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永遠に触れたくて  作者: 桜倉ちひろ
起:初めての恋
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 「永遠って何だろうな……」


 満天の星空を見上げながら、煙草の煙をゆっくり吐き出してあの人は私に尋ねた。

 私から見たら、とても大人な人。

 それなのに、大人なあの人のことを……この瞬間、なぜだか抱き締めてあげたいって思った。

 だって、涙が出ちゃうんじゃないかなってくらいに寂しそうな表情を浮かべていたから――

 まだ、子供だった私が、中学2年生だった私が抱いた、初めての感情。

 『抱きしめてあげたい』

 これが本物の「恋」だってことを。

 愛に限りなく近い恋……だからこそ抱いた感情だってことを、後になって気がついた。

 ――ねぇ、永遠の答えは見つかりましたか?

 私はまだ、その答えを見いだせそうにありません。



 運命、って言葉はあんまり好きじゃない。

 『人間は努力如何で、運命を手に出来るものよ』

 なんて台詞を昔舞台で言ったことがあるせいか、運命とかそういうものを好きになれない。

 いつだったか……一度行った合コンで、小学校が同じだったらしい男が同席していて「これって運命じゃね?」と言いながら迫ってきたので吐き気がしたほどだ。

 だから私があの人に再会したことについても、私は運命だなんて陳腐な言葉を使いたくはない。

 強いて言うならば、この再会は――とてつもない「偶然」だ。


 ――――――


  4月1日。

 私の勤める会社では辞令を受けた多くの人間が異動する日に当たる。

 といっても、私が辞令を受け取とるのは入社以来初めての事で……今、営業部長室前に並んでいるこの事態を、少し緊張の面持ちでやり過ごしていた。

 「江藤萌優えとうもゆ

 「はい」

 部長室横で上から序列順に名前を呼び上げていた課長から、ようやく私の名前が呼ばれた。

 「異動先でも、頑張りなさい。君の努力にこれからも期待しているよ」

 「はいっ!」

 努力、期待……

 部長室に入り辞令を受け取った後、普段接することの少ない部長から一言が告げられた。言われて嬉しい言葉をさらりと伝えられ、ちょっと涙ぐみそうになる。

 女だから、とかそういう偏見のない、純粋に人としての評価をして貰えたことに満足すぎて、入室前の緊張を見事に払拭して満面の笑みで部屋を出た。

 『江藤萌優

 異動前:営業補佐

 異動後:総務課』

 辞令の通知を見ながら、初めて貰ったそれに遅ればせながらドキドキした。


 「お世話になりました!」

 入社して丁度3年目を迎えた今日。

 今までお世話になった営業部の面々に丁寧に挨拶をしながら、少し涙を浮かべたり笑ったりを繰り返してから総務課へ異動した。

 今まで私の座っていた席には、今日これからくる新人が座る予定だ。

 綺麗に机や引き出しを拭いて席を立つと、いよいよここから離れる実感が湧いてきて、嬉しさ半面、寂しさ半面の気持ちを抱きながら一歩を踏み出した。

 ゆっくりと噛みしめるように歩きながら営業部の出入り口前に立ち、段ボールに詰めた荷物を持ってくるりと回れ右をする。

 室内を見渡すと、今までと全く同じ風景のはずなのに、私がいた筈の営業部はもうそこにはなくて……なんだか新しい場所みたいになっていた。

 気持ちの問題かもしれない。けれど、そこはもう私の居場所じゃ無いような気にさせられる。

 初めて感じる異動者の気持ちをじわりじわりと感じながら、ひゅっと息を吸い込む。

 そのままゆっくり頭を下げて、営業部の部屋に向かって心の中で挨拶をした。

 『ありがとうございました!!』

 これは中学校で始めた演劇部で顧問の先生に厳しく指導された一つで、お世話になった舞台への挨拶と全く同じ気持ちで私はしている。

 演劇部では、練習の後必ず全員で入口に立って並び部長の掛け声の後に『ありがとうございました』と、舞台と体育館の全てに対し挨拶をしてから解散していた。

 初めは何に挨拶をしているのか不思議だったけれど、続けるうちに舞台を使わせて頂いた感謝の気持ちを込めてその空間全てにお礼を言っているんだって分かるようになった。そしてそうやって感謝できることに幸せを感じられるようになった私は未だにその習慣が抜けなくて、社会人になった今も会議室だとかいろんな場所でつい頭を下げて挨拶をしてしまう。

 当時は大声でありがとうございました! と叫べたけれど、さすがに職場で叫ぶわけにもいかず、今では心の中でお礼をするにとどめてはいるけれど。

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