第百話 昇天
爆砕する大地と、その余波で発生した、嵐を凌ぐ衝撃波の風。それらが広範囲を、この神宮を覆い尽くす。
『『ウォオオオオオーーーーー』』
無数の亡霊達の悲鳴も、その爆砕音にかき消されて、誰にも聞こえはしない。彼はその衝撃波だけで、粉々に砕け散り、拡散しながら彼方へと飛んでいく。
この衝撃波は、鋼鯱も受けていた。あまりに近い位置を撃ったため、自身が巻き起こした衝撃波に呑み込まれてしまう。もちろんこの程度でやられることはないが、多少のダメージは仕方ない。
重力・飛行装置をフルで起動させて、吹き飛ばされないように、その空間位置にしがみつづける。
(きっつ! 爆心地に、あと数十メートル近かったら、確実に自滅だった!)
全身を圧迫する、強烈な衝撃の嵐に苦しみながらも、海太は鎧の中で、その苦痛に必死に耐える。
衝撃の嵐は数秒で収まった。だがその副産物はまだ消えていない。舞い上がる大量の土埃が、異界の中心を積乱雲のように覆い尽くす。一帯は完全に視界ゼロの、灰色の空間と化していた。
大量の石や木の欠片が、空中に舞い上がり、勢いをなくすと再び大地のある方向に戻っていく。晴れるにはもう少し時間がかかるだろう灰雲の中に、それらが固体の雨となって降り注いでいく。
これはあの学校を消し飛ばしたときと、ほぼ同様の現象だ。いや以前よりも少し、被害が大きいように思える。
ガキン! ガキン! ギイン!
何だろう? 灰雲の中に、固い金属音が連続して発生している。やがて時間と共に灰が晴れていき、一帯の現状が明らかになっていく。
「うわぁ・・・・・・派手にやったわね」
空へと逃げた炎王が、上空からその光景を見て感嘆している。爆心地には、やはりというか当然というか、派手な大穴ができていた。あの学校跡よりも、少しばかり大きい、直径一キロ以上のクレーター。
そのクレーターの周辺には、建物の一つも木の一本も存在しない、丸坊主の大地となっていた。少し距離を進めると、数キロメートル先に、まだ健在の林の姿がある。健在と言っても、ほとんどの木々が、爆風でへし折れているのだが。
そんな世界滅亡の光景のような場所で、派手に動いている者がいた。鋼鯱とゼンキである。あの二人は、あの灰雲の中で、いつのまにか戦闘を再開していたのだ。
激しく拳を打ち合う、鎧の戦士とカンガルーの魔物。その動きはあまりに速すぎて、常人には何をしているのか、まったく判らないだろう。
亡霊達は吹き飛んだが、未だにゼンキを赤太郎の身体から引き離せない状態は継続中である。
(くっそ! いっそ救出は諦めて、思いっきりやってやるか? どうせ相手は死体の化け物だし・・・・・・何て理屈は駄目だよな。そもそも俺だって同類なんだし・・・・・・)
ではいったいどうすればいいのか? とりあえず口で時間稼ぎを試みてみる。
「おいっ、亡霊野郎! 何でお前はこの世界に来た! そもそも、どうやってこの世界に渡ってきた!」
これは相手の気をそらすという以外に、彼自身本気で疑問に思っていたこと。ヒナイ達と同じ世界から来たと言うから、あの転移石と同じような物が、まだあったのだろうか?
『目的など決まっている、我らが国をこの地に新しくつくるためよ!』
拳を一撃ぶつけ合った後、両者後ろに飛び跳ねて距離をとる。そして予想通りに、ゼンキが抗弁をたれてきた。
『我が国は直に滅ぶだろう。異界魔共によってな。実際に儂のいる大地の隣の大陸は、奴らに食い尽くされたようだ。やがてそいつらは、我が国にも姿を現し、全てを滅ぼすだろう。その前にこの世界の領土を、我が国に献上させて貰う!』
「献上じゃなくて略奪だろう? ていうかお前はどこかの王様だったのか?」
『それは違う! 我らがギール王国の永遠の王は、我が妻のコウキ! 儂はあの方のために、全てを捧げる!』
悪役らしく、実にペラペラと己の野望を喋る、見た目カンガルーの王婿。異界魔というのは、もしかして人妖のことを言っているのだろうか?
「お前ら幽霊なのに、王族やってんのか? てことは、ギールってのは死者の国か? だったら異界魔とかいうの、別に問題じゃなくね?」
『そんなわけなかろう! 死者と生者、全てを支配してこそ、真の王だ!』
「死人に支配された国か。ろくでもない国っぽさが、ぷんぷんするな!」
『ふははははははっ! 何も知らぬ下民の癖に、知ったような口を! 永遠の存在となった死霊の神こそが・・・・・・ぶはっ』
笑いながら何か喋っているカンガルーに、鋼鯱が勢いよく飛び込んできた。攻撃行動ではなく、相手を両手で抱いて捕らえようという、捕獲行動である。
だが残念なことに、勘一発でゼンキはその手をかわし、再度バックステップで鋼鯱から離れる。
『貴様! 卑怯だぞ!』
「先に多勢でかかってきた奴が、そんな口をするのか?」
そんなことを口にしている間に、その多勢の気配を背後から感じ取った。振り向かなくても、それが何か判る。さっき超音波砲で吹き飛ばした亡霊達が、再生を始めたのだ。
「やっぱり駄目だったか・・・・・・」
無数の亡霊達が、徐々に空間に実体化を始め、霊感のない人間にもその姿が見える領域に達する。あと少しで、あの超人的なパワーも復活し、敵としてこちらに襲いかかってくるだろう。
ゼンキが再び高笑いを始める。
『ふははははっ! 馬鹿め、あれでどうにかなったと思ったか! この空間それ自体が、膨大な魔力の供給源だ! この空間の支配権を手にした儂が、この空間内で負けるはずがないだろう! ふははは・・・・・・・・・あれ?』
いったいいつのまに、そして何が起こったのか? 視界に移る光景が、一瞬で全てが変わっていた。
まるでテレビドラマの場面転換を見ているよう。ゼンキが笑い声を上げている間に、辺りのすっかり平らに破壊された大地の光景が、一転して全くの別の光景へと移り変わったのだ。
それは鋼鯱が、ついさっきまでいた世界の光景。真っ白な雪景色と化した、冬の森の中であった。
『おっ、おい! どういうことだ! 儂の世界はどこにいった!?』
「そんなの俺だって知るかよ。どうやら外の世界に転移されたようだが・・・・・・」
そこは間違いなく、あの異界にお邪魔する前にいた、この世界の本来の空間。新郷の大地の森の中であった。
さっき異界の入り口があったのとは、位置が違うようで、あの大木の姿はない。
高く降り積もった雪に、いつのまにか足が半分以上埋もれていた。転移をした瞬間に、彼らは一瞬だが中を浮いていた。そして両者同時に、この積雪の大地に足を下ろしたのだ。
ちなみにこの場にいるのは、ゼンキと鋼鯱だけではない。鋼鯱の後方には、あの数百のコンロードの亡霊軍団の姿が見える。
『うぁああああ・・・・・・・・・痛い痛い痛い』
『苦しいよぉ~~~神様お救いを~~~~』
彼は最初の遭遇時と同じように、苦悶の声を上げながら悶えている。その姿はさっきよりも透明度が高くなっており、あの凶暴な気も感じ取れない。
ある神官が、呻きながらそこらを歩き回り、近くの樹木に接触した。するとどうだろう。彼の身体は、その樹木の幹をすり抜けてしまったのだ。よく見ると彼らは、この雪の上に何の変化もなく乗っている。本来ならば、鋼鯱のように、体重によって雪に足がとられているはずなのに。
(実体を失っている? てことは、今のこいつらは普通の幽霊か?)
エネルギー探知をしたところ、こいつらには今、魔力がほとんどない。おそらく霊感のない者には、彼らの姿すら見えていないだろう。
事態が何となく判った鋼鯱が、仮面の下で余裕の笑みを浮かべて、ゼンキに向き直る。
「確か“この空間内では負けない”とか言ってたな? この場合はどうだ?」
『ぬう・・・・・・・・・』
初めて焦りの感情を浮かべるゼンキ。何が起こったのか判らないうちに、一気に形成は逆転となっていた。
『まっ、待て! 儂は寛大で慈悲深き王婿。今回だけお前の数々の無礼を許してやろ・・・・・・ふごっ!?』
ゼンキが寝言を口にしている間に、鋼鯱は一瞬でゼンキとの間合いを詰めていた。
雪にめり込んでいた足を使って、強力な脚力で疾走したため、雪原に一本の濠が出来上がっている。どうやら雪の厚みと重みは、彼には何の足枷にもならなかったようだ。
そして彼が逃げだそうと行動する前に、彼の喉を思いっきり鷲づかみする。
グールは呼吸などしないから、これで息苦しくなることなどない。だが敵に捕まったのは事実。ゼ
ンキは両腕を何度も振って、自分を掴み上げている、鋼鯱の右腕を何度も殴りつける。だが鋼鯱は何の反応も示さない。
神地から出てしまったゼンキは、先程よりも大幅に身体能力が低下していた。そんな彼のパンチ力では、鋼鯱の身体にほとんどダメージを与えられない。
さっきまで優位に立っていたゼンキは、場所が変わっただけで、いとも容易く敵に捕まってしまった。
「まださっきの質問で答えて貰ってなかったことがあるな。お前はどうやって、この世界に来た? レグンが持ってたのと同じ、転移石か?」
『そんなもの知らん! 儂は女神コンが作ったとかいう、門を潜ってきただけだ!』
「コン?」
聞いたことがあるようなないような微妙な名前だ。この世界と別の世界の通り道=門を作ったとなると、もしかして半緑人だろうか?
まあこれ以上聞くような話もないので、さっさと本題に移る。
ゼンキの首を掴んだ姿勢のまま、何と鋼鯱の変身を解いた。メタリックカラーの鎧が瞬時に消滅し、内部にいる一人の少年=海太の素顔が露わになる。
それと同時に、彼の肌と接触したゼンキは、彼の肉体から何かを感じ取った。
『これは!? 貴様も屍人か? ぐっ!? ぐぉおおおおおっ!?』
海太の身体から、ゼンキに向かって、何かの力が流れ込み始める。それと同時に、今までどんなに首を絞められても大事にはならなかったゼンキが、突然苦しみだした。
ゼンキの身体が淡い青に発光し、それが光の粒子となって、煙のように肉体から立ちこめ始める。
「おとなしくあの世に生きな! クズ幽霊が!」
『ガァアアアアアアアアアアッ!』
獣のような悲鳴を上げながら、ゼンキの=赤太郎の肉体から、もの凄い勢いで光が弾けていく。やがてその量は少なくなり、光の粒子現象はやがて停止した。
「昇天完了」
海太が赤太郎の首から手を離す。赤太郎はぐったりとしながらも立っており、目の前の海太に顔を向き合わせる。その姿に敵意という感情は、何も感じられなかった。
また彼についていた、あの鬼ような角も、いつの間にか消えている。
「・・・・・・・・・二度にわたって、恩に着る。鋼鯱殿・・・・・・」
明らかにゼンキとは異なる、渋めの声が、眼前のカンガルーの姿から発せられた。そしてその場で膝をつき、倒れるように地面に伏した。
海太は一体何をしたのか? それは彼がいつ頃からか使えるようになった、グールの特殊能力を使ったのだ。
以前学校で出会った、あの口裂け女に使った技と同様の、霊体に干渉する力。それを持って、ゼンキを強制的に霊界に送りつけた。ようするに除霊したのだ。
かなり力を入れて、あの世に飛ばしたから、奴がこの世に戻ってくることはないだろう。このまま何もできぬままに、輪廻の輪に戻っていくはずだ。
「おめでとう! これで全ての大土地神コンプリートね!」
『一応礼は言っておこう、少年よ・・・・・・』
とても聞き覚えのある女性の声と、初めて聞く幼い少女の声が聞こえてきた。
海太が振り向くと、そこにはいつの間にいたのか、こっちに向かって盛大な拍手をする炎王。そして彼女の傍らには、大きさは熊ほど巨体で、毛並みは金色で、姿はイタチのような、大型の獣がお座りの姿勢でこちらを見ていた。
「お前がタマか? 初めましてだな。それで・・・・・・さっきは何が起こったんだ?」
『本来の支配者である妾の権限で、お前達の妾の異界の滞在権を剥奪した。滞在権の無い者は、あの空間からはじき出される』
「なるほど・・・・・・」
どうやら神地の本来の持ち主が目覚めていれば、あの空間の使用権は、略奪者よりもこっちが優先されるらしい。
ゼンキがタマを拘束していたのには、これも理由の一つだったのも知れない。
『役目を終えて、妾が眠りについている間に、あのような奸賊が現れるとはな。しかもまんまと捕まってしまった。これでは紺様に顔向けできんわ』
「紺? お前らの主はレイコじゃないのか?」
紺=コンの名前は、さっきゼンキも口にしていたが、あれは別の世界の女神で別人の筈だが・・・・・・。やはりあのゲームの設定と同じなのだろうか?
『初代の女神のレイコ様は長年を生きすぎて、精神が限界を迎えて、自ら眠りについておる。炎王から聞いていないのか?』
「いんや、全然。代替わりしたなんて、今初めて知った」
両者の視線が、話にあった炎王に向く。これに炎王は何か言いづらそうな、微妙な表情だ。
「え~~~あ~~~うん。まあ、いいじゃない。タマの神地は無事救われたんだし。そう急ぐ話でもないし」
『そうだな・・・・・・・・・』
“救われた”という形容が適切なのかどうか、現在の神地の現状を見ると、かなり微妙である。だがタマは、あえてそのことを追求しなかった。
『ところでお主、あれはどうする?』
タマが次に指し示したのは、近場の林で呻いている、数百体の亡霊達。コンロード教団の亡者達であった。
『あああ・・・・・・頼む、死なせてくれ・・・・・・』
『ゼンキは消えた。もう解放してくれていいだろう!?』
ゼンキはもう昇天したにも関わらず、彼らは未だに魂の痛みで苦しみ続けていた。実体化は解けたので、他に関してはほとんど無害だろうが。
『無茶な改造が元で、あやつらの魂は相当歪んでおる。その苦痛は、通常の地縛霊などとは比べものにならないじゃろうな。お主になら、苦痛から解放して、昇天させてやることもできるのではないか?』
「どうだろうな? やってみなきゃ判らないが・・・・・・でもできてもやらねえよ」
タマの提案に、海太は即効で彼らの救済を拒否する言葉を口にする。海太の彼らを見る目には、何の同情も哀れみもない、汚物を見るような見下した者だった。
「あいつらが今までしてきたことを考えれば、死刑すら生温いわ。永遠にこの世界で悶えながら苦しむがいい」
その後海太は、再び鋼鯱に変身し、タマに別れの挨拶を述べる。そして気絶する赤太郎を抱えて、再び空へと飛び立った。
その間に、未だに助けを求め続けるコンロード達は、終始無視し続けた。
やがてタマも、異界へと帰って行った。これから滅茶苦茶になった神地の修復に大忙しだろう。後には誰の目にも見えない、亡霊達だけが取り残される。
『苦しい・・・・・・苦しいよお・・・・・・誰でも良いから助けてくれ・・・・・・』
誰からも見捨てられたコンロード達。かつて彼らが持っていた栄華など、もはや夢の中だけの世界。
彼らは永遠の苦痛と放浪を約束させられ、この地に取り残された・・・・・・




