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モチーフ  作者: 本倉悠
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だって命に関わるんです

「そりゃちょいと迂闊でしたね、トーコさん」

 薬売りのガンティさんは顎に蓄えた髭をさすっている。私よりも頭一つ分以上背が高いので心の中では親しみを込めてのっぽさんと呼んでいる。ぱっと見は四十代ってところなんだけど、実のところは二十代後半。髭だけでも人の印象って凄い変わる。



「トーコじゃなくてト・ウ・コです。いい加減覚えてくださいよ」

「ええ、トーコですよね? あってるじゃないですか」

 のっぽさんが如何にも不思議そうな顔で私を見た。困ったことに、って別にそこまで困ってもないか。いつまで経っても『う』の発音を分かってもらえないのだ。とはいっても、それはのっぽさんに限ったことじゃないのだけど。

「何せ、ここジェノヴァの青空広場は近隣諸国から芸人たちが集まる場所ですから。路上で生活費を稼ぐ者も多いですし、勘違いされるのも無理からぬこと」

 うん、自分の考えの至らなさはめっさわかっているんだよ。

「後は、あなたの笛の音が悪い」

 ガンティさんが意地悪そうな目で私を見た。言葉を聞くと誤解するかも知れないけれど、決して演奏の技術が稚拙だと言っているわけじゃない。むしろその逆だ。

「私も随分長いこと世界各地を渡り歩いていますが、あれほど優雅な音を出す楽器なんて目にしたこともありませんからね」

 のっぽさんの言うとおり、私が持っている横笛フルートはこの時代にはあるはずがない物。そもそも純銀製の横笛フルートは1800年代にようやくできたのだ。1500年代後半には存在しない。ちなみに今は1560年。この星の反対側では織田信長が今川義元相手に桶狭間でひゃっほいしている頃だ。そうと思うと歴史好きの私としては感慨深いものがある。義元さん、多分死んじゃうけど頑張ってね!



 と、まぁそれは置いといて、楽器にしろ、技法にしろ、私の扱う物は今の時代に住む人たちにとっては未知の代物。耳新しく聞こえるのは当然だ。知っている曲のメロディ、レパートリーにしても、そのほとんどはこの時代以降の楽曲なのであるからして。

 私だってオリジナル曲の一つや二つ作っているけど、名曲と言えるかは別問題。クラシックの一人者に比べればそりゃー月とすっぽんってなもんです。私の曲なんかを披露するくらいならバッハなり○ラエモンの主題歌なりを吹いた方が通行人もわんさか集まってくるだろう。それはわかっている。

 ただ、他人の下着、じゃなかった、ふんどしで相撲を取るのは流石に気が引けちゃう。そんなわけで吹くのはオリジナルの曲のみと決めている。だって、万が一私がそれを吹いたことで後世の人たちが作った曲がパクリ呼ばわりされたとしたらそんな酷い話もないじゃない? ぶっちゃけ、この世界で名誉だのなんだのを得たところで、元の世界に帰る私には無用の長物なわけだし。まぁ、その手掛かりを探して半年経っちゃったけどさ。



 うう、ここに飛ばされた時の辛さを思うと涙が滲んじゃう。だって女の子――

「そろそろご飯にしましょうか、トーコさん」

「|Io voglio mangiare pasta(パスタ、食べたいです)」

 初めて覚えたイタリア語がこれ。言えなきゃ命に関わるし、こればっかりはしょうがないんだよ!

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