表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永遠に触れたくて  作者: 桜倉ちひろ
番外編1
123/123

14

 その目を見ると、正直怯む。でも自棄になってる自分を抑えるのも癪で、聞きつつも彼女の締め付けが無くなった胸元へと手を伸ばした。

 「あのっ、私…………嫌じゃ、ないですから」

 曖昧に、ぎこちない笑みを浮かべながら、彼女は勝手に体に触れている俺にそう言った。

 「え……?」

 また止められると思っていた。いつもなら歯止めになる言葉が飛んでくるはずで、今日に限って言えば、嫌と否定する言葉を受けて、さらに火に油を注ぐ形になるだろうとまで予想していた。

 それなのに――嫌じゃ、ない。

 なんて言われて、手が止まった。

 「萌優?」

 赤い顔をした彼女が、名前を呼んだ瞬間ふわりと笑う。その顔が、いつかのころを思い出させるような懐かしさを含みつつも、温かくてより深い何かを感じさせて、ぐっと胸を掴まれたような気がする。

 「私で良ければ、どうぞ」

 その上でのこのセリフ。

 思わず涙が出るのではないかと思えるほど、熱いものが込み上げてきて、微動だにしない俺の頬に手が伸びてきて、初めて彼女からキスをくれた。

 「ばか」

 感動のあまり、声にならなくて。一拍おいてから泣いてしまいそうになるのを誤魔化すように笑いながら、馬鹿って言葉が口から零れた。

 離れた顔を近づけて、こつりと額をくっ付ける。それだけで、さっきまでの焦った気持ちが吹き飛んだ。

 体は繋がってなくても、今間違いなく、心がつながった気がして心から笑顔になる。

 そして、彼女も……今までにないほどほっこりとした、温かな表情を俺に見せてくれていた。

 ちょっぴり、遅ればせながら恥ずかしそうにではあるけれど。

 それを見て、慌てて自分の衣服を剥ぎ取って、彼女のいる布団に潜り込んだ。

 もう何の障害もない。微笑む彼女を見つめ、小さく口づけを落とす。

 震えてばかりだった瞳が、別の意思を持って震えているのを見てまたしても欲が沸く。先ほど途中で止まったままだった右肩に掛かる紐に手を掛けて、彼女の下着まで手を出したその時。

 「くしゅんっ」

 可愛らしいくしゃみの音が聞こえた。それは勿論彼女の口から――って、え?

 「萌優……?」

 不思議に思って見つめるとさらに「は、くしゅっ」と、追い打ちのくしゃみが起きた。

 「ご、ごめ、なさっ」

 「いや、いいけど。大丈夫か?」

 「えと、えと。あの」

 なぜか俄かに慌てだした彼女。実は少しだけ先ほどから彼女に触れて、違和感を感じていた。

 いつもより少し、高いような気がしないか?

 ぶるっ

 二人で入る布団の中は明らかに温かいのに、彼女は目に見て分かるほどに震えた。

 ――まさか、ウソだろ!?

 ハッとして手を伸ばしたのはもちろん額。

 「萌優、熱。あるだろ」

 「分かんない、ですけど……もしかしたら。なんか、寒気が、急に」

 「……待ってろ」

 温かさと感動の絶頂だった俺は見事に激変。気落ちしたのが見て取れるほどの落胆を見せて、一先ず布団から出た。

 「体温計と、アイスノンと……後はスウェット、かな」

 さっと部屋着を身にまとい、必要そうなものをリストアップする。俺のものは大きいだろうが仕方ない。

 Tシャツを渡し、スウェットの上下を渡して

 「これ、着れるか?」

 手渡すと小さく頷いたので、彼女に背を向けて着替えを促した。

 今の彼女の姿が分かっているからこそ、見るわけにはいかない。いくらなんでも発熱してる彼女に手を出してしまうほどの悪人になりたくない。

 が、気持ちと体は裏腹なもので、ようやく気持ちが重なった今を諦めると言う決心は俺にとって尋常ではなくつらいもので、萌優を見ないことでしか我慢がききそうになかった。

 「着まし、た」

 くしゅっ

 またくしゃみをしながら、彼女は寒いのか布団に潜り込んだ。体温計を渡し計測を促し、その間にアイスノンを用意してタオルを巻きつける。

 後は、水だな……なんて思いながら廊下を歩き、ため息をついた。

 ――あーあ。やっぱ、約束は守れってことか?

 頭を掻きながら、苦笑いした。これはもう、何やら神様が見張っているのかもしれない、なんてつまらないことまで考えてしまう。

 寝室に戻ると、先ほどよりも分かりやすく顔を赤くしている萌優が寝ていたけれど、眠りに落ちているわけではなさそうなので、そうっと声をかけてみた。

 「大丈夫か?」

 「はい。すみません」

 ぺっこりと凹んだ様子の彼女。そりゃあ、俺の方の落ち込みが激しいだろうけど……彼女は彼女なりに覚悟を決めてくれたはずだから、それなりの落ち込みがあるようだ。

 そんな萎れた彼女を見て、同じ気持ちだったことが素直に嬉しく思えた。

 ピピッ

 音が鳴って差し出された体温計を見ると38.2℃。完全に発熱している。

 ふぅーと息を吐いて、俺はするりとまた彼女の横に潜り込んだ。アイスノンを頭の下に敷いて、再びこつりと額を合わせる。また先ほどと違う震えた瞳に苦笑しながら

 「約束、守ってからしような」

 と言うと、笑って彼女は頷いた。

 疲れが一気に出たのか、そのまま静かに目を閉じる彼女。それを横で見ながら、辛そうだけど安らかな眠り顔を見て笑いが零れた。そっと腕を回して、彼女を引き寄せる。

 赤らんだ頬にキスをしながら、やっぱり俺は萌優に振り回されているな……8年前から変わらずずっと、と思った。

 そして初めて、二人で一緒の布団で眠り、朝を共にした。


 翌朝。

 けろりとした表情の萌優に驚きつつ、発熱の心当たりを聞けば、風呂上りに髪もロクに乾かさずぼんやりしていたらしい。だけど、聞けばその理由すら自分の様でまたしても苦笑いする羽目になった。

 結局のところ……彼女に影響を与えてるのは俺で。そしてそんな彼女に引きずられて、振り回されるのは俺。

 だけど、それでいいか……と思いながら、俺と萌優は新しい一年の始まりを迎えた。

 

 けれどまた一歩、二人の距離は縮まったと思う。身体なんてのは、目に見える繋がりなもので、心でのつながりが無ければ、ただの動物の繁殖行為になってしまう。

 だから、こうして心が寄り添えたことが大事、……と真面目な部分ではそう考えつつも、どうしてももやもやを抱えてしまっている俺をどうか許して欲しい。

 そんなこんなの日々を送りつつ。彼女と俺の……は、多分きっと、近いうち――と信じていいだろうか?



 24.3.27


 27.3.16 転載完了


 (fin)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ