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――――――
「かんぱーーいっ」
カチン
それぞれのグラスから、グラスが重なりあう音が響いて皆次々と中身を飲み干す。
お酒が得意なわけじゃないけれど、こういう飲み会の空気だけは好きだなって思いながら、お通しに出て来たぬた和えに箸を伸ばした。
今日は定例になりつつある同期会で、4月1日の異動日は、どこも残業があまりないことからみんなが集まりやすいらしい。
「お前んとこどう?」
ビールをグビっと飲みながらそう声をかけて来たのは、男性陣の中では一番仲良しの風間守矢で、通称もりやん。男の人が少し苦手な私も、もりやんだけは抵抗なく付き合えていて、同期としての距離を上手く保ちながらやっていけている。
質問に対して、うーんと天井を仰ぎながら今日を振り返ってみた。
「んー、イイ感じだよ。程良く忙しいし、やることも幅広いし。全体のバックアップ作業って感じで、私には向いてるかも」
「へー」
「もりやんは?」
そう言って視線をもりやんに戻すと、彼は少しだけ口をへの字にして答えた。
何せ彼は営業4年目。一抜けした私を少し羨ましく思っていることを知っているからこそ、私はその表情をちょっと苦い顔で見つめる。
「俺? うーん、まぁぼちぼち。つーか俺自身は異動してないし」
「あはは、……だよね。あ、でもさ。メンバー変わると違うでしょ?」
「まぁー、な」
私の問いかけに、なぜだか嬉しそうな表情を浮かべたもりやん。
――可愛い子でも入ったのかな?
なんて表情の崩れたもりやんをにやけた顔で見ていたら、嬉しそうな笑みをすぐさま引っ込めて、少し真剣な表情を見せ、思いもよらないことを尋ねてきた。
「そういや、噂の補佐どうよ?」
「噂? 何それ」
寝耳に水、というか全く聞いたことのない『噂の補佐』というフレーズに首を傾げた。
「知らない? なんか超出来るとかって。若干30歳にして課長補佐だって。そもそも補佐なんて枠なかったのに、若すぎるからって理由で上から反発食らって課長にせずに補佐にしたって話。すげーよな」
「へぇ……」
正直、今日一番気になった人物が今話の的である補佐であるだけに、私の興味も募る。何せ初対面は、記憶にはないものの体当たりだ。
ゆっくりと自分なりに今日見た補佐像を思い浮かべてみた。
――背は、見上げた感じから考えると、170㎝後半くらい? あんまりごつくはなくって、すらっとしてたよね……ノンフレームの眼鏡かけてて。あ、髪は短くてワックスで整えてたっけ?
顔……顔? 切れ長の目にスッキリした感じだったかな。やばい、声のイメージが強すぎて、はっきりしないかも。
脳内で少しずつ思いだしながら、補佐像を構築する。今日数回目にしただけの人だから、しっかり覚えてなくても許して欲しい。
あーだこーだ言いながら補佐像をもりやんに伝え、そんな曖昧な記憶すらも酒の肴にしながら、気が付けば同期会はお開きとなっていた。
本音を言えば、もりやんにあれこれ聞かれたけれど、補佐に対して特別な感情を抱くことはなかった。あくまで上司、ただそれだけ。
時折なぜだか感じる懐かしさ、に少しの不思議さを感じたけれどそれは一瞬のことで、それが私の気持ちを何か乱すこともなかった。
それに歳だって8歳も離れてるし、役職的にも平社員の私とはかけ離れていて遠い存在で……もりやんの話を聞いて、私とは程遠いくらいすごい人だって思ったくらいだ。
だから異性として、永友刻也その人を見ようなんて気持ちは湧かなかった。
でもそれは、自分のあまりにも酷い男運のせいで、彼氏が欲しいだとか、そんな感情を持っていないせいかもしれないけれど――
そんな、さらりとした、初めて出会った上司と部下以上の関係性を感じることのない再会が……あなたと私の、偶然の再会。
――――――
「コレ40部用意して。それからこっちは郵送してくれ。後これをエクセルのデータに置き換えてグラフ作成。頼む」
「はいっ」
翌日からの仕事は激務だった。もりやんに言ったように、私の配属された総務課と言うのは本当にバックアップセンターそのものだ。マルチ対応出来なきゃダメって感じで、電話も出るし、出張もするし、顧客対応もすれば、クレームも受ける。他部署の大型会議のセッティングも取り仕切り、社内の状況は全部把握しなくちゃいけない。
営業補佐として、営業に専念してるだけの方がよっぽどいいんじゃないの? ってくらい、あっちこっちに気を配って、頭使って動かなきゃいけない。
その上、この忙しい中、私の直属の上司である主任と係長は新人研修の担当になり、本来課長補佐のサポートをするはずの二人が抜けた穴を埋めるべく私がその補佐役に抜擢されてしまった。
だから、この忙しさなんだけどっ!
分かってるけど、二日目にして目が回りすぎて倒れそうなんですけど!