第二王子とガラスの靴
「どうして履いちゃったかな?」
とある王国の王宮内、第二王子は大きな後悔に苛まれていました。
王太子をお披露目する舞踏会が開かれたのは三日前のこと。
夜会に出られる年齢に達した弟の第二王子も、なるべく大人しくしていることを約束して、やっと参加を許されました。
しっかり者で周囲からの信頼が厚い王太子に対して、第二王子はうっかり者、そこつ者との評判です。
ですが幸い、舞踏会では何もやらかしませんでした。
しかし、彼とは無関係に舞踏会では大きな出来事がありました。
王太子が、なんと運命の姫君と出会ったのです。
彼女と見つめ合い、しっかりと手を取り合って踊り、傍から見ても心が通ったかと思われたのですが、十二時の鐘を聞いた彼女は逃げ出すように帰ってしまいました。
残されたのは片方のガラスの靴。
王国では、ガラスの靴の持ち主は名乗り出るようにとお触れを出したのですが、まだ誰も現れません。
こうなれば、こちらから探しに行くしかないと考え、王太子は人を集めたり予算を組んだりと準備をしています。
暇を持て余している第二王子は、ガラスの靴が置いてある部屋を覗いてみました。
当然、入り口には番兵が控えていましたが、王子ですから拒否されることはありません。
『ふーん、これがガラスの靴か』
第二王子は意外と丈夫そうな靴を持ち上げて、いろんな角度から眺めます。
『でもさ、靴のサイズって、いくら小さめの足だとしても、たった一人きりだけにフィットするってわけじゃないじゃん』
普通の靴なら、確かにそうです。
『ということは、魔法の靴ってこと?』
第二王子は俄然興味が湧き、誰もいないのをいいことに靴を履いてみることにしました。
『どうせ、小さい足の女性サイズだし、僕に合うはずないしね』
ひんやり気持ちの良いガラスの靴にそっと足を入れます。
『やっぱり小さいや』
そう思って足を抜こうとしたのですが。
……なんと、ガラスの靴は足にぴったりのサイズになり、きちんと履けてしまったのです。
「お前は、なにをしているんだ」
そこへ王太子が現れました。
「ごめん兄上。今、反省しているところです」
「とりあえず、靴を脱ぎなさい」
「はい」
靴を受け取った王太子は、健康な若い男子サイズになってしまった靴を見て、ため息を吐きます。
「やっと人員の手配がつきそうだったのに、全部無駄になったな」
「ごめんなさい」
「この始末をどうしてくれるんだ」
「これはあれですよ、初恋は実らないっていう……」
「お前が私の初恋の、何を知っているというのだ」
「はい、ごめんなさい」
「いや、待てよ」
第二王子は嫌な予感に震えます。
「お前は人の顔を覚えるのは得意だったな。
ガラスの靴の代わりに、お前が国中を回って、あの姫君を探してこい」
「え?」
「いちいち靴を履かせるより、顔を見るほうが早いだろう。
成果が出るまで帰ってこなくていいから」
「…………」
第二王子にとって父上は王様ですが、兄上は魔王様です。
黙って頷くしかありません。
それから第二王子は、厨房に向かいました。
兄に命じられたのは遠征です、旅なのです。
そうなれば当然、おやつが必要!
料理長に、持っていくおやつの相談をしに行くことにしたのです。
その途中、下働きの女の子とすれ違いました。
仕事中のその子は荷物を抱えていたので、ぴょこんと頭を下げると急ぎ足で去って行こうとします。
「ん? あれ?」
どこかで見た顔です。
「君は……舞踏会の姫君?」
女の子はびくっとしました。
「……ま、ま、まさかぁ」
女の子は冷や汗をかいています。
彼女が犯人、いや本人です。
「僕は顔を覚えるのだけは大得意なんだ。間違いない」
逃げていく彼女を護衛に捕獲してもらい、ついでに寮の部屋を調べてみると、そこにはもう片方のガラスの靴がありました。
「……家にいると継母たちにタダでこき使われるので、逃げてきたんです。
舞踏会に出た時、下働きの募集ポスターを見かけたので」
事情聴取をしていた王太子は頭を抱えました。
「誰だ、舞踏会の会場近くにポスターを貼ったやつは!」
「あ、僕です」
第二王子が名乗り出ます。
「なんで王子のお前が、ポスター張りをしていたのだ?」
「この前、広報部に迷惑をかけたので、罰として働いていました。
ですが兄上、僕の仕事が不適切だったおかげで、意中の彼女がここにいるのではありませんか?
僕の手柄と言って差し支えないかと。
というわけで、ガラスの靴の件も許すことにしましょう!」
「……お前が決めるな!」
「はい、申し訳ありませんでした」
兄弟喧嘩などどうでもいいので、女の子はその場を去りたがります。
「あのぉ、わたしは仕事に戻っても?」
「いや、君は第二王子付きの侍女に配置換えだ」
王太子が言い渡します。
「えー! 侍女なんて、とても無理です」
「大丈夫だ、教育係をしっかり付けるから」
「絶対にお断り……」
「教育期間でも給料は下働きの十倍だ」
「それだけいただけるなら、教育期間終了と同時に逃げ出してもしばらくやっていけそうなので、お受けします」
本音ダダ洩れの女の子。
「逃げられるものなら逃げてみるがいい」
王太子は不敵に微笑み、それから第二王子へと視線を移します。
「というわけで、お前の罰は、彼女の見張りだ」
「教育係は出来ません」
「当り前だ!」
「よかった」
「ただし、もし彼女を取り逃がしたら、ガラスの靴がぴったりなお前が私のお嫁さんだ」
「!?」
「嫌だろう? 私も嫌だ。死ぬ気で職務を全うしろ」
「はい、兄上」
第二王子は震えました。
父上は王様ですが、兄上は魔王様なのです。
さて、少々時間はさかのぼり、舞踏会より前のとある夜のことでした。
王太子は自室のバルコニーでため息を吐きました。
『おやおや、どうしたんだい?
眉目秀麗、文武両道の王太子様らしくもないじゃないか』
現れたのは真っ黒なローブ姿の魔法使いの老婆です。
「これは魔女殿、お元気そうで何より」
この魔女は気まぐれに現れては、王国の困りごとに力を貸してきました。
滅多に笑顔を見せない王太子も、幼いころより馴染んだ彼女の前では素直な表情を見せます。
「弟のことで、悩んでおります」
『ああ、あのアンポンタン』
「……あれはあれで、悪気の無い可愛い弟なのですが、どうにも不用心で軽はずみで野放しにも出来ず、困っているのです」
立太子すれば執務量は増え、これまでより弟に目が届かなくなります。
『なるほどね。
よし、あたしがなんとかしてやろう。
家族に虐げられている娘がいるんだ。
苦労を厭わない働き者なんだが、報われないのが可哀そうでねえ。
第二王子のお目付け役にはぴったりだと思うよ』
「それは、是非ご紹介ください」
『その娘を舞踏会に送り込むから、あとは自分でなんとかおし』
それから半年が過ぎたころのことです。
執務が一段落した王太子が窓から中庭を眺めていると、第二王子の姿が目に入りました。
木陰のベンチに座る彼の隣には、すっかり侍女が板についた、あの女の子がいます。
王太子の命により、二人はいつも一緒。
居眠りを始めた第二王子は、やがて侍女の膝枕で昼寝を始めました。
「あいつは、まったく」
立太子してからすぐ、王太子は隣国の王女と婚約しました。
第二王子は、自分がお嫁さんにされるという兄の冗談などすっかり忘れたことでしょう。
侍女になった女の子は逃げ出すこともなく、しっかりと貯蓄に励みながら職務を全うしています。
あの舞踏会の日、誰の目から見ても美しく輝いていた姫君。
ですが、ただ一人、彼女の手を取って踊った王太子だけは知っていました。
その手がタコやマメやささくれを残す、働き者の手だということを。
出来れば、第二王子と侍女の間に恋が生まれて婚姻まで発展すれば王太子も安心なのですが、無理強いはしたくありません。
「……だが、彼女のおかげで、少し落ち着きが出てきたような気がしないでもない」
弟のことで悩む時間もとれない王太子は、魔女のおすすめを信じて、あとは成り行きに任せることにしました。




