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けれど、ぶんぶんと私の手を握って振り回す海人さんを見た背後にいる刻也さんが突然ぐっと私を引き寄せると、海人さんの手をバシッと引き離した。
「海人、触るな」
酔っているのかいないのか、分からない程の低い声で怒っている。
「ちょ、ちょ、刻也さん。何言ってるんですか」
「うるさい」
ダメだ。この人絶対に明日このことを忘れている。そう思わせるほどの酔いっぷりを見せてくれて、私は恥ずかしさで顔が赤くなった。その様子をひたすら大笑いする長井さんに、ますますどうしていいのか分からない。
温かいけれど恥ずかしさいっぱいの中、ようやく止まってくれたタクシーに乗り込んで、みんなの笑顔に見送られた。この間とは全然違う今日がなんだか嬉しくて、酔っぱらった刻也さんには少し困るけれど、肩に乗る頭の重みすら私には幸せを感じさせてくれた。
タクシーの運転手に行先を告げて到着した刻也さんのマンションの前。支払いをしようと財布に手を掛けたところで、ようやく刻也さんは目覚めた。
「……ん」
不安定ながらも意識を取り戻したらしく、私の手を制して千円札を2枚取り出し運転手に手渡してくれる。お釣りを受け取る気力はないようなので代わりに受け取ると、また数週間前のことを思いだして苦笑しつつ彼を車から引きずり出した。
手のかかる人……と思う反面、可愛いと思ってしまうのは私の彼が好きの気持ちが勝ってるからかもしれない。
こんな姿、滅多に見られないんだもん。素を晒してくれる彼を見上げると、まだぼんやりしている様子だけれどちゃんと自立してくれた。
「歩けますよね?」
「……大丈、夫」
はっきりと声が返ってきたから、肩を貸したままマンションに入った。
まだ意識のふらついた彼とともに扉の前に立つと、かなり落ち着いたのかカギをポケットから取り出して刻也さんは扉を開けた。鍵穴にきちんとカギを差し込んで開けられるくらいなら大丈夫かな? と少しばかりホッとする。肩に腕を回したまま、玄関に足を踏み入れると彼はぼんやりとしたまま靴を脱ぎ始めた。
――これなら、大丈夫だよね。
刻也さんが一人で玄関に立つのを見て力の抜けた私は、なんとか任務を完了したことに安堵して、別れの挨拶を切り出す。
「じゃあ私帰りますね」
安堵の表情で刻也さんの背中にそう告げると、クルリと体を反転させて取っ手に手を掛ける。けれど即座に、思いもよらない反応が返ってきた。
「萌優? どこに行く気だ」
まだボケてるのかな?
クスクス笑いながら、取っ手に手を掛けたまま振り返り、酔っちゃった刻也さんにも分かるように優しく説明をする。
「家、帰るんです。今帰らなきゃ、私が帰れなくなっちゃいますから」
もっと居たい。
ぼんやりしたままの彼をおいていくのは忍びない。
そんな気持ちはあるけれど……家に帰れなくなるのはまずい。刻也さんとの約束、守れなくなっちゃうから。
「また、月曜日に。――おやすみなさい」
そう言ってまた扉に向かい今度こそ開けようと腕に力を込めた。
もわっと一瞬生ぬるい空気が玄関に入り込む。けれど次の瞬間、バンッと扉が閉じられた。
「へっ?」
「行くな」
両腕で力いっぱい扉を押さえつけて閉め、そのまま手を伸ばしてガチャリとロックが落とされた。
背後から閉じ込められた私は半ばパニックになりながら、首を竦ませる。徐々に近づく体温が熱いと思った瞬間、うなじに柔らかい感触が触れた。扉についていた手はいつの間にか私を捕えていて、左手は腰に、右手は胸元で巻き付いている。
「と、き、なり、さ」
「萌優、もゆ……」
熱い声でうわ言のように呼ばれて、首筋を伝う唇。触れる場所一つ一つが熱くなる。徐々に触れる位置が上がっていくその唇が耳たぶを食んで、耳元に辿りつくとまた掠れた声で囁く。
「萌優、行くな……」
その声に、身体が芯の方からゾクリと震える。夏だから……じゃない熱さが私をまとって、金縛りにあったみたいに動かない身体。反応出来ないままの私をくるりと反転させると、刻也さんは少しだけヒンヤリした扉に私を押し付けた。驚きで顔を上げると、落ち着かない様子の刻也さん。
震えるような目が何かを訴えているけれど、私はそんな表情を浮かべる彼が愛しくてそっと手を伸ばした。右手が頬に触れると、彼の温もりが伝わってくる。
「居ますから、ここに」
そう告げると、何も言わずに右手をとられた。その手の平に唇がふわりと触れると、そのまま扉に押さえつけられる。熱を持った手の平が熱くて、堪らなく私をドキドキさせて止まらない。
「萌優……もゆ……」
何度も名前を呼ばれて、幾度も貪るように唇を奪われる。
名前を呼ばれるごとに体が震えて、顔が熱い。
口内に入り込んできた舌先が私から何もかも奪い取るような勢いで荒らしていくから、息もつかせてもらえない。それでも求められているのが嬉しくて、自由の与えられている左手が彼の胸元をギュッと握りしめた。
「ふ、ぁ……っん……」
時折零れる声が恥ずかしいのに、止められなくてキスに夢中になっていく自分に気が付く。キスに夢中だなんて自分が信じられなくて、嬉しいけれど止めなきゃって気持ちが膨らんでいくのに、彼の動きは一向に止まらない。




