションが上がってすごく二人の仲が近づいた感じがあった。今思えばそのころ俺とアイツが一番心が通ってたんだと思う」

 ただ淡々と、思い出話を語るように話す補佐。それでも端々に出てくる彼女への想いが見え隠れして、それが痛くて堪らない。唇を噛みしめそうになるのを耐えるように、何度も下唇を噛んではそれを意識して止める。

 「3年だから自然に受験の話にもなって、高校は一緒かもしれないなって笑った。そんな楽しかった3日間は終わって、俺はまたアイツに会うことがなくなった。そして高校の入学式で――結局、彼女と会うことはなかったんだ」

 「どうして、ですか?」

 「受験日の当日に高熱が出て試験が受けられなかったんだ。それで私立の女子高に行ったらしい。馬鹿な奴だろ?」

 馬鹿な奴と言いながらも、その声が優しくて私は訳もなく涙が出そうになる。

 もう、聞きたくない。

 何も始まってないのかもしれないけれど、もう私は後悔し始めていた。補佐の口から女性の名前なんて、聞きたくない。だから……ぎゅっと目を瞑って、俯いたまま私は思わず口を開いてしまった。

 「補佐……もう、聞きたくないです」

 ぎゅうっとズボンを握りしめて、何度も止めていたけれど、止めきれずに唇を噛んだ。

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