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永遠に触れたくて  作者: 桜倉ちひろ
番外編1
121/123

12

「だから、さ。萌優が心配するようなことは全くないと言うか……あー、なんて言ったらいいんだ? その、さ」

 「あの」

 「ん?」

 「質問、いいですか?」

 「あぁ」

 弱った顔をした彼に、小さな声で質問を入れた。

 なんとなく言いたいことは分かった。刻也さんは、私の心配を取り除きたいと必死だってこと。でも私が知りたいのは、恵さんのことじゃなくて。

 そうじゃなくて――

 「刻也さんは、彼女に揺れたり、しなかったんですか?」

 それが、聞きたいんだ私は。自分に自信なんて欠片もない。いつ、お前じゃダメだって言われるんだろうって怖くて。でも、それを表に出すことも不安で大丈夫なフリをする。

 本当は会社で誰かと親しげに話してるのを見てるだけでも、どうしようって思ってしまっているのに、そんなの言えない。私は、刻也さんにいらないって言われたら、生きていけない気がしてしまう。

 それくらい、彼に心を支配されてしまってる。だけど、それを知られてしまうことも怖くて全く私の不安に気が付いてくれないのも不満で――我儘だって分かってるけど、それらすべてを口にしたくない。

 だから……彼のことだけでも、知りたい。そうやって、安心感を得たい。

 「揺れるわけないだろ、アホ」

 一瞬目を見開いて止まった後、苦笑した彼は私の額をぺちりと叩きながらそう言った。

 「俺、大事なのがいるから」

 「……」

 瞳を見つめると、私を包み込むような眼差しで見つめられた。その眼差しが、熱くて、怖くて、伏せてしまいそうになるけど逸らせない。

 「自信、持って欲しい。というより……俺の方が、余裕ないんだけど」

 「え?」

 「何度も言っただろ。恵は本当に俺にとって過去で、もう終わってるって。ただ、今回会ったのは……安西の言葉のせいっていうか」

 頭を掻きながら言葉を濁した彼に首を傾げると、言いたくなさそうな表情を見せながら、苦い顔をして続きを語った。

 「いや、死んだら会えないって言われてさ。確かにな……なんて。

 俺にとっては本当に過去にしたつもりだった。でもそれが本当に過去になってるのか自信がなかった、恥ずかしいけど。

 まともに恋愛してこなかったから、本当に自分の中で折り合いがついてるのか分かりかねてる自分もいて。だから確かめたかったんだ、今回」

 私に口を挟ませることなく続けられる話に、私はただ黙って彼を見つめる。瞳に、鼻に、頬に、動く唇に。全部自分のだって思いながら、彼の話に耳を傾けた。

 「本当は今回じゃなくても良かったかもしれない。行けば萌優を不安にさせることも、不快な気持ちを抱かせることも、分かってたから」

 見つめる私の瞳を、揺れる瞳で彼が見つめる。私はずっと、一人自分だけが不安だって思ってた。でも揺れてる彼の瞳を見て、もしかしてそうじゃないのかなと感じた。その瞬間、伸びてきた手が私の後頭部をそっと撫でられて、きゅうっと胸が痛む。

 「俺、慕ってた先生を中学時代に亡くしてさ。本当は慕ってたくせに、ガキだったから反発ばっかりしてて、本当は先生のことは好きだって、嫌いなんかじゃないって言えなかった。尊敬してるんだって、そんな言葉が、恥ずかしくて態度になんか微塵も出せなかった」

 続いた彼の言葉に、じっと彼を見た。彼のそんな話を聞くのは初めてで、過去を聞かせてもらえるのは嬉しい反面ドキドキする。特に今は、内容が内容だけに。

 瞳をゆっくり閉じて開いて、じっと見つめるとまた話が続けられた。

 「想いは、さ。言葉で伝えなきゃダメだって、思った」

 「言葉で……」

 「もしかしたら、伝わってたかもしれない。でもそんなのは想像で、こっちの自己満足な解釈だろ?」

 「なんとなく、分かります」

 「恵にさ。ありがとうって言っておきたくて」

 「ありがとう?」

 「うん」

 てっきり好きだったとかそういうことかと思ってたから、刻也さんの口から出る言葉が『ありがとう』だなんて思ってなくて、少し驚いた。

 でも、どうして……ありがとう?

 「萌優には気分良くない話だろうけど。俺はあいつを好きになったことは良かったと思ってる。

 それがあって、今がある。だから……妙な別れ方をしたままだったのが、一人わだかまりになってて。それを解消したかった。ごめん、な。全部俺の我儘。本当にごめん」

 ベッドの上でだけど、刻也さんはこれでもかってくらい頭を下げてくれた。彼女である前に、部下である私。それなのに、そんなこと気にするでもなく私のために頭を下げてくれる。

 昨日から私は、ずっと辛かった。けど、一生懸命な刻也さんを見ていたら、なんだか笑えてしまった。だってあんなに辛かったのに、今胸の中にある気持ちはたったひとつなんだもん。

 ――やっぱり私、彼が好き。

 「刻也さん。私、ね。……大好き、なんです」

 「はっ?」

 勢いよく頭を上げた彼は、驚いた表情で私を見つめた。その目に勝手に恥ずかしく思いながら、ドキドキしながら言葉を紡ぐ。

 「さっき、椎名先輩に俺にしとけよって言われて」

 「アイツ、そんなこと言ったのか?」

 一瞬にして低い声を出した彼に驚いてビクッと震えた。恐々彼を見ると、彼は本当に怒りを露わにしているのが見える。それに恐れながらも「い、あの、じょ、冗談と思いますっ」と一応断るとギロリと睨まれた……気がしなくもない。

 「……まぁ、その話は後だ。続き、あるんだろ?」

 そっと椎名先輩のことは後回しと言われ、話を急かされた。肝が冷える思いをしつつも、ゆっくりとまた私は話を続ける。

 「あの、抱き締められてても、全然何も感じなくて」

 「抱き締められて、な」

 一言一言のツッコみがやけに痛くて、つい顔をしかめてしまう。けど無言の視線が続きを言えと言っていてそちらも痛い。

 「元々、私先輩には憧れがあって。だから少し前の私ならドキドキしてたと思うんです。でも、そんな気持ち微塵もなくて……やっぱり刻也さんじゃなきゃ、嫌だと思った。だから……」

 「はぁ……もう、いいよ」

 「え?」

 「ほら」

 「わっっ」

 いきなり腕を掴まれたかと思ったら、そのまま引き寄せられて私はぎゅっと抱きしめられた。

 「いろいろムカついてるんだけど俺」

 「えっと……」

 「萌優が、俺の見たことない服着てたり」

 「あ」

 「可愛い顔して抱きしめられてたり」

 「や、そんなことは」

 「新年早々。イライラする」

 刻也さんがイライラを隠すことなく、それをぎゅうぎゅう抱きしめながら訴えてくる。それが苦しいけど、少し心地よくて嬉しいなんて……私は重症かもしれない。

 「服、気が付いたんですか?」

 「めったにスカート履かないくせに。分かるよ」

 「あ、そっか」

 最近寒いせいもあって、すっかりスカート履かなかったことを思いだして苦笑いした。そして少し顔を上げると、そこには少しだけまだ怒り顔……から表情を変えた刻也さん。

 「なぁ、もういいか?」

 きゅっと真顔で私を見つめて、唐突に彼はそう言った。

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