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永遠に触れたくて  作者: 桜倉ちひろ
承:始まる恋
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 しーっと人差し指を立ててそう私に誓わせようとするそのしぐさが、なんだか妙にツボに入ってまたクスクス笑った。笑いながら「くふっ、分かりましたっ。口軽いから自信、ないですけどね」ペロリと舌を出して軽口を叩く。

 けれどそんなことを構う補佐じゃない。

 ぺちっと額を軽く叩いて「バカ、調子乗んな」って笑った。

 その顔がいつもの上司の顔じゃないってハッキリわかって、なぜだかすごく嬉しくなった。

 「いったーい! パワハラですよ補佐っ」

 そう言いかえしながらも、心の中ではドキリとしたりぴょんと跳ねだしそうな程嬉しかったり、全然落ち着いてなかった。

 「覚えておけよ、江藤……」

 さらにわざとらしい睨みを利かせて見下ろして来る補佐にケラケラ笑って、それでもやっぱり嬉しくて。日常にない補佐の一面がチラチラ見える度に、うわーって喜ぶ自分が居た。

 けれどその顔も「行くぞ」の言葉と共に一瞬で引込められる。

 笑う私に少しだけ口端を緩めて補佐はそう言うと、すっかり上司の顔をして扉を開けた。そこにはさっきの『補佐じゃない永友刻也』の顔は無くて……少し寂しい。

 でも、そんな補佐の顔もカッコよくも思えて、少し胸がキュッと鳴った気がした。

 ――ん? いやいやいや、私恋愛とかもういいんだってばっ。

 でも……包み込むみたいな、優しく笑うその顔は、反則だって思う。あんな、いつもの上司顔を崩して笑われたら、恋に落ちちゃいそうだよ、ね? 私じゃなくても、他の人でも、イイなって思っちゃうよね?

 なんて言い訳をしながら総務課までの道を、ただ黙って補佐の後を歩いた。

 後ろ姿が、今までより少し輝いて見えた気がしたのは、きっと、絶対に、気のせい。



 あの日から……私の目は、少しだけ補佐を追うようになった。

 それはふとした瞬間に、という程度で学生時代の恋する乙女よろしく、日常茶飯事追いまわしているわけじゃない。

 朝の出勤直後に。

 昼休憩の始まりに。

 勤務終了時刻に。

 折々の時間帯で、補佐をチラリと盗み見る。

 概ね補佐は下を向いているか、若しくはデスクの上にある正面のモニターを見ている。

 時折光の反射する眼鏡がやけに理知的に見えてドキリとしたり。

 暑いのか、少しだけネクタイを緩めるような仕草をしたり。

 邪魔になるのかワイシャツの袖を折り返したり……

 今まで上司としか見えていなかった私の目に、それらの動作一つ一つが「男の人」に見えてしまうようになった。

 なんだか新手のフィルターでもかかったみたいに、私の目に、補佐が男に見え始めてしまった。

 だからと言って、何も変わらない。好きって気持ちとも違うと思うし、嫌いという感情とは程遠い。

 傍に居たい……ううん、違う。そうじゃない。

 なんだろう、ただ見ていたい。見つめられる距離で居たい。付かず離れず、でも、目の届くところにいて欲しい。

 親みたいに見つめられたいってこと? ……それも違う。

 何と表現していいのか分からないその曖昧な気持ちに同化するように、仕事における距離も全くと言っていいほど変わらず同じ距離を保っていた。

 ただ、私の胸の中で、補佐がただの補佐じゃなくなっていくのを認めたくなくて、必死で目を逸らそうとしていた。この気持ちが、何かってことを――



 「江藤」

 「はいっ」

 補佐から江藤と呼ばれると、ピシッと背筋が伸びてやけに反応が良くなる。

 それを周囲の人たちは補佐が厳しいせいだと思っているようだけど……本当は、私がいち早く駆けつけたいだけだったりする。ウキウキしている表情が出ないように努めながら、真面目くさった顔をして補佐のデスク前へと急いだ。

 「コレを50部作成。と、あとはこの資料のデータ拾い出ししといて。資料庫にあるやつも交じってるから……困ったら呼んで。期限は今週中」

 「わかりました」

 原本を受け取ってデスクに戻りパラリと資料を捲ると、今度行われる全支社揃っての会議の資料だと分かった。内容から判断すれば、前年度以前の分もデータを拾い出して来いってことだろうな……と見当を付けて作業を開始しようとエクセル表を開いた。

 始めてみて20分で気づく。

 ――期限1週間って厳しくない? 

 厚みのある資料を見て、この野郎っ! と心の中で叫びながら、あまりの作業の進まなさにペしっと小さく叩いて怒りをぶつけた。それをこっそりバレずにやっていたつもりが――

 「江藤。資料にあたるな」

 ニヤリと笑ったような、小さく睨んでるような表情で、コーヒーを淹れるために立ったらしい補佐に見つかった。

 「はぁいー」

 ペロリと舌を出してごまかすと、補佐のお仕置きが額にペちりと飛んできた。

 「った」

 恨みがましく、形だけ補佐を睨むと「仕事しろよ」と言いながら、まだ湯気の立つ温かいコーヒーの入ったカップを置かれた。その横には、そっとカップの陰で見えにくいように何かがある。

 カップを覗き込むようにその正体を確認すると、いつの日にか貰った小さい袋と同じだって分かった。つまりは、金平糖……だよね? 

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