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けれどそんなものをものともせずに補佐はじっと私を見上げると、厳しい表情を浮かべたまま尋ねてくれた。
「……そうか。大丈夫、なのか?」
「分かり、ません」
ほんとに状況が分からなくて、補佐のその質問で一気に不安がこみ上げて来た。
フルフルと瞳が震えるのを感じて、補佐から目を反らす。
――ここで泣いてどうすんのっ。
ギュッと目を閉じてから、また開いて補佐を見ると補佐は気難しいようななんとも言えない表情で、ただ「行って来い」と言ってくれた。
「ありがとうございますっ」
またぺこりと頭を下げると、社内だなんてことは構わずに慌てロッカー室まで走り、鞄だけ掴んで急いで会社を飛び出した。
だから――私と話をした直後、補佐の携帯が震えていたことなんて、私には知る由もなかった。
――――――
病院に到着したときには14時を過ぎていた。慌てすぎたせいか、ふらつく足に痛む頭。
不安に駆りたてられて落ち着かない心臓が、変な脈を打ち続けて動悸がする。
――どこ!?
ナースステーションを探し、走ってはいけないと思いつつも小走りになりながら目的場所を探すと「もゆっぺっ!」と私を呼ぶ小さな声が聞こえた。真田君だ。
「真田君っ」
彼を見つけたことに少し安堵し、私が歩みを止めると真田君は静かに近づいてきた。
「ごめんな、仕事中なのに」
「ううん、大丈夫。で、海人さんは?」
「いや、それが……」
口を濁して俯く真田君。
「さなだ、くん?」
まさか……っていう、最悪の状態を想像して顔面蒼白になる。
私が仕事片付けてから来たことが、手遅れになったの? 30分だけだから、そんな思いで遅れて来たけれどこんなことなら急いで駆け付ければよかったんだ。
そんな思いがグルグル駆け巡って、私はぐらりと身体が傾きそうになった。
それを慌てて真田君が肩をさっと支えてくれて、倒れることは免れる。
「大丈夫か?」
「う、ん……でも、海人さんが」
もう、だめなの? なんて言葉に出来なくて、青い顔のまま真田君を見つめると、困りきった表情で彼は私を見下ろした。
「いや、俺も八重子さんとここで待ち合わせなんだけど、まだ会えてないんだ。でもここから離れたら電波もなくなるし離れられなくて。でさ……」
申し訳なさそうな表情でさらに続けられた。
「呼び出しておいて申し訳ないんだけど、俺行かなきゃいけなくて」
「仕事?」
「うん。俺、入社したばっかで、夕方からの研修は参加しろって言われてて」
「そか……分かった。じゃあ私が八重子さん待ってみる」
そういうと真田君はほっとした表情を見せた。
真田君も海人さんが心配な一心で駆けつけてきたんだろう。でも、真田君自身は血液型も違うし、どうしようもないのかもしれない。
「ごめんなほんとに」
「ううん、私こそ遅くなってごめんね」
「じゃ、悪いけど頼む。八重子さんには、俺からもゆっぺに連絡入れてってメールしとくわ」
「じゃあお願いね」
わずか数分のやり取りの後、私と真田君は別れた。
――けど、私もどうする?
待っておくしかないのがもどかしくて、最初は待合のソファーに腰かけていたけれど、だんだん落ち着かなくなってきて座っていられずに立っていた。
それから30分。不安を通り越してだんだん苛立ってきたころ、ようやく鞄の中が振動した。
震える手でなんとか鞄から携帯を出すと、待ちに待った八重子先輩からの着信を確認して電話を取る。
「もしもし」
「萌優? 今どこ」
「1階です」
「悪いけど、6階まで来てくれる?」
「6階ですね? すぐ行きます」
ピッと素早く通話を切り、私は6階へ向かうためのエレベータを探し始めた。
――先輩、機嫌が悪い感じがしたけど、気のせいかな?
海人さんが轢かれて、落ち着かないのなら分かる。不安で声が震えてるとか、いつもよりも元気ないとか。でもなんか怒ってる感じが電話越しに感じられた。
なんだろう、舞台で海人先輩を思い切り叱責してた姿を思い出すような? そんな感じだ。
海人さんは4つ、八重子さんは5つ私より上の先輩で、海人さんは私の中学校の直接の先輩でもあり劇団も共にやってきた仲間だ。
そして八重子先輩は直接の先輩ではないけれど、夏季合宿でOBとして参加されていてお世話になったし、劇団活動も劇団員としては参加していなかったけれど、いろんな形でフォローしてくれていた。
海人さんと八重子先輩は年が近いせいか、二人は言い合いしながらも仲が良くて、周りの私たちは二人は実は付き合ってるんじゃないかっていつも言っていた。
――八重子先輩の態度が気になる
二人の関係のことも気になるけれど、さっきの八重子先輩の態度も、そして何よりも海人先輩の容体が一番気になりながら私は6階へと急いだ。
目的の階にたどり着いて、いよいよと思うとバクバク跳ねそうな心臓。ぎゅうっと拳を握りしめながらキョロキョロと見回すと、手を挙げて私を見やる八重子先輩が見えた。
「萌優っ」
すっきりと通る声で呼ばれると、ピッと背筋が伸びる。八重子さんの声はどこか私をいつもしゃっきりさせた。ようやく会えたことに安堵して……そして、海人さんの状況がいよいよ言い渡されるんだって思ったら、怖くて体が緊張のあまり冷えてくる。
「ごめんね、真田が呼んだって」
「ううん、大丈夫です。あの、海人さんは」
八重子さんが切り出すのを待ちきれずに海人さんの名前を出すと、八重子さんはふーっと息を吐いてからチロリと私を見た。
 




