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地味子さん。

 休憩時間の喫煙所は、相も変わらずいつもと同じ空気だった。

 仕事の愚痴をこぼす人、笑い話をしている人、一人黙々と煙草を吸う人。


 いつも俺が座るベンチには、いつも隣に座る女性の姿もある。


「お疲れ様です、林さん」

「ん、宮崎さん。お疲れ様です」


 今日は電子タバコなんだな・・・そう思いながら隣に座る。

 隣に座っているのは林由香梨。隣の部署の人で、よくこの時間に喫煙所で顔を合わせる。

 林さんのいる部署は華やかな女性が多い。毎日きちんとお洒落をして仕事をしている。

 ただ、林さんはいつも落ち着いた格好をしている。

 悪く言えば――地味だ。

 だからか、うちの部署の連中が「地味子」なんて呼んでいるのも聞いたことがある。


「今日肌寒いですよね」

「ですよね。朝より少し冷えてる気がします」

「もう一枚なにか持ってくればよかったです」

「私もです」


 そう言って林さんは煙を吐いた。

 何気ない会話に、心が落ち着く。


 しばらくして、お互い煙草を吸い終える。


「あと少しですね・・・頑張りますか」

「そうですねぇ・・・」


 林さんは先に立ち上がってこちらを振り向いた。

「お疲れ様です」

「お疲れ様です」


 いつも通りのやり取りをして別れる。

 出ていく後ろ姿が、少し印象に残った。


 


 朝の喫煙所は、まだ人が少なかった。

 換気扇の低い音と、誰かの吸い殻のにおいがうっすらと漂う。

 いつもと同じ場所、同じ景色の中に、一つだけ、違和感があった。


「あ・・・」


 思わず声が漏れた。

 いつもより整えられた髪。見慣れない服装。

 それだけのはずなのに、どこか別人に見えた。

 漏れた声に気付いたのか、目が合う。


「あ、宮崎さん。おはようございます」

「林さん、おはようございます」


 いつもと変わらないやわらかい声に、少し安堵する。

「今日、なんかいつもと違いますね」

「あ、今日はですね・・・仕事の後に久々に人と会うんです。だからこんな格好を」

「そうなんですね・・・」


 それ以上言葉が出てこなかった。


 聞こうと思えば、いくらでも聞けたはずなのに。

 なぜかその先に踏み込む気にはなれなかった。


 火をつけたばかりの煙草に口をつける。

 吐いた煙が、ゆっくりと上にのぼっていく。


 隣で、林さんも同じように煙を吐いた。


 会話はない。

 気まずいわけでもない沈黙が、今日はなぜだか長く感じた。

 

 ――何かが違う。


 そう思ったところで、その正体は分からないままだった。


 先に煙草を消した林さんが立ち上がる。

「じゃあいってきます。お互い頑張りましょうね」

「はい、頑張りましょう」


 林さんはそのまま喫煙所を出ていった。

 見慣れない後姿を、消えるまで見つめていた。


 煙草を吸い終えてすぐ、また新しい煙草に火をつける。

 煙の行方を目で追う。その先に、にやにやとしながらこちらへ近づいてくる人がいた。


「おい、今の誰だよ!」

「先輩・・・おはようございます」


 同じ部署の先輩が、煙草に火をつけながら隣に座る。


「あんな人いたっけ?新しい人?でもお前と喋ってたよな?」

「林さんですよ、隣の部署の」

「・・・え、まじで?」

「はい、まじですよ」


 先輩は煙を吐きながら林さんが去っていったほうを見ている。


「めっちゃ美人なんだな・・・俺も声かければよかった」


 先輩の言葉に少し違和感を覚えた。


「・・・先輩、彼女さんいるでしょ」

「いやそうだけどさ!あんな美人なんて思わないじゃん!だって地味子さんって呼ばれてる人だぜ?」

「地味子って陰で言うのもどうかと思いますけどね」


 お前はかたい奴だな、と俺の肩を叩く先輩が、煙草の火を消して足早に出ていく。

(あれは・・・部署の人たちに話していくやつだな)


 始業五分前のチャイムが鳴る。

 林さんの後ろ姿を脳裏に焼き付けたまま、俺は仕事に向かった。


続く

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