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自分でも思う――酷い奴だ、と。こんな質問、彼女にする男なんて、最低だなぁと。言った後から、じわじわと後悔の波が押し寄せてくる。反面、こんな酷い男だけれどそれを受け入れてくれるはずだ、とどこか萌優を信じたいと願う自分もいた。
そんな我儘なことを思っていたら、しばらく無言のまま口を閉ざしていた彼女が、ふぅと小さく息を吐いて何か言葉にしようと口を開こうとしていた。その様子にバクバクと鼓動が高まっていく。彼女の一挙手一投足が気になるのは変わらないけれど、こんな怖い気持ちで彼女が気になるのは初めてで、その鼓動の動きが嫌になる。
開いた口から何が飛び出るのかと想像するだけで、打ちのめされてしまいそうな気がして、逃げ出したい想いが押し寄せてくる。けれど、そこまでダメな男にも成り下がりたくもない。言い逃げすることだけは卑怯だろうと腹を括り、ぐっと拳を作って構えた。
小さくて、吸い付けば甘いばかりの唇。それが意を決したとばかりに開いた瞬間、こくりと小さく唾を飲み込んだ。
「刻也さんって、結構酷い人ですよね」
さっくりとそう告げる声は柔らかで、笑いさえ含むその表情にホッとしつつも、酷い人、の言葉に否定のしようが無くて凹む。自分でも思っているくらいだから、そう言われても仕方が無いとは言え、ハッキリと好きな彼女に言われると落ち込む気持ちは大きい。ごめん、と言いたくて「ご」の形に口を開いたけれど、それより先に萌優の言葉が続けられた。
「私、男運悪いって自覚はあるんですけど。本当は今、一番悪い人に捕まったのかも」
苦笑いを崩してチロリと舌を出すと、彼女は笑ってそう言った。けれど俺はそれと一緒に笑うことも出来なくて、ただただ彼女を見つめるしか出来ない。いっそ、目をそらしてしまいたい。今言ったことは嘘だと笑いたい。
けれどそのどれも実行できなくて、ただジッと彼女と見つめ合っていた。そうして目じりがやんわりと下がった後、キッと瞼を持ち上げて意志の強そうな瞳を見せた。
「行ってきて、下さい」
そして、ただきっぱりとそう言った。泣きそうでも無く、苦しそうでもなく。ただ前を見据えた表情で。その瞳の中が余りにも綺麗すぎて……自分などが見つめてはいけない気持ちになるほどの瞳で、俺を見つめてそう言った。
ただ『行ってきてください』と。
その強い彼女の姿勢に、不覚にも涙が出そうになった。そして自分の脆弱さに情けなくなる。泣きたいのは彼女の方だろう。きっと自分と彼女の立場を入れ替えたら、俺には萌優のように言える自信など微塵もない。
けれど、そんな小さすぎる俺を受け止めていくれると言う彼女の気持ちに、ぐずついた対応をしたくなくて「行ってくる」と固い声で返事をした。一体、行こうと決めたのは誰だと言いたくなるほどだ。本当に男って……いや、俺って情けない。
「待ってます」
情けない自分ごとすべて受け止めるような。まるでマリアを連想させるような柔らかな笑顔を浮かべて、萌優は俺を包み込むように見つめながら送り出してくれた。
それが、彼女の強がりだと分かっていたくせに、俺はそれを暴かずにただ彼女の強さに甘えた。
補佐、最低って声が聞こえそうな番外編(笑)
次回より萌優視点になります。
しばらくスーパー亀更新になりますが、たまぁに覗いてやってくださると嬉しいです。




