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永遠に触れたくて  作者: 桜倉ちひろ
番外編1
116/123

 一晩携帯が鳴らないことを気にしていたせいか、なかなか寝付けなかった。お蔭で寝坊して起きてみれば、何事もなかったかのように刻也さんからのメールが届いていた。差出人の名前を見て、気持ちが高ぶったことがあっても、落ち込んだ気持ちになるのは初めてだ。

 そうして中身を見ても、やっぱり私の気持ちは下がる一方だった。

 『おはよう。海人から聞いたよ。今日も寒いから暖かくして出かけろよ』

 いつもなら嬉しいはずのメールも、その内容も……まるで自分は関係ないけども、と語っているようで悲しくなる。気にかけてくれていることは十分わかるのに、突き放されているように感じるのは、私の勝手な思い込み。そうは理解しているのに、それをうまく咀嚼できない。

 それはきっと、彼がいつどこで恵さんに会うのだとか、そういう細々した情報を一切与えてくれていないことも、理由かもしれない。気になる癖に、根掘り葉掘り聞きたくなくて私が押し黙ったせいでもあるけれど――だからって、教えてくれてもいいと思う。なんて。本当に私ってウザったい。

 今になって、いつ会うんだろう、どこで会うんだろう、本当に2人きりになったりすることってないんだろうか? って、グルグル考えてしまう自分がカッコ悪い。その上、刻也さんの優しさを素直に受け取れないところも最悪だ。

 「よしっ」

 ぺちっ

 少し強めに両手で頬を叩いて起き上がると、私は気分を切り替えるために冬だというのに朝からお風呂に入ることにした。こんなにうだうだした頭をさっぱりさせる方法なんて、それしか私には思い浮かばない。

 そうして長めのお風呂を上がった後、髪をごしごしとタオルで拭きながら携帯を遠くから見つめた。

 ――返事、どうしようかな。

 余計なことを書けば、つらつらと長文を送り付けてしまいそうになる。でも返事をしない、なんて選択肢は選べない。つまらない態度で、彼に失礼なことをするのは嫌だ……っていうのは建前で、本当はただ、やっぱり何事もなく大人ぶった態度を貫き通したい意地が先行しているだけだ。

 ロクに服も身につけないままベッドへ行くと、手に携帯を握りしめた。それからゆっくりと開いて、液晶画面を覗き込む。先ほどのメールの受信画面をじっと見つめながら、しばらく息を止めた後、ふぅっとため息が出た。

 ぎこちない手つきで返信画面に切り替えて、悩んで悩んで打ち込んでから苦い顔をする。

 『おはようございます。刻也さんも、気を付けて』

 こんな短い文面だけなんて、どうなんだろうって思う。それでも今の私にはそれだけを送るのも精いっぱいで、けれどそんな短い文面ですら、打っている間中胸が痛かった。

 ――どうしてこんなに辛いんだろう。

 たかが、過去に好きだった女の人。山ほどいる他の女性と比べて、何の関係もなかった恵さんなんてむしろ気にする方が間違ってる。何度もそう思い込もうって自分に言い聞かせながら、辛くなってギュッと手を握りしめた。刺さる爪が痛いはずなのに、何も感じない。

 メールを送り終えて、なんとなく返事はないだろうと思いつつ携帯をベッドに放り投げた。携帯電話が悪いわけじゃないんだけど……なんとなく収まらない気持ちが募る。

 自分でダメだなって思うのにもやもやして仕方ない。そんな自分がまた嫌になってきて、部屋の中をぐるりと視線を巡らせて、クローゼットを見つめて目が留まった。

 ――よしっ、見た目だけでも明るくしよう!

 なんとなく思い立って、新春らしく明るい色の服を手に取る。

 下は……天井を見上げて、うーんと悩んでから買ったばかりのふんわりしたスカートに手を伸ばした。本当は刻也さんとお出かけするときに、なんて思ったけど……いいやっ。

 別に大した仕返しになるわけでもないし、刻也さんにダメージが与えられるわけもないとは百も承知ながら、自分の中で小さなやり返しをした。

 ――私、小さい。小さすぎる……

 着替えて満足げに姿見の前に立ちながら、そんな自分に凹む。そしてもっと落ち込むのは……結局のところ、おしゃれしても一番見て欲しい刻也さんがいないなら意味がないって気が付いたことだ。仕返ししたどころか、自分一人が悲しくなって無性に情けない気持ちになった。

 

 

 ピンポーン

 ドアベルを鳴らすと、はーいっと明るい声の海人さんの声が聞こえてきた。実は海人先輩、お金持ちのお家なんだよね。いつ来てもこの家は凄いなーって思う巨大な家に慄きながら、門の前に立っていると八重子先輩が走って出てきてくれて私を中に案内してくれた。

 「あけましておめでとうございます」

 「おめでと、今年もよろしくね!」

 「はいっ、こちらこそ」

 にこっと微笑み合って挨拶をした後、玄関までの歩きながら昨日の神社での話を聞いた。

 「そそっ、それで今日はもう一人呼んでるのよ」

 「もう一人?」

 「下中の椎名君。私は3年の時に夏季合宿で同じ班でさ。昨日、偶然真田君らの後に会ったんだよね」

 「椎名先輩!? うわうわうわーっ、久しぶりです!」

 「でしょ。萌優なら喜ぶと思った」

 「わーっ、何か楽しみですね!」

 予想外の人の名前に、テンションが上がる。椎名先輩は劇団で共に活動したこともあって、仲良くしていた一人だ。中学卒業後、それぞれがまだ演劇を続けたいと言うその気持ちだけで立ち上げた劇団だったけれど、みんなそれぞれ見つめる方向が違っていた。

 中でも私と先輩は両極端で、私は自分が演劇を楽しめればそれでいいと言う自己満足な感じの楽しみ方だったのに対して、先輩はどうしたらもっと観客の人に楽しんでもらえるかとか、劇団が成長するのかとか、そんなことを考えている人だった。

 だから最終的に劇団の方向性も意見もまとまらなくなってきたところに、学生じゃなくなった面々が抜けていく事態が起こって、結局解散の路を選んだ。私と先輩の意見は合わなかったけれど、先輩の演技は本当に好きだったし、真剣に演劇と向き合う姿は好きだった。こっそりとカッコいいと思っていたし、辞める時に一緒に来ないか、なんて呼ばれた時には正直嬉しかった。

 そんな懐かしい思い出を思い起こしつつ、海人さんと八重子先輩の3人になってからあれこれ話しているうちに、2人の結婚話になった。今までも私に言いたいこともあったみたいだけれど、私が頑なに恋愛恐怖症になっていたから言えなかったんだとか。その言葉を聞いて少し恥ずかしくて、そしてやっぱり申し訳ない気持ちになる。けれど二人ともわらって、今の萌優が幸せだからいい、なんて言ってくれる。けれど、そんな二人が幸せな顔をしていることの方が、私も嬉しい……なんて思いつつ、複雑な表情を浮かべた先輩の言葉に、何とも言えず目じりをつられて下げた。

 「4月から隣だって……ちょっと複雑だけど、ね」

 後3か月後。現在窓の外に見える工事中の場所に、どうやら2人の住処が出来るらしい。結婚後の海人さん側の申し出は絶対同居だったみたいで、先輩はそれから逃げていた。というのも、自分の母親が、父親の両親との同居で随分疲れ、嫁姑問題を間近に見て育ってきた怖さがあったからだと苦い顔をしていた。

 海人さんの両親と、自分がどうなるか分からない。けれど、上手くやっていけなかった実例を目の当たりにしてきただけに、どうしても実家の両親と同居が当然だろう海人さんの元に飛び込むのが怖かった、という。ただ付き合いたい、だけじゃなくそこまで考えていることが、もう立派に結婚を意識しすぎてる、なんて他人の私は思うけれど、当人の間にはまだ私に言えないあれこれがあったんだろうに違いない。

 お互いを想いあっているのに、もどかしいあれこれがあったことを話す2人を見て、それでも今一緒にいる二人が微笑ましい反面、やっぱり恋愛はむずかしいんだなぁなんて、そんなことを強烈に感じた。

 好き、だから付き合えばいい。

 ……なんて。大人の恋は、そうはいかない。それはあまりにも、子供過ぎる考えなのかもしれない。

 世の中はそれだけでは割り切れないものがあって、だから悩んだり迷ったり、間違った道に嵌ってしまったりする。

 人生って歩ける道が一つしかないから一本道だと思ってた。けれど、本当はすっごいグルグルした迷路になってて、それを辿ると単に一本道なんだな……なんて、不意にそんなことが頭の中に浮かんだ。

 「結婚式、来てくれる?」

 「もちろんです!!」

 なんだかんだと思ったけれど、2人の嬉しそうな顔を見たら、やっぱり好きでお互いが繋がってるって大事だなって思う。いろんな迷い道があったのかもしれないけど、好きだという気持ちが通ってたからこそ2人からこんな顔が生まれたはずで――そんな二人を見てなんだかほっこりした私は、自然と微笑んでいた。

 それに、そうやって不安な八重子さんを尊重して、敷地内に別邸を建てることで少しでも八重子さんへの負担を減らそうと尽力した海人先輩もすごい。ローンの半分は、海人さん名義だと言うんだから、ちょっと感動してしまった。

 「で? 萌優はどうなってんの?」

 「あ……、え、と……」

 2人の結婚報告にニヤついて聞いていたら、まさかで自分に矛先が向けられて動揺した。折角、刻也さんのことを上手い具合に忘れてきてたのに、なんてつい思ってしまう。

 「喧嘩したんじゃ、ないんでしょ?」

 「それは、そうですけど」

 喧嘩なんて一度もしたことない。いつも温かくて心広い刻也さんが、私に怒ったりすることなんて起きそうにもない。仕事では厳しい一面もあるけれど、対江藤萌優に関しては厳しさの欠片もない人だ。

 そんな刻也さんだからこそ……昨日のことを責めきれなかった自分もいる。

 いつもすこぶる優しい彼が、行くと言うのだから。いつも、私を優先する彼が――そう思って気落ちする。どうして今日は、私を優先してくれなかったの? なんて。あまりにも我儘な気持ちが顔を覗かせる。

 「言いなよ。聞いてあげるから」

 八重子先輩の温かな手が、私の肩をポンと叩く。我儘だとか、散々自分を窘めるけれど、やっぱり元カノに会いに行ってしまった刻也さんを受け止めきれていない自分が、すぐに顔を出してくる。八重子さんの手のひらの温かさだけで涙が零れそうになってきた。

 「私……」

 ピンポーン

 けれど、口を開いたところで運悪くチャイムが鳴った。

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