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永遠に触れたくて  作者: 桜倉ちひろ
承:始まる恋
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 お蔭で私は仕事を早退した挙句、何年にも渡って会っても居ないもう封印した初恋のトキ兄まで呼び出すなんてことまでしちゃったんだからまぁ……人生って何がどうなるやら、だよね。しかもそのトキ兄が自分の上司だったとかさ、ほんと何が何だかって感じだ。

 それにしても海人さんが、そんな大げさな嘘を吐いた理由も酷い。

 大けがをしたとか言えば、八重子先輩が優しくなって看病に来てくれるかも!? なんてそんな理由だと言うんだから。

 そりゃあ八重子先輩は恥ずかしくて私たちに真実を言いたくなかっただろうなって思う。話をしているときの八重子先輩はコチラが居た堪れなくなるほど縮こまっていて、ただただ深く頭を下げていた。

 そもそも先輩が海人さんに電話を掛けたのだって、普段は遅刻しそうな程寝坊が多い海人さんを起こすためのモーニングコールだって言うのだから呆れるしかない。

 気を引こうとかそんな駆け引きしなくてもお互いに好きなんだから、さっさと結ばれて!! って、それは外野の勝手な意見だけれど……大好きな二人だから、今回のことをきっかけに上手くいって欲しいなっていうのは、私の本音に違いない。


 そんな数時間前のことを思い返していたら、ふと気になっていたことを思い出した。

 「そういえば補佐、最後に何言ったんですか? 八重子先輩に」

 「ん? ……あぁ、あれな」

 私の質問を聞いてニヤリと笑う補佐。なんか意地悪な顔してる……というか嬉しそう。

 今日何度目かの補佐の顔じゃないその顔にそわそわしながら続きを目線で訴えると、ククッって笑って補佐は答えてくれた。

 「キスでもしてやれば? って」

 「はい!?」

 あんまりにも直球でドストレートな発言に、私の声は思わず裏返った。

 ――この人、一体何言い出すの!?

 「な、なっ!?」

 何も言葉にならなくてただ口を開いたまま固まる。言った言葉もすごいけれど、仮にも部下にそんな真実言っちゃっていいの!? って勝手に私の方がドキドキする。

 「アイツらの場合さ、そういうことした方が話が早く終わりそうだろ?」

 「で、で、でもっ」

 「もう迷惑被るのもごめんだしな」

 「う、いや、まぁそうですけど、ね?」

 気持ちは分かるけど、それって他人から言われてすることじゃないですよね!?

 全く持って信じられないアドバイスをしたらしい補佐を驚いて見つめると、さっきのニヤリ顔から反転して真顔で補佐は続けた。

 「他人に言われた方が動けるってこともある。タイミングって大事だし……な」

 今まで、軽い調子で話していた補佐が、突然ワントーン声を落としてそう漏らした時の表情を私は見落とさなかった。

 その顔はまるで、自分はタイミングを外したことがあるような、他人から背中を押してもらいたかったような、そんな……過去を悔やんだような表情をしていた。

 私が勝手にそう感じただけかもしれないけど、なんかちょっぴりどよんとした空気が流れて何にも返事が出来なかった。

 この人に何があったんだろうって、気にならないと言えば嘘になる。『すでにかれこれ8年は独り身』って言っていた。独り身である理由が今の言葉に隠されていたのだろうか?

 それを知りたい気もするけれど、私なんかが聞けることじゃないってことはよく分かってる。それでもモヤモヤした気持ちは収まらなくて、何かを耐えるようにグッと唇を噛んでいた。

 ――気になって、仕方がない。どうして……?

 もうその答えを掴みかけているのに、やっぱり私はその答えに蓋をする。逃げているだけだって分かっていても、それでも私には逃げる選択肢しか選べなかった。

 「で、答え合わせはどうする?」

 何となく自然と最寄駅に向かって歩いていたら、信号で足を止めたタイミングで補佐が尋ねてきた。 ニッと笑んで、補佐が私を見下ろしている。あ……でも、この表情は補佐じゃなくて……永友刻也の顔だ。それを見てなぜだかすごく安心した私は、ホッと息を吐いて、ふ、と笑ってからグルグルと答えを悩んだ。

 「えと、そうですね……」

 そういいながらも何と言っていいのか分からなくて、えと、えと……と言葉を詰まらせる。

 対補佐との会話はこの2か月たくさんしてきたから、きちんと受け答えが出来る。あらかじめ回答を用意してから話しかけていることも多いし、困っているときはそれとなく答えに導くように補佐は話してくれるから、私は安心して話を出来ていた。そう、部下として。

 でも、相手が永友刻也その人となれば話は別で、同一人物のはずだけれど私にとっては全くの別人。

 どう話していいのかも分からない、まるで知らない人で悩んでしまう。

 それなのに、そんな補佐と対面出来ている今の状況が嬉しいとか思う私は、もう言い逃れ出来ないところまで本当は来ているのかもしれないけれど――

 「クッ、お前ってほんと猫と言うか、玩具みたいな動きするよな」

 突然ククッてくぐもった声で笑いながら、補佐がそんなことを言い始めた。どうやら無意識に手はもじもじと忙しなく動いていて、奇妙な行動を取っていたらしい。

 無意識下の行動を笑われてつい顔が赤くなる。かぁぁあっって熱るのを必死で隠しながら「お、玩具じゃないっ」って怒ったふりをして見せた。ほんとにどうしていいのか分からない、精一杯の誤魔化しだ。

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