18
ジョッキを傾ける補佐に、メニューを必死に見続ける私。
そんな私たちにやっぱり果敢なるチャレンジをしたのは、またしても真田君だった。
「仲、いいっすね」
バッと顔を勢いよく上げたのは言うまでもない。上げた先に、ニヤリと笑う真子と目が合って私は慌てて逸らした。
「もゆっぺがトキ兄とそんなに仲良いとか本気でびっくりなんだけど」
「あ、いや、えと……部下、だからさ?」
「それだけ?」
それだけ? ……と聞かれて、声が出なくなった。
それだけだと思う。でも、それだけじゃないと思いたい。
週末に一緒に劇を見るというのは、それだけにあたる関係なんだろうか。そこに意味を付けたいと思うのは、私だけ。
そうは分かってるのに、言葉にならない。それだけだよって自分の口から言いたくないんだ。……ただそれだけと分かっているのに。
急に言葉に詰まる私を不思議そうに見つめる真田君。ジッとただ見つめる真子。
奇妙な空気が流れたその時……
「先日はすみませんっした!!」
タイムリーにも、海人さんが補佐の横に滑り込んできた。私同様に口を開けずに固まっていた補佐は、飛び込んできた海人さんに助けられたと思ったんだろうか。
明らかにホッとした息を吐いて、べしっと形だけ海人さんの頭を叩いた。
「ほんとにな、海人」
叩きながらも、元気な姿を見れて心底ほっとした顔をしてるのが分かる。だって私も同じ気持ちだから。
あの日……海人さんが事故と聞いたときには、もうどうしたらいいんだろうって思った。
海人さんはやっぱり私たちの中心で、いつだってみんなを賑わせてくれる人だった。その人が居なくなったらどうしたらいいのだろうって。
少し涙ぐんでしまいそうなほどの感激の再会のはずなのに、やっぱり海人さんは海人さんだった。
「ほんとお二人にはご迷惑をかけ、大変申し訳ございませんで候」
仰々しく堅苦しい言葉を並べ立て、わざとらしくひれ伏した海人さん。最後に候とか言っちゃって笑いをきっちり取るあたりがほんとに上手い。
「もー! ほんっとに心配したんですよ!?」
相変わらずな海人さんにケラケラ笑ってしまい、締まりきらないままに一応文句を言っていると
スパーン
音が鳴りそうな程綺麗に、海人さんの頭はスリッパで叩かれていた。
「もっと真面目に謝れっ」
ひれ伏したままの海人さんの背中に、さらに足をげしっと蹴りいれて後ろに立つ美人。それはもう、ドS降臨中の……八重子先輩だった。
海人さんを踏んづけていた足を退けると、八重子さんまで海人さんの横に正座して補佐と私に向かって綺麗に頭を下げる。
「この度は大変ご迷惑を掛けました」
「ちょっ、え!? や、八重子先輩!?」
突然のその行動についていけなくてパニックを起こす私。けれど、そんなことで動じない補佐はポンと先輩の肩を叩いた。
「釜田、お前は悪くないだろ。顔あげとけ」
恐る恐る顔を上げる八重子さんにニッと補佐は笑うと「悪いのは、コイツだろ?」と言いながら、また海人さんを叩く。いてぇとか言いながらも嬉しそうな海人さんに、トキ兄って言いながら涙を滲ませる八重子先輩。その3人の様子を見て、私は補佐の素敵上司ぶりは昔から先輩として顕在していたんだと理解した。けれど、なんの衒いもなく彼をトキ兄と呼べる八重子先輩が羨ましいと感じて、一瞬ずきりと胸が痛んだ。
これが、馬鹿な嫉妬だってことはよく分かってるケド。
誰よりも近くで、誰よりも傍にいるはずなのに……今この場で、彼をトキ兄とただ呼べない自分は、誰よりも永友刻也から遠い人間に思えた。
そんなことをぼんやりと感じていたら、慌てて飛び起きた海人さんが八重子先輩を腕に閉じ込めて叫んだ。
「ちょっとトキ兄! 八重子を籠絡するの止めてくださいよぉっ」
「バ海人!! 離せ、あほぉっ!!」
それを思い切り突っぱねて、肩をばしばしと叩き返す八重子先輩。遠くに飛んでいた意識が、その二人の様子を見て戻ってきて、私は目を見張った。多分私だけじゃなくて、他のみんなもおんなじ顔をしているだろう。
「あれ? 海人さん、もしかして、もしかしますか!?」
向かいの席から黙りっぱなしだった真田君が突然身を乗り出して、左手をぐーにしてマイクさながらその手を突き出した。
そして、その真田君の左手マイクを海人さんは握りしめて、嬉しそうに八重子先輩の手を握ったまま立ち上がる。
「よくぞ聞いてくれた真田よ! ゴホン。あー、皆様。この度ワタクシ吉村海人と釜田八重子はお付き合いを始め。あー、来年春に結婚することになりました!」
イエイッ!
そのままピースをして、周りの人間に笑顔を振りまきまくる海人さん。
「ま、マジっすか海人さん!!」
テンションあがってジャンプする真田くん。隣の真子はついていけずにぽかんと口を開いていて、同様にえーっと言う顔をしながら私も声が出ない。
「だぁかぁらっ!! アンタのその恥ずかしい生き方を止めろっていってんのよ!!」
スパァンッ!!
もうすでに夫婦漫才でも始めるがごとく、八重子先輩から繰り出されたスリッパが小気味良い音を響かせて、周りのみんなはようやく笑い始めた。
「おめでとう」
落ち着いた声で補佐がそう言ったのを皮切りに、次々とおめでとうの声が上がる。
「もうっ、信じらんない」
顔を掌で覆って俯く八重子先輩。
顔が赤くて、いつもの強気な姿が鳴りを潜めている姿は女の私が見ても可愛い。




