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永遠に触れたくて  作者: 桜倉ちひろ
承:始まる恋
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 「補佐は、素敵……です。モテそうですし。上司としてもすごいなって」

 上から下までスッと眺めてから、私が4月に来てから今まで見てきた補佐を思い描いてみて、素直にそう答えた。

 背はそこそこ高いし、顔だって悪くはない。仕事は厳しいけど、部下の反応もきちんと見てくれてる。齢30にして課長補佐って役職も一般的に魅力的だし、女性から人気あること間違いない……ハズ。

 するっと自然に自分の口から素敵だなんて表現が出たことに、後から恥ずかしいことに気付いたけれど……今は気負いなくその言葉を口に出来る雰囲気があった。

 「お前、褒めすぎ。そんな出来た人間じゃないぞ俺」

 ストレートに表現したことが補佐には殊の外恥ずかしかったようで、照れ隠しで頭を掻きながら、私の額をペちりと叩こうと繰り出されるのが見えてすかさず両手で薙ぎ払う。

 そんな子供じみたやり取りをしてから補佐を見ると、目が合って二人そろってにやって笑った。

 こういう風に小突いたりするところも、部下とのやりとりの中で上手にやってくれてて、上司としてうまいと思ってたりする。笑ってから補佐は私の横にドカッと座ると、非常口を指す緑のアレを見ながらぽつぽつ語り始めた。

 「お前の想像? とかけ離れてて悪いが。俺さ、彼女なんて長いこといない。居ないどころか、すでにかれこれ8年は独り身」

 「えっ!?」

 想像もしていなかった信じられない事実に、同じように見つめていた非常口から視点を移動させて、補佐の横顔を穴が開きそうなくらい見つめた。見つめると、私の反応に困ったのか補佐がひょいと肩を竦める。大きい身体でそんな態度を見せる補佐がなんだか可愛く思えて、私はクスクスと笑った。

 「笑うなよ」

 補佐はそう言うと、軽く握った拳を私の左のこめかみに向かってパンチを繰り出してくる。

 それを甘んじて受け止めると「うにゃっ」て声が漏れた。

 「お前猫かよ」

 「や、違いますけどっ」

 別に甘くもないはずなのに、そのやりとりがなんだか落ち着かなくて、補佐の隣にピッタリと座っている今の現状が途端に気恥ずかしくなってきた。

 ――なんで、うにゃ、とか言っちゃったの私!!

 心中でドキドキしながら焦っているのに、何でもないそぶりを見せようと前髪を撫で付けるふりをして表情を隠した。

 けれど補佐は何ごともなかったかのように振る舞い、話を元に戻した。

 「人間さ、そんなもんだよ」

 「え?」

 「見た目とか地位とかさ、お前の言う声? とか。自分にとってのパートナーがいるいないってこととは、関係ないって話」

 「……」

 つまりは、見た目とか声とかでは彼氏や彼女が居るか分からないってことだよね?

 「だからさ、そんな見も知らぬ男の、適当な意見で傷つくなよ」

 そう言って補佐は顔を顰めて私をチラリと横目に見た。

 その顔を見て、やっと気が付いた。補佐はゆっくりと外堀をじわじわ埋めて、私を適度に笑わせて。

自分を落としてでも、私を慰めてくれようとしてるんだってこと。

 そのことに今の言葉で気が付いて、止まっていたはずの涙がまたうっと瞼の裏に集まってきた気がした。

 「俺、江藤はイイ子だとと思うぞ。だから自信持て! な?」

 そう言って私の左肩をバシッと叩いた。

 「ったた」

 若干だけど強めに叩かれたことに、わざとらしく眉を顰めていると「涙、止まったか?」って尋ねながら、とても優しい目を私に向けてくれた。

 肩に乗せられたままの大きな手が、熱い――

 「は、ぃ」

 引っ込んだはずの涙が、その熱さに触れて再び零れ出そうになる。じんわりと涙の滲む目で補佐を見上げると、フイと顔を逸らされた。

 「仕事、するか」

 するりと肩から手を離すと、私の隣でスッと立ち上がる。

 もう慰める時間は終わり……って、そう言われていることが分かったけれど、すぐに私はその時間から離れたくない。二人だけのこの時間が名残惜しい、なんてほんの少し甘えた気持ちが沸き起こる。

 けれど、それにいつまでも甘んじるわけにもいかず、私も隣で勢いよくぴょんと立ち上がった。

 補佐なりの、上司なりの精一杯の慰め――だったんだよね?

 隣に立つ上司がいつもよりまた一段と大きく見えることにドキリとしながら、私はじっとその横顔を見つめた。

 けれど私のその視線に気づくことなく、補佐はスタスタと前を歩く。それに黙って後ろをついて歩くと、資料庫を出ようと扉に手をかけたその時に、突然くるりと私の方を振りかえってジッと見下ろされた。じっと射抜くように見つめられて、今までに感じたことないドキドキが沸き起こる。

 そのことにひっそりと内心焦っていると、そんな私に構わず補佐は尋ねてきた。

 「お前、口固いよな?」

 「口、ですか?」

 ドキドキしていたのがばれていないかと冷や冷やしながら、慌てて返事をする。

 それでもじーっと見つめられると、落ち着かなくてもじもじと動きそうな指先で口元をパッと隠した。そのまま見上げると、私の瞳と視線が重なったのに逸らされる。

 ――え?

 って思っていたら、また後頭部を掻きながら補佐は言った。 

 「俺は、江藤がココで泣いてたこと黙ってやる。だから、俺が秘密にしてた8年彼女いないってことも内緒にしろよ?」

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