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どこまでも広がる青い海。
そこに浮かぶのは、青い眼帯を巻いたドクロマークの旗を掲げる海賊船が一つ。
「こらぁー!お前たちー!」
そこから聞こえるのは、副船長のグーフィーことフィーの怒声。
「いい加減にしろよ、お前たち!暇なのはわかるが、仕事中の奴にちょっかい出すなよ!危ないだろ」
「「でも、暇なんだもん!」」
きれいなWボイスを出すのは、双子の兄リュヌと妹のエトワルである。
「なら掃除でもしてろ。掃除してほしい所なんてくさるほどあるしな」
「「え~、こんな幼気な子供をこき使うの?フィー、非道~い」」
「っ!お前たち!いい加減にしないと」
「「ねぇ、フィー。あれなぁに?」」
「人の話聞けよ」
そう言って、フィーは双子が指さす方 -船の左側- に目を向ける。
遠くの方だが、船から身を乗り出して目を凝らすと、まず黄色が見え、その横に腕があるのが確認できた。
「あ~、ありゃぁ人だな」
「「そっか、人なんだ」」
「あぁ、人だ」
「「なんであんな所にいるのー?」」
「さぁな」
「「「・・・・・・・」」」
「人ぉぉぉぉ~!!?」
「「あははは、反応遅~い」」
「お、おい、テメェらボート出せ!あと、船長呼んでこい!」
「「あ」」
フィーが周りの団員に指示を出し、それに答えた団員たちが行動を起こそうとしたとき、双子の声の後に黒い影が見えた。それを認識したときには、ドボーンという水に何かが落ちる音が聞こえた。
先程までざわついていた団員たちが、驚いて動きを止める。
「おい、今のチャオか!?」
いち早く状況を把握したフィーが双子に確認する。
「「そうみたい。どんどん近づいてる~」」
凄い凄いとはしゃいでいる双子の視線の先には、結構な距離があったにもかかわらず、海に漂っていた人に確実に近づいている大工のチャオの姿があった。はしゃぐ双子を無視して、フィーは改めて団員に浮き輪を投げるようにと、船医を呼ぶように指示する。
「どうしたの?凄い音がしたけど?」
しかし、またしても行動を起こそうとした団員たちより早く、船内から航海士のランとコックのドナドナ、そして船医のカオルと船長のレドが出てきた。
「海に人が落ちてたんだよー」
「チャオが助けに行ってるのー」
双子の簡単な説明で納得した幹部たちは、チャオの様子を見ようと海の方に近づくが、すでにチャオは人を一人抱えて船に上がって来ているところだった。
「さすが筋肉マン。行動が早ぇな」
カオルは感心した風に言い、チャオたちの方に近づいていく。
「おら、テメェらどいてろ。あとはあたしが診る」
カオルの登場に団員たちは道を空ける。レドたちもカオルに続き、チャオに助けられた人に近づく。
フィーが見た黄色は、髪の色だった。綺麗な金髪が青白い顔にへばり付いている。
床に横たわっている体はぐったりとしているが、小さく胸が上下していることから息はしているようだ。ただ、両手首には鉄の手錠がされていて、その輝きが異質さを漂わせている。
「さっき、だいぶ水を吐いていたようだが・・・」
チャオは、目を覚まさない人 -女- に毛布を掛けながらカオルに報告する。
それまで女から微妙に目を逸らしていた団員が、ホッとして女に目を向ける。
その様子を見ていたレドは、呆れたように肩を竦めるとカオルと同じように女の傍に膝をついた。
「どうだ?」
「水はだいぶ吐いたらしいし、大丈夫だろ。おい、起きろ。おい!しっかりしろ」
カオルは女の頬をペチペチと叩き、耳元で呼びかける。
すると、女は小さく身じろぎすると、そっと目を開けた。
周囲の者たちは、ひとまず良かったと安堵の息を漏らしたが、後に続く女の言葉にどうすることもできず固まることになった。
「大丈夫か?ここは船の上だから安心しな。お前さん、何でこんな海の真ん中に漂ってたんだ?んなもんまで付けて」
カオルは、女の手首に付いている手錠に目を向けて問いかけるが、女は手首を持ち上げて手錠を見ていたかと思うと、次にカオルを見て首を傾げ、こう言った。
「あたし、海で溺れてたの?というか、この手錠なに?あたし何かしたの?そもそも、あたしって何?名前は?出身は?」
「・・・・・・・・レド船長。もしかして、これって・・・」
フィーは、顔を引きつらせながらレドに答えをあおぐ。
レドは、明確な答えは言わず、ただ一つため息をついただけだった。
*****
「つまり、なぜ手錠を付けたまま海を漂っていたかだけでなく、自分のことも一切分からないんだな」
「はぁ、まぁ、そういうことになるね」
先程、思わぬ拾いものをした『Blue sky海賊団』だったが、少し面倒な拾いものだったようだ。
今は、幹部たちが食事をしていた部屋に集まって状況の整理をしているところである。
はじめは船長室に連れて行こうとしたのだが、
「体力が落ちてる女の子をそのままにしておくなんて、あんまりだわ。まずは、美味しい物を食べて体力をつけなきゃ」
というドナドナの意見を採り入れたのだ。だから、女の前には温かいスープが置かれている。
向かい側には状況整理を終えたレドが座っている。他の幹部と、またちゃっかりいる双子は思い思いの場所に立っていたり座っていたりしている。
「わぁ、これすっごく美味しい!ドナドナ料理上手だね」
「やぁん!ありがと!お代わりあるからどんどん食べてねん」
「「ドナドナ~、僕(私)たちも欲しい~」」
「はいはい、ちょっと待ってなさい」
ここだけ、ほのぼの雰囲気が流れている。
「ん゛~、ごほごほ。と、とりあえず、この子どうします?」
「もし迷惑でないなら、記憶が戻るまでここおいてくれない?」
このまま雰囲気にのまれてはいけないと感じたフィーがレドに尋ねると、その向かいに座っている女から答えが返ってきた。
「記憶がないままどっかの町においてかれるより、海にいた方が知り合いに会えるかもしれないから、その方が助かるんだけど」
「そりゃぁ、こっちとしても助けといてほっぽり出すのは後味悪ぃけど・・・」
フィーは気まずそうに目線をレドに向けた。
フィーの言いたいことを察したレドは、改めて女に向き合った。
「ここにいたいと言うなら、こちらは構わない。だが、外にあった旗を見ただろう?俺たちは海賊だ。行動を共にするということは、お前も海賊の仲間として見られる。それでもいいのか?」
レドの口調は普段通りだったが、女を見る目は獲物を狙う狼のように鋭く、何も見落とさないとでもいうようだった。
それを受けた女も、さっきまでの和やかな雰囲気を消し、真剣に見つめ返した。
しばらく見つめ合った後、女が口を開いた。
「みんなは、無闇に人を殺したりしないよね?なら、いいよ」
「俺たちが無闇に人を殺さないと、何故言える?」
「だって、そういう人たちだったらあたしはとっくに殺されてる。それに、簡単に人を殺すような人たちには見えないもん」
「・・・・そうか」
「そっちこそ簡単にあたしを受け入れていいの?そっちに不利なことになるかもしれないよ?」
「その時はその時だ。俺は、今お前を放り出して周りからごちゃごちゃ言われる方が嫌なんだよ」
レドは苦笑して肩を竦めた。
「じゃぁ、暫く一緒だね!」
「良かったね!」
双子は、良かった良かったと女の周りを回り始めた。
「なら、呼び名を考えないとね。不便でしょ?」
ランの言葉に、みんなが肯いた。
「何か呼ばれたい名前とかある?」
「う~ん、別にないなぁ」
「「じゃぁ、金髪!」」
「それはないだろ。う~ん、船長は何かないスか?」
フィーは、一人我知らずといった風のレドに話をふった。
「は?なんで俺が」
「だって船長だし、ねぇ~?」
「そうだな。船の代表として決めてやったらどうだ?」
ドナドナ、チャオを含めた年長者組に言われ、居たたまれなくなったレドは、女を見つめた。
「・・・・・・・ヒヨコ」
「・・・え?それは、頭が黄色いからとかスか?」
フィーの問いかけに、一つ肯いたレド。
「・・・ぶっ!あはははははは!あは、ヒ、ヒヨコ、ぶくく!船長がヒヨコって!てか、名前ヒ、ヒヨコ!ぶはははは」
「「きゃはははは!あははは、船長最高!あひゃひゃひゃ、ヒヨコ!ヒヨコ!」」
「ふふふ、船長可愛いわ。ふふふ、ヒヨコね~」
フィー、リュヌ、エトワル、ドナドナが爆笑する中、ラン、チャオ、カオルは平然としている。かと、思いきや、肩を震わせていたり、顔を背けていたりしているところを見ると、どうやら前者の者たちと心情は同じらしい。
ヒヨコと名付けられそうな当の本人は固まっていて、不本意ながら笑いを提供したレドはふて腐れ気味である。
「クク、ん、ゴホ。え~、ヒヨコはちょっとアレなんで、ヒヨはどうだ?」
ここはさすが、最年長者でありみんなのお父さん、チャオ。笑いそうになるのを誤魔化し、話の解決に持ち込む。
後ろでは、アレって何!?アレって!っと笑い続けているリュヌとエトワル。フィーは腹を抱えて踞ってしまっている。ドナドナは笑いが収まったのか、元からツボがそれほど深くなかったのか、ニコニコと成り行きを見守っている。
「・・・あたしも、ヒヨがいい、かな」
「じゃぁ、ヒヨで決定だね。これからよろしく」
ランは、周囲を魅了するような笑顔を向けて、女 -ヒヨ- に右手を差し出した。
ちなみに、ヒヨの手錠はチャオが早々に外してくれている。
ヒヨは、ランを見て、チャオ、ドナドナ、カオル、リュヌ、エトワル、フィー、最後にレドを見た。
レドは、ヒヨの視線に、大丈夫とでもいうように肯いた。
ヒヨも安心したように肯き返し、改めてランに向き合い手を伸ばす。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ヒヨは、しっかりとランの手を握り、微笑んだ。
「よし!じゃぁ、他の連中にも知らせるか。ちゃんとレド船長が紹介するんですよ?トップを許したことを示さないと意味ないスからね」
「わかってる」
「「わぁい!ヒヨ、ヒヨ。ヒヨ、ヒヨ」」
双子は、ヒヨヒヨの歌というまたよく分からない歌を歌いながら部屋の外へ駆けて行った。
「紹介がすんだらちゃんと部屋で休めよ。一応、病み上がりなんだからな」
カオルの言葉に肯き、ヒヨも双子の後を追う。
こうして、謎の女ヒヨと『Blue sky海賊団』の生活が始まったのであった。
*To be continued*