君のための輪舞曲~Apart~
すいません。息抜き。
実力がものを言う今の世の中。
この学院には一人の優秀な生徒がいた。
来年卒業のその生徒は卒業後、神殿もしくは王宮に仕える選択肢を与えられていた。
眉目秀麗で文武に秀でている公爵令嬢。
公爵と言う貴族の最上位にいながら、その令嬢は奢ったところがまるでなく誰にでも平等で誰からも好かれていた。
貧民だろうが貴族だろうが皆平等。
凛として立つその百合のような姿。
しゅっと細い切れ長の目はきつく、一見近寄り難い雰囲気を醸し出しているが、その内面は気さくでいつも楽し気に笑っている。
大人びた外見に反した内面の幼さとのギャップに魅力を感じずにはいられない。
今も多くの友人や後輩たちに囲まれて楽しげに談笑している。
皆に向けられる、その笑顔。
俺だけには決して向けられることの無い、その顔。
近づく俺に気づいた取り巻きが公爵令嬢……エヴァンジェリンに耳打ちをした。
高く一つで結んでいるエヴァンジェリンの豊かな黒髪がはらりと零れるように動いた。
俺を認識した瞬間、消えてしまった笑顔は今や絶対零度のその視線だけで人が殺せてしまうのではないかと思うほどのもの。
俺はにっと笑ってエヴァンジェリン、いや、エヴァに近づこうとした。
しかしエヴァはすくっと立ち上がり踵を返した。
そんな姿をすっと目を細めて見ていると回りに取り巻き共が群がってきやがった。
「コンラッド様! いい加減エヴァ様にちょっかい出すのやめてくださいっ!!」
「って言うかなんでまた来てるんですか!? コンラッド様は特別講師だったはずですが!?」
「そうですよ! 一週間だけの特別講師だったのに、なんで毎日来てるんですかっ!!」
……ぴーぴーぴーぴーうるさいガキ共だ。
この学院は身分は持ち出さない決まりだが、日ごろこのような扱いを受けない俺にとっては不快でしかない。
エヴァに向ける顔とは違う、見下したような顔で生徒達を見下ろす。
「……身の程をわきまえろ。俺を誰だと思っている」
「「「「!!」」」」
その地を這うような声に生徒たちは震え上がって青ざめた。
ふん、と鼻を鳴らし、俺はエヴァの後を追った。
「エヴァ、待て」
「私に触れるなっ!!!」
「!」
エヴァの手首を掴もうとして伸ばした手は、無常にも叩き落とされた。
痛くも痒くも無いが、親の敵でも目にしたかのようなその態度にため息を吐き出さずにはいられない。
「触れるなといったはずだ! は、はなせ!! この獣がっ!」
「触っていない」
「ならこの腰に回された手はなんだ!?」
「こんなもの、触れたうちにも入らん」
じたばたと俺の中で暴れるエヴァ。
すらっと背の高いエヴァは、長身の俺が抱きしめてもぴったりと沿う。
まるで俺に抱きしめられるためにあるような身体。
「っ! どこを撫でている!? 離せ!!」
「嫌だ」
「あん!」
ぎゅっと尻たぶを鷲掴むと、エヴァが可愛らしい声で鳴く。
エヴァは自分からそんな声が出たのが信じられない、といった風に目を見開いた後、悔しげに唇を噛んだ。
そんな風にすれば、エヴァの可憐な唇が切れてしまうではないか。
「ん!? んぅ!?」
エヴァの唇は微かに血の味がした。
「んぁ……。……? ……!? な、き、貴様、まさか……」
「なんだ?」
エヴァの腰を俺の腰に擦り付けるように引き寄せる。
既に己の存在を主張し始めたその誇張がエヴァの腹に当っていることだろう。
エヴァはその凛とした美しい顔をざっと青ざめさせた。
そして、力の限り暴れだす。
「くっそ! 離せ、離せ!! 今度こそは負けんっ!!」
「……ああ、くそ」
なんて可愛いんだ。
学院きっての秀才とされるエヴァ。
エヴァに与えられる選択は三つ。
一つは公爵邸に戻り、爵位を継ぐこと。
二つ目は神殿に入り、その文を役立てること。
三つ目は王宮に入り、王の近衛となりその武を役立てること。
そして、エヴァが希望しているのは三つ目の王の近衛だ。
この俺が隊長を務める、王の近衛に。
「……我慢できん」
「!? い、いやだ、やめろっ!! くそっ!!」
立ったままでもやりようはいくらでもある。
+++++++
それは一ヶ月前のこと。
毎年、隊の者が学院に特別講師として剣を教えに行かなければならない時期だった。
いつもならば副隊長か小隊長あたりに任せるのだが、王から直々に使命を受けたのだ。
なんでも学院きっての秀才がいるらしく、しかもそれが女らしい。
馬術や剣技にも優れている、女。
神殿に取られる前に取ってこい、と言うことかと。もしくは本当に使えるかどうか見極めて来いと言うことだろう。
近衛には女が不足しているため、使えるのならば是非に引き抜きたい。
そう思っていたら「コンラッドなら安心だ」と言って微笑む王……フランシスは俺の肩を掴んで念を押してきた。
「絶対、近衛に引き抜いて。他は許さないよ?」と言いながら、にっこりと笑っているが古い付き合いの俺にはフランシスの焦りを見て取った。
しかし、古い付き合いとは言えフランシスは王だ。
俺は王の命令通り学院の特別講師として学院に赴いた。
そしてそこで出会ったちんちくりん共。
皆少年少女と言った感じで点で使い物にならない。
こんなのが才能ある学院の生徒なのか、と内心落胆していた四日目のこと。
最上級生の授業の日がついに来た。
むさ苦しい男の中に居るにも関わらず、凛とした少女がそこに居た。
最上級生の女子で剣の授業をとっているのは彼女だけらしい。
流れるような動作は洗礼されていて、一つ一つが美しかった。
公爵令嬢なのだから当たり前だろう。
まるで剣舞でも見ているようなエヴァの戦い方。
確かに、使える。
学生でありながら、完成された剣。
しかし。
「軽い!」
「あ!」
エヴァの剣を弾く。
「目が動きすぎだ。それでは相手に次の行動を教えているようなものだ! 頭をふらふらさせるな!」
「はい! ……ぐっ!」
俺の剣を受け止めたエヴァが顔を顰める。
手加減しているとはいえ、よく受けた。
「取り乱すな! 戦ってんだから当れば痛い、当ったら痛いのは当たり前だ! そんなもん我慢しろっ!」
「は、はい!」
「剣を振りかぶるな、無駄だ! お前が今相手をしているのは俺だ。岩を割れと言っているわけではないんだぞ!」
「は、はい……っ! こ、コンラッド様早いですっ!」
「別に早くない! お前が俺の判断に着いて来れて居ないだけだ! 判断を早くしろ! 右か左か、前か後ろか! 何でもいい、躊躇うな! その時間が命取りになるっ!」
「はい!」
噂どおりの腕前。
同級生の男共より、エヴァのその技術は抜きん出ていた。
育てれば育てるだけ成長するだろう。
こうして剣を交えるだけで、物凄い勢いで吸収している。
授業が終わった後、エヴァを呼び出そうとすればエヴァから俺のところへやってきた。
キラキラとした眼差しで俺を見上げ、質問をいくつもしてくる。
近衛の仕事のこと、そしてフランシスのことを。
考えてみればすぐにわかったことだ。
エヴァは公爵令嬢。
フランシスと面識があっても可笑しくない。
「私、小さいときフランシス様を見て誓ったんです。この人は私が守るんだって!」
「そうか」
「え、ええ! だって、フランシス様はとてもお綺麗で、とてもお優しくて。私の憧れなんです。フランシス様の下で、フランシス様のために生きようと誓ったんです。だから、コンラッド様を目標にしていました……っ」
「俺を?」
「え? ええ……。こ、コンラッド様、私の勘違いかもしれませんが……その、顔が近すぎませんか? それに別に腰を支えていただく無くとも……」
俺から離れようとするエヴァを今度は両腕で抱きこんだ。
ふわりと香る清潔な石鹸のような香に理性がぶちきれそうになり、思わず顔をエヴァの耳元に埋める。
エヴァの身体がびくりと震えたのを感じたが離したくない。
無意識に、本当に無意識にエヴァの耳の付け根にちゅぅ……っと吸い付いた。
「なっ! こ、コンラッド様!? 何を……!?」
「お前が欲しい」
「は!?」
「今、ここで」
「コンラ……んん!!!?」
薄桃色の、薄いエヴァの唇を食らうように吸い付く。
触れるだけの優しいものではなく、歯列を割り、奥まで侵入し、かき回す。
絡まる舌が、混ざり合う唾液が、溶け合う熱が、どこまでも甘い。
このまま、エヴァと一つになりたい。
そう、思ったとき。
「!? お前、それは反則だろう……」
「一番効果的かと思いましたので。……離せ、色魔」
俺の急所……まぁ、股間を思いっきり蹴り上げそうになったので、エヴァのすらりとした脚を手で掴んで阻止したのだ。
そこでやっと正気にもどってエヴァを見れば、先ほどまでの尊敬の眼差しは消え去り、そこにあるのは怒りの焔。
紺色の瞳が真っ赤に染まったような錯覚さえ覚える。
「!! 性懲りも無く!! 何のまねですか!?」
そんなことを言われても、勝手に手が動くのだからどうしようもない。
お前に触れたい。
お前に口付けたい。
お前に入りたい。
お前と、一つになりたい。
この衝動が、一目惚れだと気づくまでそう長くは掛からなかった。
事後の褥の中で、ぐったりと横たわったエヴァの黒髪を撫でながら、俺は肌を合わせながら気づいたこの気持ちをエヴァに打ち明けようとした。
「エヴァ、どうやら俺はお前のことを……」
「……殺してやる」
「エヴァ?」
まだ身体に力が入らないのか、エヴァは枕に顔を埋め、ひたすら俺に暴言を吐いた。
いや、最中もずっと吐いていたが、あの時は夢中で余り聞いていなかった。
「……こんな色魔がフランシス様の近くにいるだなんて、許せない。でも、一番許せないのはこんな奴に良い様に扱われた弱い自分……」
言葉遣いがどんどん悪くなっていくが、こちらが地のようなので別に指摘はしない。
と言うか、別に気になることがある。
「俺では不満か?」
「当たり前だ! この屑が! 塵となってこの世から消えてしまえっ!」
「……口が悪いな」
「知るかっ! ……触れるなっ!」
自慢では無いが、俺の顔は整っている方だ。
強いし、地位も金も持っている。
それは公爵令嬢たるエヴァもかもしれないが、俺と寝たがる女がこの世に五万といると言うのに。
「何が不満なんだ?」
「全部だ」
沈黙が落ちる。
が、それも長くは続かない。
「やぁ! な、何を!? 触れるなと言ったはず……ああん!」
「……」
頭ではやめろと警報を発しているのに、身体が言う事を聞かない。
こんなことは初めてだ。
念のために言っておくが、俺は女には興味はない。……はずだった。
触れるたびにびくんびくんと震える肢体に酔いしれながら、俺は開き直った。
力なく暴れるエヴァに圧し掛かることでそれを止めさせ、顔を背け少しでも逃げようとするエヴァの露になった耳にくちゅりと舌を差し込んだ。
そして。
「好きだ」
「何を……」
「今決めた。お前を、俺のものにする。……離さない」
「何を勝手な! 虫唾が走る、離れろっ!!」
初めて会ったその日から、エヴァの笑顔が俺に向けられることは無かった。
+++++++
「くっ……! どうして勝てないんだ!? こんなゴミ屑に良い様に扱われるだなんてっ……!」
「当たり前だろう。男と女では身体の作りからして違う。組み敷かれたらもう手遅れだ」
「他の奴ならば勝てるっ!」
「……ちょっとまて。それは俺以外の男にも押し倒されたことがある、と?」
嫉妬するが、それもすぐに収まる。
そしてにやりと笑い、エヴァを見た。
「エヴァのことだ、俺のときみたいに股間を蹴り上げたんだろう」
「貴様には一度も決まったことがないがなっ!」
ふん! と怒ってそっぽを向いてしまう。
嫌なら拒めばいい。(常に拒んでいる)
拒んでも、離さないが。
エヴァが負けず嫌いでよかった。
こうして無理やり抱いても向かってくるだけの元気がある。
どこが好きだとか、何が好きだとか。
そんなものはわからん。
ただ、こいつが欲しいと思った。
学院一の秀才と言っても、俺の敵ではない。
可哀想だが、俺に見初められたのだから諦めるしか道はない。
学院一の腕を持つエヴァ。
そして、国一番の腕を持つコンラッド。
エヴァがコンラッドを超える日はくるのだろうか……?
ただし、イケメンに限る。WW