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「どれからにする?」
嬉しそうな表情の補佐がDVDボックスを持って、私に見せてくれた。ボックスごとドスンとソファーに置かれて、ずらりとDVDのタイトル一覧が並んだ。
背中を見ながらぼんやりしていたけれど、それを見て一気に現実に戻ってきた私は感激のあまり言葉を失う。徐々に目を輝かせ、気が付けばDVDをうっとりと見つめながら両手組んでいた。
「すごい。夢にまで見たプティキャラ……」
「だろ?」
自慢げに補佐は言っているが、確か借りたって言っていた気がする。……なんて心の中で突っ込んだけれど、そんなことどうでもいいほど私は感動していた。あまりにもレア過ぎて、実際に存在するのかも怪しいとさえ思っていたのだ。でも今現物が目の前にある。
ほぉ……感激のあまりため息が漏れた。
どうしよう、見るなら初期作品から順番に見たい。
でも、会員限定とかこのボックスオリジナルの舞台とかあるんだよね?
もう二度とこのボックスを見ることはないかもしれないし……となれば、やっぱり一番見たいものを今見ておかないと。
くぅーー!
今、16時前……補佐、2本くらい見て帰っても怒らないかな?
悶々と悩みながら食い入るように見つめていて、傍と気がついた。
――私の観たいので決めていいのかな?
「補佐はどれを観たんですか?」
すでに観た作品があるなら、それ以外を選ぶべきだよね? そう思って尋ねると、予想外の返事が返ってきた。
「いや、全然観てない」
「え、冗談ですよね? こんなの目の前にして見ずに耐えられないですよね?」
プティキャラファンなら寝不足になってでも一気にみるのでは? なんて思って、率直な自分の気持ちを伝えると、補佐はちょっと困った顔をして私を見た。
なんか、やばいこと言ったのかな……? 刺さる視線を受け返すと、ひょいと反らされた視線。
――やばい、なんか、本当にまずいことしちゃった?
青ざめそうになりながら、心臓をバクバクさせて慌てていたら、ぽつりと恥ずかしげに補佐は漏らした。
「俺、一人で舞台見るの無理なんだ」
「え……と、え?」
言ってる意味が解らなくて、疑問いっぱいって顔でえ? と漏らすと、補佐はフイと顔を背けた。それを追うように横を向く補佐の方に顔を覗きこむと、補佐がまたぼそぼそと呟く。
「舞台をさ。見た感想を誰にも言えないのが耐えられない」
その言葉を聞いて私がぽかんとしていると、補佐は私を見て、だから言いたくなかったんだ、ってまたボソボソ言っている。もうなんだかそれがおかしくて、可愛く見えて私は思わず吹き出していた。
「ふはっ、あははっ」
あまりにもおかしくて、お腹を抱えて笑ってしまった。だって、あまりにも言ってることが分かりすぎるくらい分かってしまうから。
中学を卒業しても、変わらず演劇やり続けた演劇馬鹿な私。舞台を見たら感想を誰かと言い合いたいし、ぶつけ合いたい気持ちがすごく分かる。役者の動きとか、演出、ライト、音響……圧倒されればされるほど、抑えきれない何かが込み上げてきてもどかしくなってしまう。それに、無性に舞台やりたくなっちゃうんだ。何でもいいから、わーって叫ばずにはいられなくなって、奇妙にテンション上がっちゃうからそれを一人で悶々と耐えるのってむちゃくちゃ辛い。
だから一人でじっくり見たいという気持ちの反面、誰かとその時間を共有したいのが舞台の魅力だと思う。すっごくよく分かるんだ、言ってることは。
だけどその気持ちをいつも仕事バリバリして、人に仕事をバシバシ放り投げまくって、結構厳しい顔つきの補佐の意見かと思ったらもう愛しくってしょうがなかった。あー、やっぱり補佐はトキ兄で、演劇が大好きなんだって。
夏季合宿にまで来ちゃうような演劇が好きな人なんだって思っていたけど、やっぱり今でも好きなんだって。そんな補佐の根っこのところに触れた気がして、なんだか私の気持ちも高ぶってしまった。
そして高ぶりすぎて、急に抱きつきたくなって両手を広げてしまった。けれどそこでやっと我に返って、慌てて俯く。広げた手を閉じて、ギュッとグーにして握りしめた。
――抱きしめてあげたい。
なぜだか突然、そんな気持ちが込み上げてきてしまった。
初めて私が、異性に対して持ち合わせた感情……この感情を引き出してくれたのは、目の前のこの人だ。今まで誰にも思ったことなんて無かったのに、どうしてだろう――
堪らなく今、そんな気持ちになって自分が怖かった。
私の腕は、彼を抱きしめていい訳じゃない。
私は彼にとって、そんな存在の人間ではないから。
それに、答えが見つかるまでは……永遠、と言う意味の答えが見つかるまでは、それまでは永友刻也に触れてはいけない気がしている。ふと、そのことを思い出して私は切ない気持ちになった。
それは、永遠の意味が分からないからじゃなくて、アノ時のトキ兄の寂しげな表情を思い出したから。
すっかりトリップしておかしな行動を取っていたことに気が付いて顔を上げると、補佐は怪訝な顔をしていた。その表情に気まずくなって、てへへ、と誤魔化したら笑い過ぎって頭をぺちっと叩かれた。
「ぱ、パワハラになっちゃいますよ?」
「なるか、馬鹿」
そう言ってまたヘアスタイルなんてものが無くなるぐらいに、わしわしと頭を乱された。
 




