第三話 大艦隊
アーミースパイダーとの戦闘が終わった後、あの黒鉄鯱を纏っていた謎の兵士は、上空の飛行艦に呼び出されていた。
『やれやれ休暇早々に随分派手なことをしたものだな』
場所は飛行艦の乗組員用の寝室の一つ。対応に困った艦長は、“彼”を一時この部屋に待機するよう求め、彼もそれに応じたのだ。
今の声は彼の声ではない。彼の持っているベルト型の鉄鬼装置からの声である。真ん中のディスプレイ画面には、人の顔が映し出されており、それが彼に声をかけているのだ。
この装置は人間を機甲兵士に変えるだけでなく、テレビ電話の代わりにもなる。
「申し訳ありません。ですが近場にビースト警報が出たと聞いて、どうにも何もせずにいられなくなってしまいまして・・・・・・」
彼は軍人である。鉄鬼の所持を許されているのだから当然であるが。彼はこの時久しぶりに休暇をとっており、妻の実家に迎えられていた。
だが先述の通り、ビースト警報に悪い予感を抱いて、独断で介入したのだ。
『別に責めているわけではないさ。あのままにしていたら間違いなく多数の犠牲を出して敗北していただろうしね。軍部の方でも今回のことは問題にはしないつもりだ。私もお前のその子供の頃から変わらない正義感は悪く思っていないさ』
「・・・・・・感謝します」
ディスプレイに映っている人物は、軍服を着た老婆だ。彼女の名はリアーナ・ニーソン 80歳。地球連合軍の最高地位である大元帥の地位にいる人物である。
一方の話しかけられている壮年の男性は、連合軍鉄鬼部隊の総隊長を務める人物。それはつまり先程の番犬達を初めとした、この世界の全ての鉄鬼兵の頂点に立つ人物である。
つまりこの場では軍司令部のトップと、戦線に立つ主力戦力のトップの二人の超大物がこの地方軍の艦の中で対話しているのだ。
『今回の件は、ある意味後の作戦の士気を上げるのに都合がいいかもしれないね。とにかくお前はよくやったよ』
「そうなんでしょうか? 何だか依怙贔屓されているような気分です」
『そんなつもりはないさ。いくらお前でもそんな不当なことはしないよ』
地球連合軍は近々ある大きな作戦行動を計画していた。それはもしかしたら連合軍発足以来、最大規模のものかもしれない。
それに先駆けての総隊長の勇敢な行動は、ある意味宣伝にもなりえる。
「何度も言いますが、本当にニーソン大元帥も現場に行かれる気ですか? 今回は今まで一番危険な任務ですよ。不快に思われるかもしれませんが、その老体で戦地に出るのは・・・・・・」
『意味ならある。たとえ戦いでは役に立たなくても、大元帥自らが命を張っているという事実だけで、部下達を勇気づけられる。それに私もどうせ死ぬなら、戦場で死ぬほうが性に合うしね』
大元帥は明るい笑顔でそう言う。自分はもういつ天寿を全うしてもおかしくない身のため、死に関しては楽観的だ。
「・・・・・・判りました。ですが必ず生き延びることを前提の行動をお願いします」
『ああ、そのつもりでいるさ。そろそろ通話を切ろうか? こんなところで話すような話題ではないしね』
「了解しました」
そのまま装置の画面が切れて、通話が終了する。総隊長は半月後に発表されるだろうあることに様々な思いを寄せていた。
直前に彼が休暇を貰えたのは、もし帰ってこれなくなったときのため、あらかじめ家族と会わせておこうという、大元帥の心遣いだ。
その作戦とは、現状のこの世界の問題を解決させるための決定打。敵勢力リョクジンの母世界への大規模進軍だ。
地球連合政府のリョクジンへの進軍の発表は、世界を震撼させた。だがある程度落ち着きのある反応でもあった。
以前から兵器の発注や、部隊の編成などが急いでいる風に行われており、近いうちに何かあるだろうと、ネットを初め多くの場所で予想されていたからだ。
『【我々がリョクジンから不当な弾圧を受けて、今年で15年。いよいよ巻き返しの時が来た! 異界科の懸命な研究のおかげで、リョクジン達の世界への座標を発見した。奇しくもビーストとの戦闘は、世界の軍事力の統制力を高めてくれた。今こそ私達の力を奴らに見せつけよう!】』
老骨の身でありながら、力強い声で全世界に向けて宣誓するリアーナ大元帥。
作戦内容は極めて単純である。ありったけのエネルギーを次元転送装置に込めて、リョクジンのいる異世界へこちらから巨大な転移門を造る。
そしてそこから連合軍の飛行艦隊600隻の大艦隊を送り、敵地へと攻撃を仕掛けるというもの。そしてその大艦隊の総提督として、大元帥自らも出陣するという。
多くの人々から不安と歓喜が入り交じった声を浴びながら、作戦は発表から一日と立たず知って実行された。いよいよ大決戦の時だ。
ここはニーソン大元帥=大艦隊総司令達がいた世界とは別の世界。別の次元に存在するもう一つの地球。向こうの住人がリョクジンと呼称する者達が住んでいるとされる異世界だ。
そこは空も空気も大地も、彼らの世界とはほとんど変わらない。その場所には永遠に続くかと思われるような大森林が広がっている。
各地に綺麗な河川や湖の姿が見え、とても自然豊かな土地のようだ。ぱっと見ただけでは、あの異形の怪物を創り出した者達の領土とは思えない。
その美しい自然の風景をぶち壊すかのように、大空に巨大な穴が空いた。上空数キロメートルの高度の空間に、直径1キロに及ぶ巨大な転移の門が開いたのだ。
その向こうからは、こことは別の世界の空が見える。現在この世界の空は明るい快晴なのに対し、光の輪の向こうは薄暗い曇り空。明らかに空気が違う。
そしてその風景にいくつもの点が見える。その点はどんどん大きくなり、やがてそれは大量の飛行艦だと判るようになり、輪を潜ってこの世界に入り込んできた。
先頭の一隻が侵入すると、後ろから次々と数え切れないはずの巨大な船が、ぞくぞくと入り込んできた。その光景は大洋のクジラの大群のようである。
数百という大艦隊が全て転移を完了すると、転移の門は閉じられた。巨大な光の輪が、泡のようにあっというまに掻き消える。そして空を飛ぶ大艦隊はまっすぐ前進を始めた。
彼らはどこに行くのだろうか? それは彼ら自身もまだ判っていない。
大艦隊は40の分艦隊に別れており、彼らをまとめて指揮する総司令部がある飛行艦は、第1艦隊の目立たない位置を飛んでいる。
総司令艦には各艦隊の提督達から、今後の行動について問い合わせの通信が来ている。
【このまま真っ直ぐに前進を続けろ。何か集落らしきものを確認したら、各自即座に報告。綿密に観測を行ったのちに、調査団を送る。海が見えた場合、一旦停止して別の方角を進む】
ニーソン総司令の単純な命令が各艦隊に届けられる。この世界は彼らにとって、全くの未知の領域。それどころか彼らには敵の具体的な正体を未だ掴んでいないのだ。
大艦隊はリアーナの指示通り、一斉に前進を始めた。空から見える地上の風景は、見渡す限りの大自然が広がっていた。
30分ほど航行していったが、確認されるのは緑に覆われた山々と、湖河川などのいくつもの水辺のみ。
外の風景を拡大してみると、鳥と思われる飛行物体が群れをなしているのが時々見える。艦隊は未だに敵基地はおろか、村一つ発見できていない。もちろんビーストや、人らしきものも全く見ない。
(・・・・・・おかしいね? これだけ大所帯で侵入してきたんだ。すぐにでも敵の攻撃が来ると思っていたが・・・・・・)
妙な意味で出鼻を挫かれた総司令。鉄鬼部隊の一部を出動させて、陸上の調査をまずさせてみようと考え始める。だが唐突に通信士が緊急連絡をしてきた。
『【北東の方向から強力なエネルギーが確認されました。ビーストらしき生体反応も確認されます! エネルギーの波から見て、何者かが戦闘を行っている模様。いかがしましょうか!】』
とうとう来た! 連絡を受けた司令部の者達が、一斉に息巻いた。だが大元帥は怪訝な表情だ。
【戦闘? 私達以外に誰がビーストと戦っているって言うんだい?】
『【そこまではさすがに・・・・・・】』
【まあいい。偵察隊を送って状況を確かめろ。何者がいてもいいようになるべく精鋭を選べ】
第一艦隊の主力艦の一隻から、全12機の鉄鬼が出動した。巨大な飛行艦の上部装甲から開け放たれた出口から、鳥のように次々と人型の物体が飛び出してくる。
彼らのうち10人はレベル5で、二人がレベル6の高性能機を纏った精鋭部隊だ。
レベル6のうち一機は“アイアン・トリケラトプス”という恐竜の頭蓋骨を模った仮面が特徴の、パワー重厚型の機体だ。
もう一機は“ホワイトカリブー”といって、白いボディに大きな角が特徴的な機体である。
もちろん鉄鬼装着者も、厳しい訓練を積み重ねて優れた戦闘技術を持ったエリート軍人である。彼らは報告にあった北東の方向へ飛行していった。
ジェット機よりも速く飛べる飛行能力をもった鉄鬼達。巡航速度でもその速度は凄まじく、そう何分と立たないうちに目的地に辿り着いた。
【何だあれは? 山なのか?】
眼前にある謎の地形を目にしたホワイトカリブーが、思わずそうなげく。目視できる風景には、横に長く伸びた大きな山脈だった。
それはいい。そんな地形今まで散々見てきた。だがこの山脈には他にない特徴がある。異様に長い山脈は徐々に曲がっているのだ。それはUターンをしているように最初の位置に戻っていき、また最初の山地に繋がっている。
そう、この山脈は一本に繋がったリング状になっているのだ。まるで広大な大地の中、まるでクレーターが出来ているように、山に囲まれて丸く区切られている場所にあるのだ。
これを最初に見たとき、大昔ここに隕石でも落ちたのかと思ったが、どうにも様子がおかしい。山に囲まれた部分は陥没しておらず、高度は山の外と同じぐらいしかない。
それに山のリングも妙に綺麗な地形になっている。もしかしたらここは何者かが人工的に創った場所なのかもしれない。
更に目立つのはその山に囲まれた部分。直径5キロに及ぶその大地には、森林がなかった。この広すぎる大森林の中で、一カ所だけ荒野になっている。
ただしそこは岩だらけの不毛の地かといったらそうでもない。まばらに草が生えているのか、ところどころに緑がある。だがそれ以上に、“白い何か”が地表の大部分を覆っているのだ。
部隊は鉄鬼の探知カメラを使って、その白い何かを、望遠鏡を除くように拡大画面で見る。その白い物の正体は、部隊を更に動揺させた。
【骨だ! いったい何なんだあそこは!?】
その大地には大地を埋め尽くすがごとく、大量の動物の骨が積み重ねられていたのだ。あまりに多すぎて大地が白いペンキ覆われたかのようだ。
微かに見える地表から、無数の草花が力強く伸びている。
それらの骨は明らかに普通ではなかった。形は人間に似ているが、手が突起になっていたり、角やヒレがついていたりと、色々とおかしいのだ。中には体長数十メートルという怪獣並のサイズのものもある。
これを見て鉄鬼達は、すぐにあれが何なのか判った。あれは大規模なワールドビーストの墓場だ。
【何がどうなっているんだ? あれは敵兵器の廃棄場か?】
【見ろ! 他と色が違うところがあるぞ】
確かに白く覆われた大地の中に、一カ所だけ色が違うところがある。そこは複数の色が混合してはっきりしない。割合的に赤が多いような気がするが。
そこを拡大してみると、すぐに原因が判った。そこには死んでそんなに時間が経っていないだろう、まだ肉が付いたビーストの死骸が積み重なっていたのだ。
そしてその中に、一つだけ動いている者がいた。
【人だ! 人がいるぞ!】
この世界で初めて発見した第1異世界人。部隊は大急ぎでその場所に向かった。
この作品では日本語での会話セリフは「」に。日本語以外の言語でのセリフは【】内に表記しています。
なお、総隊長は主人公ではありません。