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永遠に触れたくて  作者: 桜倉ちひろ
承:始まる恋
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19

 どうやらトキ兄がもゆっぺと呼んだと聞き違いをしたのを真田君が肯定したようなのに、トキ兄は腹を抱えて笑いだし「じゃあ俺も。モップちゃんって呼ぶわ」とクツクツ笑ってそう言ったのだ。

 その時に私はハッキリと「モップ」と聞き取れて、慌てて撤回を申し出たけれど後の祭り。モップとして認識された私は、当時のOBさんたちに一瞬で覚えてもらうことが出来て、以後それを正すことも不可能になって、三日間ずーっと『モップちゃん』と呼ばれる羽目になったのだった。

 あの時の真田君には怒りを覚えるけれど……まぁ、そのお蔭で可愛がってもらえたのも事実と言えば事実だ。ただ残念なのは、最後まで「江藤萌優」という本名を覚えてもらえなかったという結果が起きたこと。でもまぁ三日の付き合いだしいっか、で終わったのは私が単純だからかなんというか……なところだけど。

 でもそんなあだ名があったから、トキ兄は『江藤萌優』という部下の名前を聞いても私がモップちゃんだと気づかなかった。

 そして私も同じだ。

 当時『トキ兄』呼んでいたし、周りの人もみんなそう呼んでいたから本名を知らなかった。

 まさか、永友刻也だなんて一体、誰が想像するのだろうか? それも8年も経って、上司と部下として再会するだなんて、絶対に想像なんて出来ない。

 偶然の再会――だけど、少しだけ。

 やっぱり少しだけ、神様のいたずらでもあるんじゃないかって、そのくらいは思ったりした。


 また自分の世界に浸りながら歩いていたら、あっという間に駅に到着した。

 改札前で立ち止まると、補佐は私をジッと見つめて少し硬い表情で先ほどの質問をもう一度私にする。

 「江藤、今日これからの予定は?」

 その言い方も、声のトーンもいつもの補佐に戻っていて、さっきの少し陽気な永友刻也じゃなくなっていた。そのことにちょっぴりガッカリしながらも、私も引き締めていつも通りの態度で返す。

 「いえ、特にはありません」

 そう言えばさっき聞かれたのに答えないまま終わっていたなって思い出して、きちんと答える。

 すると補佐はふぅーっとゆっくり息を吐き出してから、腕時計に視線を落とした。それを私も一緒にひょいと覗き込むと、時刻は15時を指している。

 今から帰るにしても、誰かに会うにしても微妙な時間だな……なんて思っていたら、少し硬めの口調で、信じられないことを補佐が言った。

 「江藤、……プティング・キャラメリゼ、好きか?」

 その問いに、私はバッと顔を上げると、目を輝かせ、両手に拳を作って握りしめ、力いっぱい元気に返事をした。

 「そんなの、当たり前じゃないですか!!!」

 こんな質問、まさかしてもらえる日が来るなんて思っていなかった。

 だってプティング・キャラメリゼ通称プティキャラは、毎年人気を拡大中のノリに乗っている演劇集団だ。私は勿論、一緒に劇団をやっていたみんなだって大好きなはず。けれど一般的に演劇好きじゃない人はよっぽどでないと知らないはずだし、社内でプティキャラの話をすることなんて絶対にないだろうって思っていた。

 それなのに、それなのに!!

 「めっちゃくちゃ大好きですっ!」

 まさか直属の上司からそんなことを尋ねてもらえる日が来るなんて思っても見なかった私は、上がるテンションを抑えきずに力強く大好きだとアピールした。そんな私の態度に、補佐は硬い表情を崩してくぐもった声でまた笑う。

 「ククッ、だと思った。実はさ、プティキャラのDVDボックスを借りてるけど、江藤見たくないか?」

 「ま、ま、まじですか!?」

 私の目はキラッキラに輝いて補佐を見つめていた。そのキラキラ加減にびっくりしたのか「お、おう」と補佐は若干引き気味に返答する。けれど、そんなのどうでもいい。

 補佐の言うDVDボックスは激レアで入手困難と巷で囁かれ、お値段も10万近くと22歳の私には手の届かない商品だった。貴重な会員限定舞台とかも収められているのを知っていたから、ずーっと見たくてたまらなかった。

 でも持ってる友達なんていないし、プティキャラファンの子に何人か聞いたけど誰も買えなかったって言っていた。だからもう私の人生で出会うことはないんだって諦めていたのに。

 ――それなのにっ! こんなところで出会えるなんて!!

 神様仏様永友様!!

 私は今日から補佐に足向けて寝ないって固く誓った。

 ……でも、待てよ? 今、見ないかって聞いてきたけど、どこで?

 「あの……」

 気にはなったけれど何と尋ねていいのか分からなくて口ごもる。すると補佐の方も顔を背けて、私の方を見ずにぼそぼそと言って来た。

 「あー、その、さ。お前が嫌なら貸すけど。良かったら一緒に見ないか、家で」

 私はその申し出にただただびっくりして、補佐のことを穴が開きそうなくらい見つめた。じーっと見つめると、私の視線からまた逃げるように天井を補佐は見上げる。

 なんだろ、補佐なりに私との距離感に悩んでる、とか?

 でも見ないかって誘ってくれてるってことは、見に行ってもいいってことなんだよね?

 ってことは、今からの時間を補佐の隣に居ていいってこと?

 そんな風に想い始めたら、恥ずかしくなってきて顔が赤くなってきた。

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