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永遠に触れたくて  作者: 桜倉ちひろ
転:絡まる恋
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 実は……先日の電話の一件のことを私からもりやんに何も報告できずにいた。補佐から「今回の件は任せておけ」と言われたからだけれど、やっぱり何かモヤモヤしていて、一言、当事者の私からもりやんに伝えたいと思っていたから、今がチャンスだと思った。

 「江藤、今からちょっと時間良いか?」

 私がどう切り出そうか悩んでいたら、先にもりやんから誘ってくれた。

 うん、こういうスマートさももりやんには負けるなって私が思うところだ。

 「私ももりやんに話したいことある」

 「ん。じゃ、地下行くか」

 「おっけ」

 私が了承を出すと、もりやんはスッと立ち上がって一つの席へと向かった。

 そこはちょっと前まで、私が座っていた席で……つまりは、もりやんについて営業補佐をしてる子だ。もりやんは今までの業績の良さから、部署は営業に残留だったものの営業補佐から昇格して補佐ではなくなった。そして私の後任で来た新人が彼の補佐に付いた。

 そう、電話の一件で五月病云々に悩んだ彼女=もりやんの補佐だったりする。

 「江藤さん、先日はありがとうございました!!」

 その彼女にもりやんが何かを話しかけると、その子は顔をこちらへ向けるなり私の前にすっ飛んできてぺこりと頭を下げてきた。

 先日の件……というのは、もちろんあの一件だろう。けれど私自身何にもしてないし、むしろ名前も聞かずにお客様に電話を切られるという大失態をしたくらいだから、こちらとしては謝らなくちゃいけない。

 「えっと、顔上げてもらってい? 謝らなきゃいけないのは、私の方だから」

 彼女の肩にそっと手を置いてそう言うと、その子は瞳をうるうるさせながら顔を上げた。

 ――うわー、かぁわいいっ。可愛すぎるー!

 「いえっ! 先輩のおかげで私……、ほんと、ありがとうございましたっ」

 「とりあえず、江藤には俺から説明するから。お前はもういいよ」

 「でもっ」「涼華すずか

 まだ言い足りないって感じの顔をもりやんに向けた彼女に対し、もりやんは名前を呼んで制した。

 ――うぉう、かっこいー、もりやん。

 こんな可愛い子にうるうるの瞳で見上げられたら、超堪らないだろうなぁーなんて、親父みたいなことを考えながら二人の様子を交互にニヤニヤして見ていると、その視線に気がついたもりやんがバツの悪そうな顔をした。

 「ちょい、地下行ってくるから」

 ふて腐れ気味? いや、多分照れてるんだろう。 

 後輩の彼女にそう告げると、彼女は私に向かって静かに頭を下げただけで、もりやんの指示に従う姿勢を見せた。そんなところもすごく可愛い。

 下げた頭を上げると、涼華と呼ばれた彼女はふわっと柔らかく微笑んでくれた。

 先日のあの電話の1件では久しぶりに辛い思いをしたけれど、彼女のこの笑顔を見たら守れて良かったと心底思う。あの時あの客の電話を彼女に振っていたら、今彼女はこの場にいなかったかもしれない。そんなことを考えながら、もりやんと共にエレベーターに乗り込んだ。


 エレベーターの中ではどちらも口を開くことなく無言が続き、途中で誰かに止められることもなく降りた地下。喫煙スペースと食堂、自動販売機が並ぶだけの地下に着くと、もりやんは黙って自販機まで歩く。その後ろを私も黙ってついて歩き、もりやんの隣に並ぶ寸前に尋ねられた。

 「カフェオレでいいか?」

 「あ……うん」

 どうやら奢ってくれるらしいもりやんにそう答えると、彼は何も言わずに硬貨を投入し始めた。

 隣で立っているのも不自然かと思って、先に休憩スペースにあるベンチに腰掛ける。

 あー、このベンチがもっと座り心地が良ければ……なんて贅沢か。

 固いベンチに文句をつけながら腰を掛けると、目の前に淹れたばかりのカフェオレが入ったカップを差し出された。

 「ほい」

 「ゴチです」

 私にカフェオレを渡すと、もりやんは何も言わずに少し離れた場所に腰掛ける。この絶妙な距離をとってくれるところも、同期の中でもりやんを信頼できる部分だなって思う。

 私の場合、過去の経験のせいで男性に対しての警戒心は高くなったけれど、そもそもは男勝り? というか、昔から男の子と話したりするのが嫌いじゃないし苦手でもない。

 だから気を許せる彼のような存在は、私にとって貴重で有難かった。演劇関係で言えば、真田君のような存在だ。恋愛感情なんて全く無い。それは恐らくもりやんも感じているだろうと私は感じている。

 お互い一口啜って無言を貫いていたけれど、私が2口目に口を付けたときに「ほんと、いろいろ助かった」ともりやんが突然正面を向いたままそう言った。

 私も何となくもりやんの方を見ずに、正面の壁を見たまま謝る。

 「こっちこそ、ごめん。あのとき営業に振るべきだったのに、中途半端にでしゃばった。迷惑かけたよね」

 あの時のことを思いだして胸がずきりと痛む。

 忘れたつもりでも刺さった棘が抜け切れていないのを感じて、気持ちが落ち込むのを誤魔化すようにカフェオレをまた一口啜った。

 「んなことねーよ、マジで。本当に、助かったから」

 あまりにも真摯な言葉に横を向くと、真剣な目つきをしたもりやんが私をジッと見ていた。

 ずっと申し訳ないって気持ちでいっぱいだったけれど、もりやんからかけられた言葉が、嘘偽り無い気持ちなんだと感じて私もようやく肩の力が抜けた。

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