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永遠に触れたくて  作者: 桜倉ちひろ
起:初めての恋
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 そんな、私流の心の中のお礼が終わり、またくるりと身体を反転させて元の進行方向へ……つまりは廊下へと歩き出そうと踏み出した瞬間、肩にドンと音が響いたと同時にじんわりと痛みが広がった。

 「ったた」

 何かにぶつかった衝撃と痛みに思わず声が漏れ、顔を歪ませる。

 痛む肩を擦りたくても両手が塞がっていて、何も出来ない。肩口を見るように俯いていると、ぶつかった相手だろうか? 「すまない」って声が頭上に落ちてきた。

 ぶつかった瞬間は、やっぱり嫌な気分になった。荷物で手いっぱいだったし、初めての異動で緊張している中で横転しそうでドキリとした。

 けれど落ちてきた、すまない、の声に私のそんな思いは吹き飛んだ。

 透き通るような、それでいて深くて穏やかな声。

 私の何かに触れるその声についふらりと意識が持って行かれて、無意識のまま『大丈夫です』と言いながらゆるりと顔を上げると、もうすでに足音は遠ざかっていて、人に紛れて誰とぶつかったのか分からなくなっていた。

 ――それにしても、何かを思い出す声だったなぁ……それに、この香り嗅いだことがあるような。

 なんてことを一瞬思ったけれど、顔を合わせることもなく去ってしまった男性のことをそれ以上想像することも難しくて、いい加減異動先に向かわなければと思い直し、慌てて私は新たな新居地である総務課へと急いだ。


 ――――――


 「よろしくお願いします!」

 あんたは声が大きい、ってしょっちゅう言われるけど、小さい声の出し方をむしろ教わりたいくらいだって言われる度に思う。

 その相変わらずのバカでかい声で、課内の先輩方に順に挨拶をして回った。

 最初に総務課の属する部長に挨拶に行って、後は課長から順に……と思っていたのに、課長補佐が不在で躓いてオロオロした。こういうのって順番飛ばしちゃってもいいんだよね? とか。初めての異動だけに三年目とはいえ経験がなくて困惑する。

 そんな私に気が付いてか、弱々しい声で先に係長に挨拶していいよって声が聞こえて振り向くと、課長が居た。その言葉に甘えることにして、課長補佐を飛ばして再度挨拶を始め、一通り挨拶を終えて時計を見れば昼休憩が近い。

 いい加減、何か仕事も始めなきゃだ! と思いながら慌てて席に着いて片づけ始めた矢先。

 室内がざわついたのを感じて手を止めて顔を上げると、挨拶できずにいた補佐らしい人が戻ってきたことに気が付いた。

 課長の隣の席に腰を落とし、課長と2、3言言葉を交わしているのが見える。

 私は作業の手を止め課長補佐の席へ向かおうと立ち上がると、私が向かうよりも先に補佐が私の元へと歩いてきた。ずんずん近づいてくるその人に、緊張感が漂う。

 なんだかすごくオーラがあって、近づくのが怖く感じた。

 「え、と……」

 思った以上のスピードで私の目の前に立つ補佐らしいその人に圧倒されて、上手く言葉が出ない。

 喉がカラカラになるのを感じながら、ゴクリと唾を飲み込んで見上げると、冷ややかなメガネのレンズ越しに私を見下ろしながら、先に挨拶を始められてしまった。

 「挨拶が遅れてすまない。今日から課長補佐でこちらに来た永友刻也ながともときなりだ。よろしく」

 あ……と、心の中で声を漏らす。

 さっきの『すまない』の人と同じ声だって。どうやらさっきは、この目の前にいる上司とぶつかっちゃったらしい。

 よろしくの言葉と同時に手を出されて、ふわりと補佐の纏う香りが鼻腔に届く。なんだか、懐かしい香り……ふと、さっき一瞬思ったことが脳裏を過る。そのせいで一瞬ぼんやりとしてしまい、怪訝な表情を補佐は見せた。それに気が付き、私は慌てて手を出してぎゅっと出された手を握り頭を下げる。

 「江藤萌優です。よろしくおねがいします!」

 「元気だな。よろしく」

 クツクツと笑われながら緩く手に力を込められた後、手を緩められ私も同時に手を離す。

 さっき感じた威圧感とかそう言う強い感じが今の笑いでふわっと飛んで行って、私の中で何となく補佐は頼っても大丈夫な人ってカテゴリに入った。そのことにホッとしながらぺこりと頭を下げると、補佐はくるりと身体を翻して席に戻っていった。

 その背をただぼんやりと見送ってから、私はハッと意識を取り戻すと、止まっていた片付け作業に慌てて取り掛かった。

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