24
冷たかったのか、少し眉間にしわを寄せた補佐。その顔にまた少し笑みを漏らし、私は補佐の右手を両手でぎゅっと握りしめた。じっと顔を見つめながら、ふーっと息を吐く。
やっぱり私――
「……すき」
思わず、寝入ったままの補佐に告白をしていた。うっかりとは言え、本音が漏れてしまった自分に顔が赤くなる。そのままじっと見ていると、苦しそうに顔を歪めた補佐に私の顔まで歪みそうになった。
ぎゅっと握る手に力を込めて、少しでも私の元気が届けばいいと願う。その気持ちが高ぶりすぎて、気が付けば握りしめた手の甲に唇を落としていた。たくさんの願いを込めて――ギュッと握りしめて、それからそっと起こさないように手を放す。
その間ずっと、補佐の手だけを見つめてた。だから――気がついていなかった。
「江藤……俺なんか、止めとけ」
そう声が聞こえるまで、彼が起きていることに。
「ほ、さっ……!!」
これ以上無い程、大きく目を開いて補佐を見た。こっそりした告白のつもりが、本人にはっきり聞かれていたなんて死ぬほど恥ずかしい。闇夜に紛れて見えないだろうけど、私の顔は発火してるんじゃないかと思うほどさらに赤くなっていた。
「起きて、たんですかっ?」
恥ずかしくて、妙に大きな声でそう尋ねてしまう。けれど、それにも関わらず補佐はただゆっくり体を起こして言う。
「悪かった、江藤」
止めておけ、悪かったって。そんなマイナスな言葉ばかりを告げる補佐に、ギュッと胸が痛くなる。
でも、私は見つめる補佐から目を逸らせなくて、ただただ無言のまま見つめ返した。月の光で逆光になっている補佐の顔が今一つ見えなくて、戸惑う。
「江藤……」
「ハイ」
「俺なんか、止めとけ」
また同じ言葉を言われて、苦しくてギュッと心臓を掴まれたような感覚に陥った。
もう、ばれてしまった気持ちはどうしようもない。それに私はもう……自分の気持ちを認めるって決めたから。捨てないって、決めたから。
「嫌、です」
だから、上司の言葉に逆らった。
ううん、大好きな人に逆らった。
「私は、あなたが……好きなんです。ずっと――」
中学生のころから続く、淡い気持ち。ずっと思い続けていたわけじゃない。
でも、多分。
私はきっとあのころから、この人を忘れられずに生きてきたんじゃないかって、今はそう思う。
例えそれが思い過ごしだと言われても。恥ずかしいけれど、もう言わずにはいられなかった。
想いが溢れて止まらなくない。
「ダメだって言われたら、自分の気持ちも潰さなきゃダメなんですか? 私は、私は……ただ、好きなんです。想っていたいだけなんです」
まだお酒のせいで気持ちが高ぶっているのか、急にこみ上げてきて涙が零れた。
実らない恋をしたいなんて、それを続けたいなんて本人に告げてどうするんだという気持ちになる。
でも、それでも……言わずにはいられなくて、私はただ心をぶちまけた。ぶちまけて興奮する私に、ゆっくりと手が伸ばされて私の頬を包む。俯いた瞳を上げると、やはりよく見えない補佐の表情。
いつもより少し熱い掌が私の頬を掴んで、そっと涙を親指が拭った。
「分からないんだ、まだ」
苦しそうな声でそう漏らす補佐。
――何が? 何が分からないの?
じっと見つめて瞳でそう問いかけると、補佐は私の瞳からその目を逸らして小声でそっと呟く。
「俺にはまだ、永遠が何か分からない」
悔しそうに唇を少し噛みしめると、補佐は私から手を離した。補佐の言う言葉がよく分からなくて戸惑う。
「俺はまだ、ここから動けないから。お前は俺なんか止めとけ」
そしてまた同じ言葉を繰り返される。でも、あまりにも補佐の方が辛そうな顔をするから、私はそんな補佐の言葉を受け止められずにただ見つめるしかなかった。
それに……まさか、と思って驚いていた。
あの8年前に問われた言葉。あれをまだ、補佐が引きずっているだなんて思っていなかった――
あれは合宿2日目の夜のことだ。
すっかり打ち解けた私たち中学生とトキ兄たち大学生組。一人っ子の私は年上のお兄さんたちが嬉しくて、2日目にはすでにトキ兄に淡い気持ちを抱き始めていた。たった2日でって思うかもしれないけれど、当時中学生の私にとっては年上のお兄さんと言うだけでもうドキドキしたものだ。
そんなトキ兄と、2日目の夜二人きりになった。
最終日の3日目の朝に発表する舞台のセリフを覚えるため、私はみんなとは離れた場所で練習しようと外に出ていた。合宿所の園庭に大きな岩があるその場所は、星と月の明かりに照らされた明るい場所だ。
満天の星空を眺めながらそこに寝転がることが1年の時に好きになった私は、その夜もその場所へ向かった。ところがそこには珍しく先客がいた。それがトキ兄だ。
「よっ。もっぷちゃん」
ニッと笑ってタバコを口に咥えるトキ兄。ドキドキと嬉しさで駆け寄って岩に登ると、私はワザとらしく頬を膨らませた。
「もー! ここ私のお気に入りの場所なんだから、邪魔ですよ」
なんて憎まれ口をたたきながら、嬉しそうに笑みを浮かべてトキ兄の横に座ったんだ。
「ちゃんと練習してんのか?」
今なお健在している少し意地悪そうな顔で、私にそう尋ねるトキ兄。そんな言葉でも私に話しかけてもらえるのが嬉しくて、私はきゅんとしたんだっけ。
 




