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永遠に触れたくて  作者: 桜倉ちひろ
承:始まる恋
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14

 「――っっ!?」

 そんな私の葛藤を余所に、何かを囁かれたらしい先輩は赤面したかと思ったら「トキ兄なんか帰れっ」って、さっきと態度反転させて、怒っている。

 ――一体、補佐は何を言ったの?

 じとーっと補佐を見上げるけれど、私には目もあわさずに白々しく口笛を吹いて補佐は窓の外を見ていた。私との間にはない絆が、補佐と八重子さんの仲にも在って、それは私には伺い知ることは出来ない。ちょっとだけ感じる疎外感。

 それに少し物悲しさを感じながら、私は場の空気を読むべく「じゃあ、またっ」と先輩に別れの挨拶をした。

 「ほんとにごめんね」

 先輩が、申し訳なさそうにそう言って頭を下げるのを見ながら、私も一礼を返す。

 補佐がまた行くぞって声を掛けるからもうそれ以上何も言えなくて、八重子さんを残し、補佐を追いかけるようにして私は病院を後にした。



 黙って前を歩く補佐をトタトタとひたすら追いかけながら付いて歩いた。

 私と補佐のコンパスが違うせいもあるんだけど、それだけじゃなくて……なんとなく、どんな距離で歩いていいのか分からなくてもたつく。

 隣まで追い付いてもいいのか、それとも少し後ろを歩いたほうがいいのか。

 それともさっさと別れて別の路を歩いたほうがいいのか。

 トキ兄としてさっき再会したんだってことは理解していて、そのことに感動もしている。でもやっぱり今目の前にいる永友刻也って人は、私にとってはトキ兄じゃなくて、上司である課長補佐だ。

 けれど今は有休なんだから私的な時間であって……でも、やっぱり上司なんだよね?

 とかなんとか訳が分からなくなって、どういう距離感に居ていいのかを量りかねていた。

 「悪い、早かったか」

 そんな私の葛藤に気づいてくれたのか、突然ピタリと歩みを止めると、補佐はくるりと振り返って私が追い付くのを待ってくれた。

 あと数歩の距離をいきなり詰めていいのかも分からなくて、申し訳ないような、でも隣に行きたいのを焦るような気持ちで一歩一歩を踏みしめて距離を縮める。

 「いえ、別に」

 そう断りながらも、心の中ではそう言うことに気づいてくれる補佐に、やっぱり周りをよく見ている人だって感心していた。私の欲目な気がしなくもないけれど……

 「江藤。答え合わせの前に、飯行こうか」

 「答え合わせ、ですか?」

 突然何を言われたのか分からなくて首を傾げると、ニッと笑って補佐は言う。

 「お前、いろいろ気になってることあるだろ?」

 「それはまぁ……」

 「俺もな、ってことだ。で、その前に腹ごしらえ」

 正直、補佐のその提案は嬉しかった。

 気になることはいっぱいあるけれど、私から問い詰めていいのかもわからない。八重子先輩とのこともそうだけれど、補佐がトキ兄って言うことにも驚いている。

 でもって、今からの時間をどうしていいのか私自身も悩んでいて……だから、そう言う風に補佐が誘ってくれたことが素直に嬉しかった。

 「いいんですか? ご一緒して」

 「江藤。お前飯食ってないだろ?」

 「ぅあ、はい」

 私が頷くと、腹減ってるのに遠慮してる場合じゃないだろ? って言いながら、頭をガシガシかきまぜられた。

 ――うわっっ

 なんていうか、そういうことされるのは8年前以来のことで、部下の私に対してそんなことは今までしたことが無かった。せいぜい額にチョップくらいのスキンシップだ。

 補佐って、絶対に女性に対して妙な距離に入ってこない。パーソナルエリアへの配慮って言うか、とにかく一歩入ってこない人。

 だから、突然崩されたそのエリアに私は道端でドキドキが止まらなくなった。

 「嫌いなもんとかあるか?」

 ドキドキしている私とは正反対に、いつもよりもリラックスした表情で私にそう尋ねる補佐。

 なんだか落ち着かないのが自分だけって言うのが妙に腹立たしいけれど、いつもよりウキウキしていることを必死で隠しながらいつも通りの口調で返事をした。

 「いえ、特には……あ、納豆は駄目、です」

 そう告げると「納豆盛り合わせな」と返してくる補佐が憎らしい。

 「絶対に食べませんからね!」

 そう言いかえす私をただ笑って見つめてきて、それがなんだか嬉しいような、悔しいような気持ちでいっぱいになる。

 実はちょこちょこ意地悪な人だって、今日なんとなく知った。補佐じゃない、素の補佐というか。

 そう言うのが垣間見える度に嬉しく思ってしまう自分が怖い。

 ――駄目、それは勘違いだから止めておきなよ

 って、何度目かも分からない喝を入れる。

 私に恋愛なんて、出来るはずないんだよって何度も頭の中で言い聞かせた。

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