22
散々に断られた気持ちを受け止めてもらえたのは先週のこと。私には自分を受け止めて貰えて、その幸せを噛みしめるのが精一杯。だから、とてもじゃないけれど、先のことなんて全く見えていない。
「そんな先のこと、わかんないです、よ」
考えても、想像してもみなかったことに驚きすぎて心臓がバクバクする。それなのに長井さんは平然とした態度で、どこ吹く風って感じだ。
「そう? 俺のヨミは当たるから、大丈夫だって」
「いや……、はぁ……」
なんと言葉を返して良いのか分からずに、私の言葉はフェードアウトした。あり得ませんとも言えないし、言われてみれば……願わくば、なんて希望まで湧いてきてしまった。だけどその気持ちをどう表して良いかも分からなくて、ただもじもじと指先がおしぼりを弄ぶ。
どうしてこう、長井さんは爆弾を投下していくのだろうか?
少し恨みがましく思いながら見るのに、やはり長井さんは上手だ。
「うーん。じゃあ、俺の願望ってことで」
ニッと笑ってそう告げられた。
「願望、ですか?」
「そうそう。だってロマンチストのアイツにぴったりでしょ?」
また掘り返してきたロマンチスト男。一体、どうぴったりなんだろうか?
「アイツはさ、中学生の君に惹かれるって言ってたヤバい男でしょ?」
「ヤバいって……」
「ヤバいよ、普通に。って、まあそれはいいとして」
「いいんだ……」
最早、独り言のように相槌を打ちながら、耳を傾ける。
「そんな相手にさ、8年も経って部下として出会ってさ。また惹かれてさ。もう、絶対君たちにはくっついて欲しいわけ」
「……」
「ロマンチックでしょ?」
にこーっと笑顔で私を見つめるその瞳が、怖い。もう絶対に結婚しろって言ってるようで。
「……私は、ですけど」
「ん、何?」
ロマンチストなんて単語を連発する長井さんにほだされてか。それとも軽く酔ってしまったせいか。
私までもが恥ずかしい言葉を口にした。
「彼に、運命を感じてます、から」
なんて、ぽろりと言ってしまっていた。誰にも言うつもりもなかったのに、口をついて出た言葉は取り返せなくて、恥ずかしさをごまかすようにワインを飲み干す。
一気にアルコールを呷ったせい、かーっと体が熱くなった。つられて頬が熱くなったけれど……それがワインのせいか、自分の発した言葉のせいかは分からない。
黙る長井さんを横目にチラリと見ると、やっぱり彼は笑っていた。
「やっぱ、アイツともっぷちゃんはお似合いだね」
って。でもそれはからかってる様子でもなくて、純粋に感じたことを口にしてくれてるようだ。
そんな長井さんに、私は恥ずかしさよりも嬉しさの方が勝って、口角を緩めてふふふっと笑ってしまった。長井さんが言ってくれるなら、なんとなく自信が持てそうだと思った。
何の確証も、目に見える絆も何もないけれど。ただ、彼の傍にずっといる未来を描いてもいいような気がした。そしてそれが、独りよがりな想像にならなければいいなと思えた。
視界の端で、海人さんと笑っている刻也さんを見て、幸せがこみ上げてくる。
「頑張ります」
気が付いたときには、そう長井さんに宣言していて、隣でそれを聞いてくれた長井さんは笑っていた。
「頑張るのはアイツでいいんだって」
そう言いながら、私の肩をバシバシ叩く。
少しだけ長井さんの空気に馴染んだ私は、ようやく自然に笑顔を浮かべることが出来た。
お開きになって外に出ると、少し顔を赤らめた刻也さんが居た。
会社の飲み会だと気を付けているのか、今までこんな姿は見せたことがなかったのに、前回に続き今回も、なんて。
「もーゆー」
ニコニコしながら、私の方に近づいてきたかと思ったら、ガバッと後ろから抱き着いてくる。
「ひゃああっ、な、何ですか!?」
「んーん。何でもなーい」
「な、なな、何でもない人は普通一人で直立しますからっ」
「無理ー」
私に抱き着いて、重い体を私に寄りかからせて、頭上で頬ずりをしている……だ、誰だアンタは!?
刻也さんは今まで見たことないほどのふらつきと、甘えぶりを発揮した。それを見た長井さんはこちらを指差して、大笑いを始めている。
「ひゃっひゃっひゃ! ともちゃん、壊れてるし!」
ともちゃんって、まさか『永友』の友をとってつけたあだ名じゃないですよね!?
「ちょっ、笑ってないで助けてくださいよっ」
「あはははっ、いいじゃん。もっぷちゃん、連れて帰ってやってよ」
「で、でもっ」
焦る私に、笑う長井さん。周りを気にせずに抱き着いたまま離れない刻也さん。
その様子を見てニヤニヤする、海人さん八重子先輩ペアに、呆れた表情の真子に、苦笑いの真田君。
だけど――誰も助けてくれる気はなさそうだ。
「ところで、どうして彼はこんなことに!?」
「あー、俺がトキ兄潰しといた」
びしっと親指を立てて、ニッと笑う海人さん。
いやいや潰しといたって―――
「トキ兄、酒ちゃんぽんすると酔っぱらうんだよすぐに。面白いから潰しといたぞ! 萌優頑張れ」
両手を握りしめて海人さんは私の腕をブンブン振る。
なんて余計なことをしてくれたんだ! と思ったけれど、すごく嬉しそうな顔をしている海人さんに何も言えなくなる。
 




