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海軍と鉢合わせた翌日。『Blue sky海賊団』はいつも通りの日常を送っていた。
運命の歯車が噛み合おうとしていたことも知らずに。
「おーい、情報鳥来たか?」
この船の副船長であるフィーが船内から出てきて、連絡係の団員に尋ねる。
「いえ、来てないっすね。最近どうしたんっすかね?長くても三日以上来ないなんてことなかったのに」
団員は空を見上げて鳥を探すが、それらしいものは見当たらない。
「もしかしたら本部の方でトラブルでもあったのかもな。まぁ、来たらすぐ教えてくれ」
「はい」
フィーが船の見回りでもしようかと思ったとき、視界の端で黄色がチラついた。
ヒヨが船内の入り口の前に立っていたのだ。何をしているのかと近づくと、ドアが開いてレドが出てきた。
ヒヨは、レドを驚かそうとしていたのだろう。声はハッキリとは聞こえないが、行動がまさに「わっ!」「っ!」「吃驚した?」「お前なぁ!」という感じなのだ。なんとも微笑ましい光景だが、ヒヨに意識をもっていかれているレドの後ろに向かって双子が突進してきたことから、三人はダックを組んでいたようだ。実際の行動は大したことはないが、作戦がえげつない気もしないでもない。
「な~にやってんだか」
「でも楽しそうだよね」
「ラン。お前も混ざってくるか?」
「ははは、遠慮しとくよ。それにしても平和だね。昨日の慌ただしさは何だったのかと思うよ」
「その平和も長くは続かないようだぞ」
フィーとランの後ろから、チャオが声をかけてきた。周りも少し騒がしいような気がする。
「どうしたんだ?」
フィーが尋ねると、チャオは親指をクイッと後ろに向けて、視線を促す。
フィーとランがチャオが指さす方を見れば、一隻の船がこちらに向かっていた。
よくよく見ると、向こうの船にも海賊旗がはためいていた。ドクロの頭に金の冠をのせている。
「げっ!あのマークは・・・」
フィーが顔を歪めて嫌そうにした。ランはレドの方に視線をやると、レドも船に気付いたのか眉間に皺を寄せていた。双子はボソボソと何か話し合っていたが、ヒヨの姿はなくなっていた。
*****
冠をのせたドクロが描かれている海賊旗を掲げている船は、どんどん近づいてきて最終的にレドたちの船の横に並んだ。
そして、向こうの船から二つの影がこちらに飛び移ってきた。
「おう!『キング海賊団』船長、ハムレット=スターター様が来てやったぞ!」
「突然すみません。船長がどうしてもと言うので、すみません」
二つの影 -腰に手を当て、偉そうなのが『キング海賊団』船長ハムレット、腰の低い、小柄で気弱そうなのが副船長のローカル=イリージョン - は、呆然としていたり、嫌そうにしていたりする『Blue sky海賊団』の面々の前に立ち喋り出した。
「ほんと、突然なんスかハム。ハムに用なんてないスよ」
「そうね~。今日はハム料理って訳でもないしぃ~」
団員たちの間をぬって、フィーとドナドナが出てきた。
「ハム言うな!俺の名前はハムレットだ!決して、丸っこくてピンク色で豚が主成分の食べ物ではない!」
「「ハムハム~、何しに来たの?」」
「だ~か~ら~!」
「船長、いい加減本題を;」
怒り狂いそうなハムレットを宥めるローカル。
「ム、それもそうだな。お前たち!よくも俺たち『キング海賊団』を陥れようとしてくれたな!お前たちのせいで非道い目にあったぞ!だが、俺たちは屈しない。お前たちがどんな罠を仕掛けようとな!ハッハッハッハ!」
「・・・はぁ?」
ハム・・・レットは、フィーたちを指さし、見下すような恰好で言い放った。
しかし、フィーは訳が分からず首を傾げる。他の団員たちも、何のことだ?と、いった感じだ。
「はぁ?とはなんだ。作戦が失敗したもんだから、無かったことにでもするつもりか?昨日のサウスタウンでの海軍のことだ!よりもよって、ウォールティを連れてくるとはな!」
「アレは俺たちのせいではない」
今まで傍観者だったレド登場。
「なに?」
「海軍には、俺たちも手を焼いたんだ。あいつらは別の件であそこにいたらしい」
どうやら、昨日海軍が途中で追ってこなくなったのは、近くにこいつら『キング海賊団』がいたからのようだ。
ということは、こいつらに助けられたということになるのだろうか、と考えていたレドだが、ハムレットの発言に顔をあげる。
「別の件・・・。もしかして『crimson海賊団』のことか?」
「『crimson海賊団』?」
「あぁ、知らんのか?最近、名が知られ始めた少人数の海賊団なんだが、数日前に船長が捕まったらしい。だが、他の団員たちは逃亡中らしくてな。そいつらを捜しているんだろう。まったく!海軍なんぞに捕まりやがって!」
「なんだ?知り合いなのか?」
「っ、聞くな!何も聞くな!忘れろ!」
レドが疑問を投げかければ、ハムレットは目をむき、くわっと倍の迫力で返してきた。疑問をローカルに向ければ、悲しそうに言葉をつむいできた。
「実は、『crimson海賊団』の船長は綺麗な金髪でして、船長は「俺の海賊団は頭に金の冠をかかげる『キング海賊団』だ!お前は俺の傍にいるのが相応しい!」とおっしゃられて、あちらの船長を口説いていたんです。向こうも友好的だったので油断してしまって・・・。そしたら、財宝を全部盗まれてしまったんです~」
「財宝全部!?」
「それは痛いわね~」
フィーとドナドナ、他の団員たちも、さすがに気の毒に思い、同情の眼差しを向ける。
「財宝もですが、あんなにアタックしていた船長が可哀想で・・・」
ローカルは目元を拭って悲しそうに、悔しそうに呻った。
「おい!まるで俺がフラれたみたいではないか!俺は奴の髪が気に入っていただけで、奴自体が目当てだったわけではない!勘違いするなよ!髪の持ち主が、あんな悪魔でなければ今頃俺の傍にいたさ!」
「はい、はい、そうですね!髪の持ち主が悪かったんです!」
ローカルは涙目でハムレットの意見に同意している。ここの団員たちは船長の馬鹿でアホなところを気に入って、慕っているのだ。
「「金髪なら、ヒヨもキレ、もがっ」」
「アホ!こいつにヒヨのこと教えたらまた煩くなるだろ!」
双子が余計な事を言う前に、フィーは急いで二人の口を塞いだ。
「ん?なんだ?そこ、何か言ったか?」
「なんでもないわよ~」
ドナドナが、すかさずフォローにまわる。
「ふん、まぁいい。昨日のことがお前たちの仕業でないなら、もう用は済んだ。だが、折角来たのだ。飯でも食ってやるか」
「「「「「早く帰れ」」」」」
レド、フィー、ドナドナ、双子が間髪入れず言った。
「遠慮せずともいいのだぞ?」
(((いやいやいやいや)))
ハムレットの見当違いな答えに、団員たちが全力で首をふる。
「船長、残念ですがそろそろ帰りましょう。まだ、海軍が彷徨いているかもしれませんし、団員たちも心配してますよ」
助け船を出したのはローカルだった。本人は本心を言っているだけだろうが。
「ム、そうだな。帰るか。あー、そうだ。一応お前たちに忠告しておいてやる」
船に戻ろうとしていたハムレットは、後ろを振り返りレドを見た。
「さっきも言ったが、『crimson海賊団』の団員はまだ海を彷徨っているはずだ。海軍が目を付けているようだし、気を付けろよ。あそこの海賊旗は、白地に紅色のドクロだ」
じゃあな、と手を挙げてヒラリと隣の船に飛び移るハムレットは、なかなか様になっていた。
ローカルも一度頭を下げてハムレットの後を追う。
程なくして、『キング海賊団』の船は離れていった。
「あいつらが来ると面倒スけど、いい情報が貰えたスね」
「そうね。『crimson海賊団』のことも海軍のことも知っておいた方が、今後の私たちの行動にも影響がでるでしょうし」
「そうだな。・・・お前たち、引き続き仕事に戻ってくれ」
団員たちの返事を聞いて、レドは船内の方へ歩き出した。入り口まで来たところで、チャオに呼び止められたが、レドは分かっていると返して中に入っていった。そして、迷うことなく、まっすぐ目的の部屋まで行くと軽くノックをしてドアを開けた。
「ヒヨ」
部屋の中では、ヒヨが窓の外を見ているところだった。
「お客さんは帰ったみたいだね」
「あぁ。・・・意外だな。お前なら、出てきて話に混ざろうとすると思ったが?」
ヒヨは、ハムレットたちには会わず、ずっと部屋にいたのだ。
「そりゃぁ、自分がどういう立場か分からないからね。一応、警戒はするよ」
振り返り、苦笑して答えるヒヨを、レドはジッと見つめる。
ヒヨは、どうしたの?と首を傾げた。
「記憶、まだ戻らないのか?」
「残念ながらね」
「・・・・数日前『crimson』という海賊団の船長が海軍に捕まったらしい。お前と同じ、金髪だそうだ」
「『crimson海賊団』・・・・駄目、覚えがない」
ヒヨは視線を外し記憶を辿ったが、引っかからなかったようで首を横にふった。
「そうか」
それだけ言って、レドは部屋を出ていった。
ヒヨの部屋から出てきたレドは、船長室の前に幹部たちと双子がいることに気付いた。
「どうだった?」
チャオが心配そうに聞いてくる。
「とりあえず、中で話そう」
レドは船長室のドアを開け、みんなを中へ招く。
*****
「じゃぁ、ヒヨは『crimson』のことを知らないの?」
「いや、記憶が戻ってないだけかもしれねぇ。これだけじゃ、記憶が戻るほどのインパクトがねぇんだろ」
「やっぱり『crimson』の関係者なんスかね?」
「さぁな。でも、その可能性は高いだろ。捕まったのは船長だけみたいだし、そいつの血縁者かもな」
「「向こうも綺麗な金髪らしいもんね」」
「もしそうなら、あの子海軍から逃げてきたってことよね?ウォールティにバレてないかしら?」
「バレたかもな。あいつがナイフで応戦したとき、姿を見られているかもしれない。まぁ、帽子を被ってたし、ハッキリとは見えなかっただろうが」
「そういえば、あいつのナイフ投げの腕前凄かったスよね。海賊団の一員だってなら納得だな」
「じゃぁ、これからあの子どうするの?置いておいたらまずいんじゃないの?」
「だが、海に放り出す訳にもいかないだろ?記憶も戻ってないようだし」
みんなで、どうしたものかと頭を悩ませていたが、船長であるレドがとりあえずまとめに入った。
「とにかく、現段階ではまだ様子見だ。こちらの不利になるかもしれないということは、はじめから承知の上だっただろ?」
「そうだね。じゃ、他の団員にも変な噂たてないように注意しとくよ」
「あぁ、頼む」
「じゃぁ、一時解散ね。ご飯の準備はもうすぐで出来るから、ヒヨを呼んできてね」
「「は~い」」
パンパンと手を叩いて話を切り替えたドナドナ。
双子は、嬉しそうにヒヨを呼びに部屋を出ていった。
「にしても、ハムにヒヨのこと教えなかったのは正解だったな」
カオルが、ソファにもたれ掛かってニヤニヤしながら言った。
「そうだな。面倒なことをゴチャゴチャ言って、長居されるのも困る」
チャオも苦笑してカオルの意見に同意する。
「でも、なんでヒヨは出てこなかったんスか?あぁいうの好きそうなのに」
「一応、自分の立場を気にして警戒したと言っていたが」
「実際はヒヨの本能が、あいつぁ危険だから関わるなっつったのかもな」
「ハハハ、そうかもな!」
チャオ、カオル、フィーは言いたい放題である。
「みんな、ハムのことなんだと思ってるの?」
ハムレットのフォローに回ったかのように思えるランの言葉だが、本人が嫌がっていた『ハム』呼びをしているところから、気持ちは他の団員たちと同じようだ。
*To be continued*