25
翌朝彼は目を覚ますと、恐ろしいほどの勢いで飛び起きて、ベッドの上で土下座を始めた。
どうやら覚えてないらしい。その様子があまりにもおかしくて笑ってしまう。
「何にもされてませんから、大丈夫です」
そう言ってるのに、悪いとかゴメンとかばかり言う。
昨日の刻也さんはどこ行っちゃったんだろうって、おかしくてクスクス笑いながら、昨日の恥ずかしさの仕返しとばかりに不意打ちで囁いた。
「DVD……最後の1本見た日に、抱いてください」
言うのは恥ずかしかったけれど、なんだか自分の覚悟を伝えたくて言ってみた。そしたらすぐに腕が伸びてきて、刻也さんの中に閉じ込められる。
「ばか」
一瞬見えた刻也さんの顔が赤い。ばかって言葉がとてつもなく優しさを孕んでいて、ふふっと笑みが零れた。大好きで愛しくてやまない人を手に入れたって―――凄く感じた。
「一昨日帰り際にさ、飲み会の後俺の家に来ないかって言いかけてやめた。でも無駄だったな」
「ホントに?」
「え?」
「私だけが、一緒に居たいって思ってるわけじゃないですか?」
金曜日はあまり触れてくれなくて、寂しく思っていた。
昨日だって、飲み会で会ってさようなら、なんて寂しいなって思っていたけれど、約束があるから言えなかった。そんなことをぽつぽつ漏らすと、大きくため息を吐かれる。
「だからな……もう、やばいんだって俺が」
肩をすくめてそう言う刻也さんが、可愛く見える。
でも、抑えられなくなりそうで怖いんだ自分が、って続けてハッキリ告げられると私の方が赤面した。いつもの毅然とした態度のカッコいい上司はどこに行ったんだ? って思うくらいに、素の彼はいっぱいいっぱいみたいに見える。
そんな姿は今まで以上に抱きしめたくなるんだ。
ピタリと胸にくっ付いて、背に手を回してぎゅっと力を込める。
「あったかい」
夏で暑いから、温もりは必要はないけれど――この人の温かさをずっと感じて、生きていきたいって思った。ずっと、ずっと―――
そんなこんなで紆余曲折を経た私たちは今、DVDボックス最後の舞台を見ていた。
私と言えば気が気じゃない。数か月前に言った「最後の一本を見たら」の宣言が、週を追うごとに重しになっていっている。こんなことなら、いつ、とか確約しなければ良かったと何度も思ったけれど、今となっては後の祭りだ。
二人きりで過ごした年始、私たちの時間を邪魔するように長井さんから刻也さんに電話があった。邪魔するように、というのは勿論刻也さん的に言えば……なんだけど。その電話に出た結果、なんと数年ぶりに刻也さんは恵さんに会いに行ってしまった。
私は恵さんに会うのは止めて欲しくて堪らなかったけれど、彼がきちんと過去を清算したいような表情を浮かべていたから、黙ってそれを送り出した。不安がなかったと言えば嘘になる。
私を置いて何か起きるんじゃないかとか、いろんな不安は胸の中にもやもや渦巻いていたけれど、止められるような感じではなかった。
それに……ほんの少しだけ過ったのは『もし私にも同じことが起きたなら』というあり得もしない想像をしたせいだ。
一人目の彼には絶対に会いたくない。
けれど、お金を持って出て行った二人目の彼には、会ってもいいかと思う自分が居たりする。なんだろう……どうして黙って出て行ってしまったのかなって。私のお金を持って出て行ったあとは、大丈夫だったのかなって。そんな心配をまだ馬鹿みたいにしている部分が、ゼロじゃない。
アンタは心配しなくていいのって八重子先輩になら言われそうだけど……この気持ちについての消化を最近ようやく出来た。刻也さんが恵さんと会ってきて、すっきりした表情で戻ってきたんだ。
話を聞くにつれ、はっきりとは言わなかったけれど「刻也さんは大学生になった恵さんを好きだったって認めた」んだなって感じた。
前に話を聞いたときは、中学生のころの気持ちを引きずって好きだって思い込んでいたみたいな言い方だったけれど……今回恵さんに会ってみて、やっぱり大学で再会した時もその時の彼女を好きだったって認められたんじゃないかと感じた。
それを聞いて、私もそうだったのかもしれないって思った。
私のお金を持って、ふらりと出て行った彼。後悔しか残らなくて、こんな風に置いて行かれたことがただ悔しくて、私は彼に恋愛感情なんてなかったと思い込んでいたけれど――本当は、好きだったんじゃないだろうか?
そうでなければ短い期間とは言え、私は彼が家に平然といたことを許せたとは思えない。
だから私も、私なりに彼を好きな気持ちがあったんだって認めることにした。好きだと思う感情があったからこそ、裏切られたことに大きく傷ついた。お金を取られているかもしれないと思っていても、それを問いただせなかったのは私の弱さだ。
そうやって認めることが出来て、やっと過去から解放されたように感じた。
そうしたら、元気でやっているだろうか? という心配じゃなくて、元気でやっていたらいいな、と他人ながら祈るような気持ちに変わった。上手く言葉にできないけれど、私の中で彼に対する想いが終わった気がする。
そんな新年早々のアレコレがあって、お互いにきちんと過去を乗り越えて、今がある。だから気持ち的にはもう、いつでもどうぞ、という気持ちになっているとは言える。それに、恵さんの一件の後、フライングで致してしまいそうになってたし。でもそれは、私が熱を出してしまって刻也さんには我慢を強いてしまったけれど……そんな出来事からいろいろあって2週間も過ぎた今日は、刻也さんの態度はもう『逃がさないからな?』って感じだ。




