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「え、と……何が、ですか?」
鬼気迫る雰囲気を醸し出す刻也さんに、少しばかり焦りながら質問する。けれどその質問に、理解しがたい回答が飛んできた。
「脱いで」
「え? え!?」
「いつまでもイライラする。アイツの匂いがしてたまらん」
「アイツ?」
「名前は言うな」
――はっ!?
っと思った時にはもう遅かった。彼の手が伸びてきて、私の服の裾を掴んでた。
「ときなっ」
バサッ!!
名前を叫ぶのと同時に私の服が剥ぎ取られ、漸く暖房が効いてきたばかりの室内で、私はキャミソール姿をさらすことになり震えた。
「ひゃぁあっ」
恥ずかしいというよりもこの状況について行けなくて、赤面する余裕もない。ただ、私以上に私の目の前にいる彼が余裕のない顔をしているなんて、気が付くはずもなかった。
***
話をしながら、落ち着き始めた萌優を見てホッとした。やはり自分のことを話すのはどこか恥ずかしく、自分の至らなさを思い知らされる。今日の恵とのことも……もっと上手く立ち回る方法だってあっただろうって思う自分もいるのに、結局萌優を悲しませた。
いや、案外わざとかもしれない。
自分でも気が付かないうちに、アイツが俺のことをどれくらい想ってくれてるのか計りたいという願望が……ない、なんて言えない。自分の中のどす黒いものを失笑したくなる。
その一方で、俺を健気に好きだと言う彼女。俺が今、一番大事で、でも一番傷つけたくなって、そして一番手に入れたい女。
なのに……ムカつく。どうしてコイツ、今日はこんなに男の香水の匂いがする? 鼻につく匂いに苛立ちながら、手を出しかけて止められて余計に苛立ちが募る。
恵の話や、過去の話をして……それでも好きだと言ってくれた彼女にホッとした。自分で仕掛けておいて、と思うけれど。やはり彼女に嫌われるのではと心配していた面もあったから、肩の荷が下りた気がした。
そうしたら、自分のイライラがまた再燃してきた。俺の知らない服を着て、抱きしめられる彼女を見た。
しかも相手は、男の目から見ても割とイケメンで。併せて、ニヤニヤした海人と釜田の顔が過った。
アイツら……計ったな。
とはすぐに気が付いたけど、俺にだって制御できる理性の限界があった。彼が萌優から離れてくれさえすれば、それでコトは収めようと思っていた。
それなのに。匂いが残ってるなんて、反則だろうが!
話が落ち着いた俺は、イライラをいとも簡単に絶頂まで高め。その勢いで「脱いで」などと言い放ってしまった。言われた意味が分からないのか、理解が脳に行き渡らないのか。クエスチョンマークの飛び交うのんびりした顔を見て、俺はついにブチ切れた。
――もう、限界だ。
この数か月。幾度も手を出しかけて止めた。それは、彼女との約束や……あまりにも彼女が大事過ぎて手が出せない部分と。やはりモヤモヤが……恵のことが残っていたせいだ。
だから、今。気持ちがスッキリした今。
もう俺の手は止まらなくて……気が付けば彼女の服に手を掛け、一気に引き剥がしていた。幾度か見たことがある彼女の体は、華奢で小さくて。それでもこれ以上は手が出したことが無くて、一瞬躊躇した。
だけど――剥ぎ取った衣服から、ふわりと漂ったあの香りにその躊躇も一瞬で取り去られ、手加減なくスカートに手を伸ばした。
「ひゃあっ」
怯えて叫ぶ彼女をチラリと見つつも、全くそれに動じることなくプツリとホックを外す。そのまま呆気なく初めて見たスカートを履いているタイツと同時に奪うと、慌てて彼女が枕元に逃げた。
だけど、それじゃあ逃げきれてないだろ? 萌優。
「あ、あぁ、あのっ」
「何だ」
「せ、説明が頂きたいのですが」
俺が奪い取ったせいで下着姿にされてしまった彼女は、寒さとその恥ずかしさのせいだろう。布団に潜り込んで、目だけをひょっこり出してそう言った。
だけど俺は、相当頭がイカレてるのか。見えない部分の彼女を想像しただけで、テンションが上がってしまう。男って馬鹿だと本当に思う時だ。
にじり寄って彼女に近づき、手を伸ばす。ピクリと震える彼女に構わず頬に触れ、俺以外見るなって意思を込めて、睨みつけてやった。
「他の奴の匂いがするお前は腹が立つ」
正直、年上の俺が年甲斐もなく8つも下の彼女にこんな態度は如何かと思う。だけど、イライラするから仕方がない。萌優を見てたら止まらなくなる。
大切にしたい、大事にしたいのに、たまらなく泣けばいいと思う。それが自分のせいだったら……なんて思ってしまう俺は、相当狂ってるに違いない。心の中でそんな自分を鼻で笑いながら、彼女を射る目を逸らさず見つめる。震える彼女が、俺を見つめ返し、ゆっくりゆっくりと意識を覚醒させていく。
「匂い……? え、せんぱ」「言うな」
萌優の口から奴の名前など聞きたくもなくて遮る。笑えるほど子供じみた自分。もう愛想を尽かされるかもしれない。それほどに無茶苦茶な自分を認識できている。どこか、頭の片隅では。だけど止められなくて、そのまま左手を彼女の肩ひもに手を掛けた。
「俺のものにさせてくれ」
恥ずかしすぎるほどの懇願を、彼女の返事も聞かないままに手を出しながらした。
「や、ちょっと待って、刻也さんっ」
つるりと肩紐を二の腕まで落とし、そのまま背後に手を回す俺の胸に両手を突いて彼女は待ったをかけた。もう何度目だろう、彼女の待ったを聞くのは……
今までは何とか耐えようと思っていた。でも今は、今までと状況が違う。
俺の気持ちも。そして、彼女の状態も。
こんな姿にしたのは自分だが、この状況を生んだのは萌優のせいだ。いや、正確には海人らの策略かもしれない……が、それはこの際どうでも良かった。
それほどに俺の理性はブチ切れていて、堪らなく彼女が欲しかった。もう、約束なんてクソくらえだ。
パチン
鮮やかに外れる音がした。それにますます理性が崩されていく――と思う俺に
「刻也さん、お願い。私の話を聞いてくださいっ」
流しこそしないが、涙を目じりに溜めた彼女が、俺を見つめて困ったような悲しいような表情を浮かべていた。




