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タクシーのドアが開いて名前の確認を運転手がすると、補佐を後部席の奥に長井さんが押し入れる。
「じゃ、よろしくね」
何に対してかよく分からない、全てを一括りにした「よろしく」という言葉を言い置いて、長井さんはひらひらと手を振る。私はそんな長井さんに戸惑いが隠せないまま、ぐったりとした補佐の座るタクシーに乗り込んだ。
「あ、これ渡しておいて」
ドアが閉まる直前。長井さんはポケットをがさごそ漁って、私の掌に小さな袋を2つ乗せた。
「一つはもっぷちゃんにあげるよ。うちのは癒されるから」
長井さんがそう言ってにっこり笑ったと同時にドアがパタンと締まる。ぺこりと無言で頭を下げると、長井さんは親指をびしっと立てて笑っていた。
なんだか掴めない人だ。――けど嫌いじゃない。
なんて思いながらちらりと横を見ると、まだドリーム中の補佐が眉間にしわを寄せて寝ている。
一体どんな夢見てるのかな? なんて思いながらタクシーの運転手に行先を告げると、静かに走り出した。
身体が車の走行で揺られながら、走り始めた車中で手の中にある袋を持ち上げてみた。これ、見たことあるな……とさっき一瞬思ったのはどうやら間違いじゃなかったみたいだ。
「こんぺいとう……」
過去2回、補佐からもらったものと同じ金平糖だった。貰い物だけど……なんて言ってたのは、長井さんからだったと知って少しホッとした。
正直、こんなものを贈るなんて女性だろうと思っていたから、後々思い返して少し切なかった。
でも……うちの、ってことは長井さんが作っているのだろうか?
「面白い人」
なぜ金平糖を補佐にあげるのかは分からないけれど、何でも見透かした表情で金平糖を作っているらしい長井さんを思い浮かべるとちょっとおかしかった。
「お客さん、この辺りですか?」
「次を右でお願いします」
尋ねられて簡単に説明すると、ほどなくして補佐のマンションの下に着いた。
もう――後戻りは出来ない。なぜかそんな風に思いながら、私はお金を支払った。
タクシーから降りてもらうのに一苦労して、なんとか朦朧とした頭のままの補佐を引きずりながら玄関まで辿りついた。
玄関前に来て、状況が理解できないながらも補佐は鈍い痛みを与える頭を押さえながらカギを取り出して私に渡す。きっと鍵を開けることも無理なくらい、頭が痛くて身体が辛いんだろう。
受け取った鍵でカチャリとドアを開けると、補佐はフラフラと入ったかと思ったら玄関で倒れた。
「補佐っ!?」
折角ここまで頑張ったのに台無しじゃない!!
叫びだしそうになるのを抑えて、玄関の鍵をかけてから急いで補佐に駆け寄る。
「痛ぇ……」
フローリングの廊下に、顔面から思い切り倒れたら人間誰しも痛い。当たり前の感想を漏らす補佐に苦笑しながら廊下をきょろきょろと見渡した。
「寝室は右手のところですよね? もうちょっとだけ頑張ってください」
と言ったのに、補佐は体を起こすことなくそのまま倒れた。
――ま、待ってよほさー!!
私と補佐の身長さを見比べてため息を吐きそうになる。
でもこんな状態の彼を廊下に放り出しておくことも出来ずに、完全に動きの終了した補佐を気合を入れて引きずり、無意識の彼を無理矢理ベッドに寝かせた。すでにここまでで疲労困憊の私は、ベッドを背にずるずると床に座り込んだ。
このまま私まで寝てしまいたい気持ちになるけれど、そんなことはしていられない。重い身体を起こして布団を掛けた補佐を見下ろすと、そっと額に手を当てて何とも言えない吐息が洩れた。
「熱、出すぎですよ」
エントランスから支えて歩いてきたから、かなり補佐の体温が熱いことを感じていた。
分かっていたとは言え、やはり苦しく思う。4月からこっち、ずっと働きづめだった補佐。
ロクなフォローをしてくれる人間もいなくて、使いっぱしりに出来たのは私だけ。年齢も近い人間には、恐らく用事も頼みにくかったんじゃないかと思う。
補佐になった経緯を考えると、下っ端の私にも少しは想像がつく。補佐が、課長の仕事を担って仕事を続けるのは大変だっただろうって。おまけに職務手当が付く分、残業手当がない。本来の補佐がやってる仕事の見返りを、会社からもらえているとは思えなかった。
「少しは、力抜けばいいのに……」
全力で頑張っている補佐だからこそ、私もついていきたいと思う。その反面、もっと楽してほしいとも思う。
好きだから。
大事な人だからこそ、自分を大事にしてほしい。そう思うと、きゅっと胸が痛んだ。
「冷やしてあげなきゃ」
感傷に浸ってる場合じゃないと思い出し、タオルのある場所を探しに部屋を出た。大体洗面所付近だろうと予測して探してみると、ハンドタオルサイズのものが箱のままいくつか置いてあるのを発見した。
「男の人ってこのサイズのタオル使わないよね」
そんなことを思いなんとなく笑いが込み上げる。
ところどころ杜撰に置かれた物。ぱっと見は綺麗なのに、おおざっぱなところも見えてなんだか笑えた。少しだけ、永友刻也本人に触れた感じがしてにやけてしまう。
タオルを持ってキッチンへ向かい、氷をビニール袋に入れて少し砕いてから、タオルにくるんだ。
それを2個用意して、補佐のもとへと戻る。熱を下げるにはおでこを冷やすのではなく、脇を冷やした方がいい。ふとそんな母の言った情報を思い出し、私は寝入ったままの補佐の布団をゆっくり剥ぎ取ると、そっと腕を持ち上げて両方の脇の下にタオルを挟んだ。
 




