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永遠に触れたくて  作者: 桜倉ちひろ
転:絡まる恋
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 「永友補佐はさ。酷いクレーマー対応についてもう一度考え直すべきだって部長に言いに来たんだ」

 「……え?」

 「特に女性への風当たりはきつくて酷い。客によれば、女性になら失礼なことを言ってもいいとさえ思っている奴が中にはいるって。何もかもから保護することはないけど、女性が不必要に傷つけられたりすることが無いように配慮はするべきだ――みたいな、申し入れ?」

 「うそぉ……」

 「マジ」

 マジ、というもりやんの顔を見れば、どう考えたって嘘をついているようには見えない。というか、嘘を吐く意味もないことは明らかだ。

 堪らなくなって、上を向いてからふーっと長く息を吐いた。

 きっと、私がボロボロになって傷ついて、落ち込んで仕事に支障来たして……そんなことがあったから、補佐が行動を起こしてくれたんだ。そりゃあ私以外の要因もあったとは思う。言い方からすれば、過去にもそして現在にも、私以外の女性が傷ついてきたんだろうって想像がついた。

 だからそれを改善しようとすべく、と言うのは分かる。

 けれど、だからって畑違いの総務の人間が、ましてや相手は部長なのに問題提起するだなんてあり得ないにも程がある。

 もうなんだかいろいろと補佐の行動にはついていけなくて、感動の気持ち反面、眩暈がしそうだ。

 倒れそうになるのを支えるように背もたれに体重を預けると、もりやんが話を続けてくれた。

 「実はアイツ……あー、さっき会わせた後輩な」

 「あー。涼華ちゃん、ね?」

 「えーとーうー?」

 「はいはい、続けて」

 茶化して涼華ちゃんと言うと、恥ずかしそうに怒るもりやん。

 やっぱりただの後輩じゃないみたいだ。今度じっくり聞かせてもらわなきゃって思ってにんまりすると、もりやんは『涼華のことは今度な』って言ってくれたから、取りあえずそれは黙ってあげることにした。

 「あいつさ、江藤が電話で相手してくれた奴から、本当にストーカーみたいな目にあってたんだよな。それが補佐の申し入れをきっかけに公に広まってさ。他にもそういう目に遭ったって話も出てきたりして、結構改善されたんだよ」

 「まじで……?」

 「本気で」

 補佐の提案が受け入れられて、それで本当に現場の空気が変わったってすごすぎると思う。

 売り上げが上がるわけじゃない。それにメンタルのことなんて見えない問題なんだ。それを変えてくれるってすごいことだって本当に思う。

 堪らずになんだか叫びだしそうになる口元を隠していたら、もりやんは自分のことを話してくれた、

 「俺、涼華が辛い思いをしているって分かってたけど何も出来なかった。それを上司とかに言っていいのかとかも全然分からなかったし、どこまでしてやることが正しいのかも量れてなかった。だから出来るだけ電話には俺が対応してやればいいやってそれぐらいの気持ちしか無かった。けど」

 「けど?」

 「俺が気付いていた以上に何度も電話がかかって来てて、いろいろ言われてたらしい」

 もりやんはそう言うと、心底悔しそうな表情を浮かべて歯を噛みしめていた。きっと気づけなかった自分が歯がゆいんだろう。けれどそれにかける言葉はなくて、私はただ無言で視線を逸らした。

 「俺がいないときに電話に出て困っていたことも結構あったみたいでさ。でも周囲の人間は可哀想とは思っても誰も口出ししなかったんだよ。営業なんだからそれくらいはなんとかしろよって感じで」

 その空気、分かる気がするなって私も思った。私だって営業補佐で伊達に2年も過ごしていない。

 クレーム対応もしてきたし、信じられない暴言を浴びせられたことだってある。けれどそれを慰めてもくれなければ、どれだけ困っていても助けてくれる人なんていなかった。 

 「でも永友補佐がそういう周りの考え方とか空気も全部ひっくるめて、改善申し入れしてくれてな。それから例の男の担当も涼華外してもらえて。それで相手も諦めたのかクレームの電話を止めてきた」

 なんだか信じられない話に私はただ目を見張るしかなくて、言葉が出なかった。

 私には何もしなくていいって言っておきながら、しっかり自分は後始末つけてるとか。もう、あの人ってどんだけなんだ!? って感じだ。格好良すぎて、声にならない。

 悔しいぐらいに、出来るあの人が……的確に下の人間の気持ちを汲んで実行してくれる上司の顔が脳裏に浮かんで、私は涙が出そうになった。

 電話のときだってそうだ。私は補佐に何も言わなかったのに追いかけて来てくれた。それで全部を許してくれて、大丈夫だって背中を押してくれた。堪らなく嬉しくて、頑張ろうって思えたのは補佐のお蔭だ。

 その上営業の方にまでいろいろ気をまわしてくれて、一体どうなってるんだって話だよ。

 はぁー、と息を吐いて天井を見上げて流れないように涙を止めていると、席を立ったもりやんが紙コップを捨てた音が響いた。

 いろいろ言葉にならない想いが溢れてくる。

 一々格好良すぎる上司はどうかって思うんだ。私に言わずにさらっとこっそりやってのけちゃうのが、さらにかっこいいと思う反面悔しくて、腹が立つくらい。

 でもやっぱり、悔しいけど格好いいって思ってしまう。目の前の同期ですら、同性なのに補佐に感動と言うか感激と言うか、心臓打ち抜かれてる。これで好きになるなとか、もう――無理だよ。

 私はこのとき漸く自分の気持ちを認める決意をした。

 ――ただ、想うだけだから。想う気持ちだけなら、傷はつかないから。

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