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海を漂っていた謎の女、ヒヨ -命名レド、チャオ- が『Blue sky海賊団』に居座りだして五日が経った。
「ヒヨ、ここにも慣れたみたいで良かったスね。団員たちとも上手くやってるし、仕事も手伝ってるみたいスよ」
「物怖じしない、明るい性格だからね。みんなも付き合いやすいんだよ」
「そうだな」
ここは船長室。今は、レド、フィー、ランの三人でこれからの予定について話し合っていたところだったのだが、話題は最近入った女についてに変わっていた。
「仕事ぶりから見ると、どこかの船員だったのかな?」
「案外、海賊に攫われた貴族だったりして」
「そのわりには気品が感じられない」
「あはは、ヒヨ腕白だもんね。しかも、被害はほとんどレドが被ってるよね」
「あいつが勝手に付いてくるんだ」
そう。ヒヨはこの五日間、レドを発見する度に近づいては振り回していた。
ときには、部屋まで押し掛けてきたこともあり、レドは自分の船にも関わらず居心地悪い思いをしていたのだ。
「でも、団員たちは微笑ましそうに見てるスよ」
「母性の目覚めかな?」
「・・・ラン、気色悪いことを言うな」
レドは本気で嫌そうな顔をした。
「もしかして、ヒヨの奴、船長に惚れたんスかね?」
「それはない。あいつのアレはそんなんじゃない」
「そんな、即答しなくても」
ランは、レドのあまりの即答ぶりに苦笑した。
「船長~!副船長~!ランさ~ん!街が見えましたよ!」
「あぁ、分かった。降りる準備をしておけ」
「そういえば、ヒヨはどうするんスか?街に連れて行くんスか?」
「そのつもりだが?」
レドの答えに、フィーは眉を寄せる。
「大丈夫スかね?今度の街はデカいし、もしヒヨのこと捜してる奴がいたら」
「それの何が悪い。丁度いいじゃないか」
「でも、ヒヨはまだ記憶戻ってないんスよね?そんな状態でヒヨが悪い奴に捕まっちまったらどうするんスか?」
「手錠を付けてたのが気になるよね」
ランは手を顎に当て、考える恰好をする。別に狙っているわけではないのだろうが、やたら決まっている。美形の成せる技だ。
しかし、レドはそんなことは気にしない。今更なのもあるが、あまり人の造形に興味がないのだろう。
「だが、ずっとここにいても記憶が戻るかわからないだろう。何か情報があれば好都合だし、無くてもあいつが何か感じ取るかもしれない」
「でも・・・」
なおも食いさがろうとするフィーを制して、ランは人差し指を立てて一つ提案を出した。
「なら、ヒヨ本人に決めてもらえば?」
*****
「街?行く行く!行きた~い!」
フィーの心配も虚しく、本人は行く気満々のようだ。
「じゃぁ、せめて」
「あ、でも何か頭から被る物貸して。念のため」
フィーは、自分が言おうとしていたことを言われて面食らった。何も考えてないようで、ちゃんと考えていたヒヨに驚いたのだ。ヒヨにとっては失礼極まりない。
「カオル~、何か被る物貸して~」
だが、フィーの心を読めるわけではないヒヨは、フィーの心情など気にせずカオルの元へ駆けて行く。
「フィー」
ヒヨを見送っていたフィーが、声をかけてきた方を見ればチャオが立っていた。
「チャオ、どうした?」
「フィー」
チャオのフィーを呼ぶ声は力強く、しかし目は哀れみを含んでいる。
「な、なんだ?何かあったのか?」
「フィー、俺とカオルは今回留守番で何もできないが、祈ってる」
そう言って、フィーの肩を軽く叩くチャオは、気の毒そうな顔をしている。
その後ろからは、双子のリュヌ、エトワルが街!街!と言いながら降りる準備をし、ドナドナは鼻歌を歌いながら何故かサバイバル道具を用意している。レドとランは、どう行動するか二人で話し合っていた。
すると、カオルから帽子を借りてきたヒヨが嬉しそうに戻ってきた。
一部の団員 -本日街に出る組- も楽しそうだ。
これらの光景を見たフィーはサッと青ざめた。
「こいつらの面倒、俺が一人で見るのか?」
チャオは、優しくフィーの肩を叩くのだった。
*****
サウスタウン。いくつもの店が並ぶ、比較的大きな街だ。特に織物と栄養がある水が飲めるということで有名で、観光客も多く、この先暫く街がないため、船旅をしている者たちが日常品や食料を買うための休息の場としても広く知れ渡っている。
「らしいスよ。・・・って、誰も聞いてねぇし」
フィーの説明、というよりフィーの存在自体意識してないのか、レド、ラン、リュヌ、エトワル、ヒヨ、その他の団員は思い思いに行動していた。非道い者では、すでに姿が見えない者もいる。
ドナドナもその一人だ。
別行動が駄目というわけではないが、せめて一声かけて欲しいと思うフィーであった。
「じゃぁ、僕たちは買い出しに行って来るね」
「16時にここでね」
「あぁ、頼む。余計な物は買うなよ」
「「は~い」」
双子は、他の団員を連れて人混みの中に消えていった。
「僕たちは先にご飯でも食べに行こうか」
「そうだな。おい、ヒヨ。勝手に離れるなよ」
レドの注意と、ヒヨが好奇心にかられ離れようとしたところをフィーに捕獲されたのは同時だった。
*****
「美味しい~!」
近場の飲食店に入ったレド、フィー、ラン、ヒヨの四人は、それぞれ注文をした物を食べている最中だ。
「俺とランは、このあと別行動をする。お前たちはヒヨのことを調べてくれ」
「はい。ヒヨ、とりあえず新聞買いに行っていいか?最近、情報鳥が来ないから、世間の状況がわかんねぇんだよ」
「わかった、いいよ」
今後の予定が決まった四人は、雑談しながら残りの料理を片づけていく。
すると、急に外がざわめきだした。そして、そのざわめきはどんどん店に近づいているようだ。
レド、ラン、フィー、ヒヨを含め、店の中の者たちが入り口に目を向けると、ドアがゆっくりと開いた。
ドアを開けた人物を認識した者たちが、また騒ぎ出す。そこに現れたのは、白地に金の刺繍が施された制服を着て、腰に剣を挿している数人の男たちだった。
その中から、リーダー格なのだろう、濃い赤茶色の髪をした男が前に出てきた。
それを見たレド、ラン、フィーが目を見開く。
「ウォールティっ、なんでここに!?」
フィーが小さな声で毒突く。その顔はかなり焦っている。
「海軍だね」
周囲の反応で理解したのだろう。ヒヨが言った言葉にランが肯く。
「しかも、今前に出てきた奴、マイセン=ウォールティは厄介でね。僕たちとよく会うんだけど、あいつのせいで何度仕事に失敗したことか」
ランは笑っているが、口調から内心では悔しがっていることがわかる。
「とにかく、まずはここから出るぞ。早く他の連中と合流してこの街を出る」
「はぁ、まだ何もできてないのに・・・」
ぶつぶつ文句を言いながらも、海軍の目から遠ざかろうとするフィーにならって、三人も身を退こうとしたとき、今度は勢いよく入り口のドアが開いた。
「レドさん、フィーさん!大変です!海軍の奴らが、来て・・・る」
運悪く入ってきたのは、『Blue sky海賊団』の団員たちだった。
しかし、状況を察したのか、団員たちは顔面蒼白である。
さらに、ウィールティはしっかりと団員の言葉を聞いていたようで、眉間にしわを寄せている。
「レド?」
ウォールティが店内を見渡すと、あまりの状況に隠れることを忘れていたレドたち。
それを見つけたウィールティは、口元をニヤリと歪めた。
「ククク、オレはついてるねぇ。別の件で来てみれば、まさかこんな上玉が釣れるとはなぁ」
「別の件?」
レドが怪訝な表情を見せるが、ウォールティは答えるつもりがないようで、剣を抜いてレドに向けた。
「ここで会ったのも縁だ。このままブタ箱まで一緒に船の旅といこうじゃねぇか。かかれ!」
ウィールティの声とともに、海軍たちが一斉にレドたちに襲いかかる。
「チッ、作戦Cだ!テメェら捕まるなよ!」
レドの声に、海賊たちも一斉に動き出す。
「ヒヨ!お前はランと」
「おいおい、船長さん。余所見はねぇだろ。折角だ、楽しもうぜ!」
レドがヒヨに目を向けようとしたとき、横からウォールティが斬りかかってきた。
それを間一髪で防いだレドは、そのままウォールティと打ち合いになる。
このまま続けていては、こちらが不利になると思っていたとき、ウォールティの背後からランが斬りつけようとしていた。それに気付いたウォールティは、なんとか避けたがその隙をついたレドとランが店から走り去る。
「ヒヨはどうした」
「副船長が連れて行った。ドナドナたちも船に戻ってるといいけど」
レドとランは、走りながら会話をしているにもかかわらず、息を切らすこともなく周囲の様子を窺っている。
「それにしても、どうしてウォールティがここに?僕たちの情報がもれたのか?」
「いや、ウィールティは別の件でここに来ていたようだ。運が悪かったな」
「別の件?なんだろ。せめて最近の情報が手に入ればいいんだけど」
「この状況では難しいだろうな。あいつらが食料だけでも調達してくれていることを願おう」
「そうだね」
それ以降、二人は船に向かうことに専念した。
もうすぐで船が見える位置まで来たとき、後ろの方が騒がしいことに気付き振り返ると、ドナドナ、リュヌ、エトワル、その他の団員たちがこちらに向かってきていた。後ろに海軍数名を引き連れて。
「船長~!ごめんなさぁい!撒ききれなかったわ」
「「ごめんなさ~い」」
申し訳なさそうな団員たちに、ため息をつくとレドとランは剣を抜き構える。
「仕方がない。俺たちで時間を稼ぐ!その間に買った物、船に置いてこい!」
ドナドナたちも一応武器を持っているし、体術が得意な奴もいる。だが、大量に買い物をした後だったため、手が塞がっているのだ。
これを逃すと、今後の航海が厳しくなる事を知っている団員たちは、何が何でも荷物を手放さなかったという訳だ。
レドとらんは、向かってくる海軍たちの中に突っ込んでいこうとした。
だが、レドの前に再びウィールティが現れた。
「お前の相手はオレだぜ?そんな急ぐなよ。もっとゆっくりしてけって!」
「生憎、オレハお前の相手をするほど暇じゃないんだ。遊びたいなら他を当たれ!」
勢いよく踏み込んできたウォールティを避けたレドだったが、先を読まれていたようで、足を引っかけられバランスを崩してしまった。
このチャンスを逃すわけがないウォールティは、頭上から思いっ切りレドに向かって剣を振り下ろす。
そのとき、ウォールティの右腕にナイフが刺さり、剣の軌道がずれた。
突然の事に驚いたレドだが、すぐに立ち上がりウォールティから距離をとる。少し離れたところで戦っていたランに合図を送り、二人は海軍に背を向けて一目散に船に戻る。
海軍たちはすぐに後を追おうとするが、次々とナイフが飛んでくるため手が出せない。
ウォールティは誰の仕業か確認しようと、ナイフが飛んでくる方に目を向けた。
そこには、帽子を深く被っているせいで顔はほとんど見えないが、横から垂れている髪色は金色で、男のわりには華奢な体をしている人物が立っていた。
ヒヨだ。
ヒヨは、オールティがこちらを見ていることに気付き、すぐに姿を消した。ウォールティはそれを見て眉をひそめる。
「まさか、あいつ」
しっかり確認するために船に近づこうとするが、すでに船は動き始めていた。
「少佐!今から我々の船を準備していては取り逃がしてしまいます!」
「それより、もう一隻の方を追った方が良いかと」
「・・・クソッ、すぐにもう一方の方に向かう。とにかく船を抑えろ!オレらの船も沖に出しとけ!」
(今回のは完全にオレのミスだ。最近、上手くいかねぇことばかりで頭に血が上ってんなぁ。ここいらでいっかい頭冷やさねぇと。・・・それにしても、さっきの奴。今まであんな奴、あの船にいたか?気になるな。こっちが片づいたら追ってみるか)
*****
「どうやら、追ってこないみたいスね」
フィーは望遠鏡を手に、周囲を見渡す。
「そうだな」
船長の言葉を聞き、みんな一斉に息を吐くと崩れ落ちた。
「はぁ~、吃驚した。不意打ちは心臓に悪い」
「てか、お前、店ん中確認してから喋れよ!寿命が縮むかと思った」
「面目ない」
団員たちが口々に文句やら武勇伝やらを語っている中、レドはヒヨに近づく。
「おい、さっきのはお前だな」
さっきのとは、海軍を足止めしたナイフのことだろう。
「はい?何が?それより、船長大丈夫?怪我ない?」
「・・・まぁ、いい。とりあえず助かった。礼を言う」
そう言って、レドは船内に戻って行った。
ヒヨは、その背中をジッと見送った。
*To be continued*