表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グール鉄鬼  作者: 大麒麟
7/116

第七話 海太

 不時着した艦隊の大群には、結局朝になっても外部からの接触がなかった。

 敵の方も何かの準備の最中なのではという説もあったが、何をするにしてもあれほどの力を有する相手が、脆弱な自分たち相手にそんな手間取るような作業をするか?という疑問もある。


 朝日はすっかり昇っている。太陽と月の移動速度・位置から考えて、おおよそ九時頃になるだろう時間に、各艦隊に指令が来た。

 内容は全兵士に一旦外に出て、この世界の空気に慣れておくようにとのこと。


 この世界の空気は、自分たちのいた世界とさほど違いはない。むしろこっちの世界のほうが、清浄な空気を持っているようだ。

 一応今後外に出る可能性も考えて、周囲の安全確認を最大限にした後で、この世界の環境に慣れさせておくのは大事だと考えたようだ。


 それと同時に昨夜のような馬鹿騒ぎを起こさないよう、彼らにストレスを溜めさせないためだ。


 不時着した艦隊群は、丁度楕円形の範囲に配置されている。面積はおおよそ60平方kmほど。都市一つ分はありそうなかなりの面積だ。

 いや、この巨大人工物の数と、その中にいる人口を考えれば、一つの都市と言っていいかもしれない。


 その円の外側に置かれている一部の艦の兵士には、周囲の山林の探索を命じた。範囲は母艦から5km以内。何か異常があったら、すぐに引き返すようにとのこと。

 この命令に兵士達は歓喜して外へと飛び出した。ここが敵地であるという事実への認識は、あまりに早く薄れている。まるで観光地に来たかのように、外の未知の世界の自然に触れ始めた。


【おい、お前この植物は判るか?】

【ああ判るぞ。見る限りどれも俺たちの世界にあるのと同じようなものばかりだな】

【おい鳥だ! 鳥が飛んでいるぞ!】

【すごい鳩だ! 異世界鳩を発見したぞ! ええとカメラは何処に置いたっけ?】


 この辺りの植物や動物は、日本にある種に近いものばかりだった。故郷ではさして珍しくないようなものを、兵士達は観光客のように見入っている。


 故郷世界では、科学大最盛期が続くと共に、多くの国々が人口を都心部に集中させる政策をとった。

 人口が未だ過剰な数いる現状、人間との接触が原因での、自然環境の悪化を抑えるためだ。自然に悪影響を与える恐れがある見なされる観光産業なども、多くの規制がかけられている。

 そしてほとんどの国民が、山林とは高い壁で区切られた、人口過密の機械都市の中に閉じこめられるように生活している。


 食糧生産に関しては、国・企業が管理している巨大な農場・養殖場で行われている。働いているのは全員月給で働く農業員・飼育員達だ。

 自作農など昔ながらのやり方で食糧を作っている第一次産業の人口は、科学大最盛期前よりも大幅に減少してしまった。


 そのため人々が自然に触れあう機会もまた、極端に減ってしまっている。そんな彼らにとっては、こんな何でもない自然の風景でもとても珍しいのだ。

 たまに仕事で山林に出向くことはあっても、敵を倒した後は、後を処理班に任せて即座に撤収してしまう。


 一方で陣地の外側にいた各々主力艦の兵士達が、命令通りに周囲の山林の探索部隊を出動させていた。数は30部隊、総員2千人程。本格的な未知の世界との接触である。


「私達はこの艦の内部・周辺に待機だ。それぞれ倉庫の見張りの者も、交代で外に出ろ。ただし艦からあまり離れるな。何かあったならば、例え些細なことでも即座に艦に報告しろ」

「こちらからは探索部隊は出さないんですか?」

「そういう命令は来ていないので、出す予定はない」


 渡辺艦長の言葉に、全員からブーイングが流れる。真河豚・三番は話にあった陣地の外側に着地しているが、輸送艦であるため探索部隊の命令は来ていない。

 こういうのは戦闘に特化した人員が乗っている主力艦乗員の仕事だ。


 やがて乗員達が各々外に出て行った。初めて触れる異世界の空気に、皆が気持ちよさそうにしている。彼らの大部分は都会育ちで、小さい頃からこういう自然に触れる機会が少ない者達だ。

 それゆえか故郷と代わり映えしない山林だというのに、皆がこの外の世界によい雰囲気を感じていた。


 外に出た兵士の1人に、高橋海太少尉もいた。彼は艦から指示された行動範囲の、ギリギリの位置まで森林の中に入り込み、その辺の倒木に座り込んでまたあのゲームをしていた。

 ちなみ現在プレイ中のゲームは“小林ダンジョン”、敵キャラクターの滑稽さを除けば、王道のダンジョン探索型RPGだ。


 ゲームにだけ集中して、周りの自然には全く関心を示さない。彼にとってはこういう自然は見飽きたものであった。

 こんな何処にでもあるような風景に、過剰に反応している同僚達には、あまりついていけそうにない。


(みんなが言ってる通り、敵は俺たちを殺す気はないようだし、まあ気軽にいけそうで幸運だったな)


 彼は元々好きで軍隊にいるわけではない。現在の地球連合軍には徴兵制度はなく、兵士達は全員職業軍人だ。だが彼に関しては、ほぼ徴兵に等しい形で軍に入れられてしまった。


 彼の出身地は、世間からは田舎に分類される農村であった。今となっては天然記念物並みに珍しい集落だ。

 父は元軍人の外国人で、母の家に婿に入って軍をやめて、その村の住人になった。だが海太が3歳の頃に、リョクジンと呼称される謎の異世界勢力からの攻撃を受けたのをきっかけに、父は軍に復帰してしまう。


 やがて海太が高校を卒業した直後に、軍からの推薦状が来た。それは“推薦”とは名ばかりの、脅迫めいた命令状だった。何と手紙を宛てたのはリアーナ・ニーソン大元帥だったのである。

 この後初めて知ったのだが、実は父は大元帥の息子だったのだ。つまり海太は地球連合軍のトップの孫だったわけである。


 リアーナの子や孫で、軍に関わる仕事に就いていないのは海太だけであった。我が一族の名誉を傷つけないためにも、絶対に軍に入れ。拒否すればお前にまともな将来が来ないよう手配する、というあまりに理不尽な命令である。

 拒否することなど出来るはずもなく、結局海太は軍に入った。


 だがここでまたふざけた話が出てきた。本来ならば正式な兵士になるには、少なくとも1年の訓練期間を経る必要がある。

 だが海太は参加してすぐに、祖母からの全く嬉しくないコネによって、訓練なしでいきなり正規の軍人、しかも将校の階級を与えられてしまった。

 今回の進軍が近く計画されていたため、それに海太を参加させるために急がせたらしい。


 元刑事や医師・教授・技術者など、優れた経歴を持った人間が、訓練期間なしに飛び入りで軍将校になるケースはあることはある。だが海太にはそのような立派な経歴も実力もないのだ。

 この進軍に参加した兵士には、海太のような未成年の将校もいないことはない。だが彼らは皆軍学校(中卒から入学可)で優秀な成績を収めた者達ばかりだ。

 軍学校を三学年無事に卒業できた者は、皆必ず兵長以上の階級を与えられる。そのため若手の将校と言ったら、大概軍学校入りしているのが常識である。だから海太はかなり特異な例なのだ。


 海太は、これをかなり気にかけており、随分と窮屈な思いをした。

 肩身の狭さというのもある。だがそれ以上に、よくあるドラマのようにコネが云々で、「ボンボンだからって、いい気になるよな~」的に、周りから嫌みやイジメを受けるのでは?という危惧があるからだ。

 もしそんなことをされたら、いかにして闇討ち・イジメ返し(小学時代に実践済み)をしてやるかを、真剣に考えてしまう。

 今のところ、艦でそのような動きは見られないが、油断はならない。


 他所から見れば、あまりに神経質・疑心暗鬼な若者である……。

 更に言えば、彼は知らなかった。最初にそういった行動・言動が危惧されていたのは、他ならぬ海太自身であるということ。

 彼を含めたこの艦の乗組員全員が、漫画やドラマのお約束に、毒されすぎているということ。それによってお互いに、全く意味のない距離を作ってしまっていることを・・・・・・


(しかも軍に入った途端、あいつに会っちまったし。しかもコネじゃなくて、自力で曹長になってやがる)


 実はこの進軍には、海太の小学・中学の同級生も参加していた。金野 陽子(こんの ようこ) 18歳。中学校では同じ自然観察クラブに入部していた女だ。


 海太の中学では必ずどこかの部に入らなければいけない決まりだった。そのためただ野山を見て歩くだけで楽そうなこの部を選んだ。

 実際には見つけた花や虫のチェックをいちいちしたりと、結構面倒な部活であったが。


 海太が入学した年に、自然観察クラブに入部したのは、海太と陽子だけであった。陽子は色んな物に興味を示しては、それにならったおかしな行動をよく取っていた。

 それは自然観察関係にとどまらない。彼女は部活以外の行動でも、海太に絡み始めたのだ。


 一昔前の日本のフィクション作品によくあった“幼馴染みの男子の部屋に、毎朝起こしに来る”というシチュエーションを、自分でもやってみたいと言い出したときは、少しびびった。

 翌日から本当に毎朝彼女は自宅を訪れてきた。だが大抵彼女が来るより早く海太は起きていたので、そのシチュエーションが実行されるときはなく“一度ぐらい寝坊しようよ!”と馬鹿げたお願いをされる様である。


(正直あいつ、頭がいってたな・・・・・・)


 勿論そんなお願いを聞いてやる義理はない。そもそも幼馴染みと言っても、小学校の時は同じクラスではあったが、一度も会話をしたことがない程度の親交度である。


 それ以外にも様々な面倒ごとに巻き込んでくれた。 一度明らかにわざと思われる形で、彼女の裸を見せられ、理不尽な暴力を受けたことがある。おそらくラブコメのツンデレヒロインの真似をしたのだろう。

 この時は本気で怒ったが彼女は大して動じず、次の日にはまたおかしな騒動を起こしてくれた。かなり傍迷惑な幼馴染みだ。


 最もたまに海太自身も、勢いでそれにノってしまったこともあるのだが・・・・・・


 そんな彼女は中学卒業後、何と軍学校へと入学していった。志望職種は異界科。その名の通り、異世界の探索と研究を行う軍組織の科である。

 リョクジンやワールドビーストの驚異もあって、異世界の存在を敬遠する人間は多い。一方でそういった未知の領域に、興味と冒険心を抱く者も多くいる。

 この職種で調べ上げられた異世界の情報が、一切世間には公表されていない事実も、そういった人々の興味を刺激している。陽子もその1人だったようだ。


『ごめんね海太、ここでお別れだね。でも私はどうしても知りたいの! どんなに危険でも、私は異世界へ言ってみたいの!』


 まるで今まで付き合っていたかのような別れの言葉。海太も多少は寂しい思いをしたが、特に反対せず、軍学校がある都会へ向かう彼女を見送った。


 ちなみ彼女がいなくなってから、大分すっきりした気分になれた海太。

 それと同時に、女性という者に対して、かなり冷めた目で見るようになっていた。陽子と共に過ごした経験が、無意識に彼に女性蔑視の感情を植え付けたのかも知れない。


 その後地元の高校に入った海太。高二の時に、むかつく不良女子を、泣き叫ぶまで締め上げて土下座させたこと以外では、特に刺激のない平穏な生活を送っていた。

 そして卒業と同時に、前述した経緯で軍に入れられた海太。その時はもう、陽子の存在など頭の片隅にも覚えていなかった。


 だが進軍が発表され、軍内部が慌ただしくしている中、唐突に彼女のことを思い出した。だって本人が進軍する部隊にいるのを見つけたから。

 配属された艦は別だが、海太は確かに見た。訓練中の女性兵士の中に、間違いなく陽子の姿があったのだ。先述したとおり、今回の作戦に参加するのは下士官の階級の者だけ。ちらっと階級章を見てみると、何と曹長である。


 彼女には軍にコネなどない。完全に実力だけで軍学校卒業してすぐに下士官の最高地位を得たのだ。残念ながら異界科には受からなかったようだが・・・・・・

 これを知ったとき、海太はどこか納得できない感情があった。それが何かは本人もはっきりと判らない。自分の実力でのし上がった彼女への羨望か? それとも大した成果も上げずに出世した自分に対する自己嫌悪か?


 短期間自分に付き合った教官は、自分に対して叱ることも褒めることもしなかった。まるでロボットに授業を受けているような感覚。これでは陽子と比べて、自分の能力がどれほどなのか全く判らない。

 もしかしたら自分の親が原因で、余計な事は言わないようにしたのかも知れない。


 軍なんて嫌いだが、どうせ入るなら自分にきちんとした評価をくれる、まともな上官が欲しいところだ。ちなみにこの艦の上官の幾多郎は、自分に対してほとんど無関心。艦長とはまともに話したこともない。


(話聞けば、あいつかなり生真面目でお堅い性格らしいが。猫かぶってるのか? それとも高校に入ってから性格が変わったか? まあどっちにしろ、自分から関わる必要もないな。会ったら会ったで、またみっともない思いをしそうだし・・・・・・)


「つまんないやつだね。そんな女がいる男なんて滅多にいないぞ。くだらないこと気にせず、いちゃいちゃ青春すればいいじゃないか?」

「!?」


 頭の中で、自分でも情けないと感じる思考をしている最中、まるで心を読んでいるかのように、どこかからそんな声が聞こえてきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ