第二話 黒鉄鯱
彼らの戦いは中々勝負がつかない。無数の剣戟が畑の上で鳴り響く。
そんな中、鉄鬼部隊の隊員達に、あまりよくない情報が飛び込んできた。彼らの鉄鬼鎧には通信機能もついており、これで司令部との連絡がいつでもとれる仕様になっている。
『現交戦中の敵が現れたのと同じ方向から、更なる数のビーストの反応が確認された! その数約80! またその中に高レベルのエネルギーも確認された。恐らくアーミースパイダーのレベル5がいると思われる。十分注意されたし!』
司令部(上空の飛行艦)からの通信士の声に、隊員達は絶句した。今だって十分苦戦しているのに、敵の兵力が更に倍近くに上がったのだ。
いやレベル5のスパイダーもいるとなれば、その倍以上の戦力だろう。いま自分たちが戦っている敵はレベル2。戦力は圧倒的に違う。
その上で撤退しろと言う命令はこない。
「ここが俺の死に場所か・・・・・・せめて積みゲーを全部片付けてからにしたかった・・・・・・」
諦め気味の声で一人の隊員がそうなげく。最後の心残りがゲームかい!という突っ込みを入れられる余裕のある者はいなかった。
大半の隊員達は、うまく隙をついて逃げ出す方法を、スパイダーと打ち合いながら思案していた。
「諦めが速いよみんな! ここで私達が逃げたら、避難している市民が危険に晒されるのよ!」
「金野曹長、そうは言っても・・・・・・」
その時、彼ら全員の鉄鬼の通信機能に、何かが報告されてきた。
『西方の上空から強力なエネルギー反応! これは・・・・・・鉄鬼です! しかもこれはレベル6です!』
この通信に一筋の希望が出た。援軍だろうか? しかしこれは司令部も把握していないようだ。しかもレベル6とは・・・・・・
ジェット機並の速度で接近してくるそれは、あっとうまに戦場に到着し、空爆のような勢いで地面に激突・着地した。
隕石が落ちたかのように陥没した地面。そこに立っている姿は確かに鉄鬼だった。
だが外見はこの部隊の隊員が着ているものとは大分違う。全身の色は黒を基調としている。だが胸部と腹部は白一色となっている。兜には犬耳や犬歯はなく、すらりとした尖った仮面だ。目の部分は番犬型よりもずっと大きく、色は白い。背中には鮫のヒレのような突起が生えていた。
これは言及しなくてもある程度モチーフが判る。これはシャチをモデルにしたデザインだ。背中には銃はなく(ヒレが邪魔でどのみち背負えなかっただろうが)、武器は腰に差された日本刀のみだ。
「あのタイプは!?」
助っ人らしきその鉄鬼の姿に、隊員達は動揺する。この日本でレベル6の鉄鬼と言えば“番犬将軍”が主流だ。
だがこのタイプ=“黒鉄鯱”はまだ量産されておらず、現時点ではこれを所持している兵士はただ一人だ。だがその人物が何故ここに?
だがそれを考えている暇はない。スパイダーの攻撃は未だに繰り出されてきている。そうこうしている内に、向こうの林から報告にあったスパイダーの援軍が次々と現れ出る。
黒鉄鯱は、軍犬とスパイダーが交戦地に背を向け、その援軍に向けて刀を構える。あの軍勢を一人で相手にする気だろうか?
「ギギャア!」
黒鉄鯱に向けて突進しながら、スパイダー達が敵に向けて次々と発砲した。だが黒鉄鯱は避けようとはしない。
手に持った刀を曲芸のように機敏に動かしながら、飛んでくる何発もの弾丸を、パチンコ玉のように軽く弾き返している。
銃が効かないと判るや、剣を持ったスパイダーが最前列に立って、黒鉄鯱に斬りかかった。鋭い白刃が黒鉄鯱に襲いかかる。
だが黒鉄鯱は足を横に一歩動かし、身体を反らしてその太刀筋を軽く避ける。そして空振りをして隙を作ってしまったスパイダーに反撃の剣撃を放った。
ザシュッ!
赤い液体が飛び散り、スパイダーの首が水ロケットのように空を飛んだ。黒鉄鯱の剣が彼を一太刀で斬首したのだ。
前に説明したとおり、彼らの身体は異常な程頑丈に出来ている。後ろで戦っている番犬御家人の場合、スパイダーを倒すには、剣撃だと20発以上、銃撃だと40発以上攻撃を喰らわせる必要がある。
いくら急所の首をぶつけたとはいえ、彼を一撃で殺す戦闘スペックは相当な物だ。もちろん一匹倒したぐらいで敵軍は怯まない。
他のスパイダー達が次々と黒鉄鯱に襲いかかる。黒鉄鯱は剣を巧みに扱い、彼らに応戦した。
いくつものスパイダーの首が、水ロケット大会のようにポンポンと何個も飛んだ。黒鉄鯱は無数に繰り出される剣撃を、素早くかわし、あるいは弾き返し、敵に次々と斬りつけた。
それは10発中8発の割合で、彼らの首を狙い撃った。その剣の技量は只者ではない。
仲間がどれだけ殺されても、スパイダーは撤退という行動をとらなかった。おかげでその場には、あっとうまにスパイダーの死体で埋め尽くされることになる。
後続のスパイダーは全滅したこと一瞬思われたが、すぐに間違いだと気付く。林の入り口にずっと様子を伺っていた一匹がまだ残っていた。
それは他のスパイダーよりも体色が大分濃い。さっき報告にあったレベル5のスパイダーだろう。
そのボススパイダーは敵の強さに大分動揺していたが、すぐに黒鉄鯱に飛びかかった。戦力も何もない。ただ敵は全て攻撃すべきという、本能に任せた行動だ。
ボススパイダーと黒鉄鯱の剣戟が始まる。ボススパイダーの下半身の大きさから、剣を振るう位置が黒鉄鯱よりも少し高い。
これは僅かにこちらに有利だということだが、黒鉄鯱はそれを物ともせず攻撃を受け流していく。それと同時に彼は、背の高さが持つ弱点をついてきた。
20合ほど剣を交えた後、黒鉄鯱はボススパイダーの下半身=蜘蛛の身体の足の一本を斬りつけた。しかもそこは表皮が比較的柔らかい、関節の部分を狙い打ちである。
「ギャァ!?」
スパイダーがたまらず悲鳴を上げた。前足の関節から血が吹き出て、それが原因で全体のバランスが崩れる。
その隙をついて黒鉄鯱が、ボススパイダーの胴体を容赦なく攻撃を連打した。
首・脇腹・肩口など急所部分を正確に斬りつける。
速さと連続攻撃を重視したこの剣の使い方は、あまり勢いをつけていないので、一太刀一太刀の威力は弱い。だが的確に急所に当てることで、着実に敵にダメージを与えている。
10発程攻撃を当てると、黒鉄鯱は後方に飛び跳ねて、ボススパイダーと一旦距離をとる。
そして腰にある変身ベルトのディスプレイ部分に手をかけた。ディスプレイには電卓のような数字ボタンが表示されており、彼はそこを暗号数字を打つかのように、そのスイッチ三カ所を押した。
するとどうだろうディスプレイの光が一段と強くなり、本機体の鎧から大量のエネルギーが彼の刀に注ぎ込まれた。
エネルギーをチャージされて白く光る刀身。彼はそれを構え、今のダメージでフラフラになっているボススパイダーに、一気に斬りかかった。
ズシャァ!
ボススパイダーの上半身が、その必殺の剣撃によって、見事に横に両断された。勝負ありだ。なお実物の蜘蛛の血は通常緑色。
だが飛び散る血は何故か脊椎動物と同じ赤色である。彼は見かけと違って虫類ではなかったのだろうか?
黒鉄鯱の後ろには、未だ番犬達が戦っている。黒鉄鯱は彼らを援護しに走り出した。ここももう勝負は決まったも同然だった。
20XX年の地球。この世界では今から三十年ほど前に“科学大最盛期”という時代を迎えた。
科学・医療・魔法学というこの世のありとあらゆる技術が、信じられないほどの速度で急速に発達したのだ。
本来後数百年の歳月をかけて創り上げるはずの文明を、僅か十年足らずで創ってしまった地球連合政府。
これによって軍事・社会・司法のありかたも様々な形で変化した。わかりやすい事例が軍隊であろう。科学最盛期と共に新しく導入された新兵器“鉄鬼”“飛行艦”“鉄馬”。
空・陸・海全ての場所で活動でき、更には空間転移という機能がついた物もいる。これらの兵器の存在は、軍を区分けする必要性をなくした。
後述するある事件と共に、最初は格闘競技に使われていた鉄鬼は、次々と戦場に投入された。そして一気に地球連合軍は大幅に再構成され、陸軍・空軍・海軍は一つの組織にまとめられることになる。
産業のエコロジー化も進み、大気汚染・水質汚染といった問題も、大部分がかなりの速さで解決に向かっていった。
空間科学が新しく科学分野に出現し、これによってこの地球とは別の時空間・異世界の存在も確認された。
そこは同じ地球の平行世界であることもあれば、全く違う別の惑星であったりと様々である。どっちにしてもこの新たなる未知の領域に、人々は冒険心を募らせた。
農産技術の発達によって各地にある貧困の国に大きな救済の手がかけられた。
それに医療技術の発展も伴って、このまま平穏な時代が続けば、世界の平均寿命は100歳を超えるだろうとも予想された。
未来永劫に繁栄を迎えた世界。だが現実はそう甘くなかった。ある異世界の住人達は、あまりに異常な速度で発展するこの世界を危険視し、この世界を何か起こる前に抹消してしまおうと目論んだ。
彼らは戦闘力と繁殖力に特化した異形の生物を、次々とこの世界に送り込む。それは通常兵器では全く歯が立たない上に、放置しておくと恐ろしい速度で増殖し、この世界を蹂躙し尽くす。
このモンスター達は次元の穴を造り通り抜けて、この世界に襲来してくる。現れる場所はランダムのようで、都心の真ん中に現れる所もあれば、誰もいない砂漠の真ん中に出てくることもあった。
どっちにしても共通しているのは、奴らが増殖する前に早急に手を打たなければこの世界は滅ぶと言うこと。
地球連合は鉄鬼を使って、増殖する前に徹底的に殲滅した。だが倒しても倒しても敵は次々とやってくる。しかも時間と共に、年間の出現数と、個々の平均的な戦闘力は上がっているのだ。
彼らの進化はどこまで進むのか不明だが、地球の戦力で対処不可能になる日は、そう遠くないと言われている。
地球連合政府は、この世界を滅ぼそうとする異世界の謎の勢力を“リョクジン”、送り込まれるモンスター達を“ワールドビースト”と呼称した。