表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来の失敗が見える子供は、全部避けて進む ~一歩ずつ間違えない選択が、世界を変えていく~  作者: 黒川レン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/30

第4話 幼児の一手

 父の視線は、しばらく外れなかった。


 試すような目だった。


 昨日よりも、明らかに長い。


 普通なら、ただの偶然で片づく程度の差だろう。だが、僕にとっては違う。この人は“何か”を掴みかけている。完全ではないが、無視もできない。


 面倒な相手だ。


 同時に、使える相手でもある。


「……変な子だな」


 父がぽつりと呟いた。


 責めるでもなく、笑うでもない。観察の結果としての言葉だった。


「あなたに似たのよ」


 母が軽く返す。


「それは否定できんが、赤子の頃からこんな目をしていた覚えはない」


 父はそう言いながら、手元の皿にはほとんど触れない。考え事をしているときの癖だ。


 いい兆候だ。


 人は、迷っているときが一番動く。


 確信しているときは動かない。


 だからこそ、迷わせる。


 それが今の僕にできる最大の介入だ。


 問題は、その“材料”だ。


 父は封書を見た。帳簿の異常も知った。なら、次に考えるのは誰かの責任だ。


 責任の所在を探す。


 見つからなければ、作る。


 そして、一番弱いところに押し付ける。


 ――あの下男だ。


 だから、そこを先に潰す。


 僕はゆっくりと、首を動かした。


 視線を、再び使用人たちへ向ける。


 あの男は、少し離れた位置にいる。先ほどよりも動きが固い。周囲を気にしている。


 変化は出ている。


 だが、まだ足りない。


 もっと明確に、“触る”必要がある。


 ただし――


 今は無理だ。


 この場では、これ以上の接触は不自然になる。


 なら、場を変える。


「アルト、今日は少し外の空気でも吸いましょうか」


 母がそう言った。


 ちょうどいい。


 僕は抵抗しない。


 むしろ、少しだけ体を揺らす。


 行きたい、という意思表示。


「珍しいな。いつもはすぐ眠るのに」

「今日は起きていたいみたい」


 父がこちらを見る。


 また、あの目だ。


 観察。


 測定。


 いい。


 見ていろ。


 どうせ、すぐにもっとおかしな動きをする。


 母に抱かれ、食堂を出る。


 廊下は静かだ。先ほどの喧騒が嘘のように、人が少ない。


 外へ出る。


 庭だ。


 空は高い。風が冷たい。草の匂いがする。


 そして、使用人棟が見える。


 目的地はあそこだ。


「今日は暖かいわね」


 母が呟く。


 たしかに、そうだ。


 だが今は、どうでもいい。


 僕は身体を捻る。


 視線を使用人棟へ固定する。


 わかりやすく。


 露骨に。


「……あちらが気になるの?」


 母が気づいた。


 いい観察力だ。


「珍しいわね。あまり興味を示さないのに」


 少し考えるような間。


 そして――


「少しだけ、近くまで行ってみましょうか」


 通った。


 小さな変化だが、確実な一手だ。


 僕は内心で息をついた。


 この身体でできることは限られている。


 だからこそ、誘導する。


 相手に“選ばせる”。


 使用人棟に近づく。


 空気が変わる。


 人の気配が濃い。生活の匂い。油と布と汗の匂い。


 母の足が止まる。


「ここまででいいわね」


 当然だ。


 貴族が踏み込む場所ではない。


 だが、ここで十分だ。


 人の出入りが見える。


 そして――


 出てきた。


 あの男だ。


 水桶を持っている。動きは慎重だ。さっきよりも明らかに周囲を気にしている。


 視線が合う。


 一瞬だけ。


 それで十分だ。


 僕は、手を伸ばす。


 今度は、無理に届かせようとはしない。


 ただ、伸ばすだけ。


 意味はない。


 意味がないように見えることが重要だ。


「……?」


 男が止まる。


 わずかに、足が止まる。


 迷いだ。


 そして、その迷いが、次の行動を変える。


 男は一歩だけ、こちらに近づいた。


 ほんの一歩。


 だが、それで距離は縮まる。


 母がそれに気づく前に、男が軽く頭を下げた。


「失礼いたします」


 声は小さい。


 だが、はっきりしている。


 僕は、その瞬間を逃さない。


 もう一度、手を伸ばす。


 今度は、触れた。


 指先が、男の手の甲に触れる。


 その瞬間――


 視界が弾けた。


 断片が、はっきりと形を持つ。


 同じ男。


 だが、場所が違う。


 広い部屋。帳簿が並ぶ。人が動く。


 そして、男が言う。


「この数字はおかしい。やり直せ」


 声が強い。


 迷いがない。


 周囲が従う。


 その奥で、父が笑っている。


 ――成功している。


 この未来は、破綻ではない。


 別のルートだ。


 つまり――


 この男は、“救えば変わる”。


 確定した。


 僕は、ゆっくりと手を引いた。


 男も同時に手を引く。


 目が合う。


 さっきよりも、明確に変わっている。


 恐怖だけではない。


 戸惑いと、わずかな――期待。


 いい変化だ。


 人は、自分が見られていると知ると変わる。


 評価されていると知ると、もっと変わる。


 それを利用する。


「……ありがとう」


 男が小さく言った。


 何に対してかは分からない。


 だが、意味はある。


 それで十分だ。


「どうしたの?」


 母が不思議そうに見る。


「いえ……少し、驚いただけで」


 男はすぐに下がる。


 だが、歩き方が変わっている。


 さっきよりも、速い。


 そして、まっすぐだ。


 いい。


 未来は、動いた。


 小さいが、確実に。


 僕は息を吐く。


 これで一つ。


 だが、まだ終わらない。


 むしろ、ここからだ。


 男を救うだけでは足りない。


 父の判断。


 帳簿の問題。


 そして――


 地下の炎。


 あの断片が、まだ残っている。


 つまり、破綻は一つじゃない。


 複数ある。


 それが繋がっている。


 だから、一つずつ潰すしかない。


 順番に。


 確実に。


「そろそろ戻りましょうか」


 母が言う。


 僕は抵抗しない。


 もう十分だ。


 今日の一手は打った。


 あとは、結果を見る。


 屋敷へ戻る。


 廊下に入る。


 その瞬間――


 違和感が走った。


 空気が、少し違う。


 重い。


 さっきまでよりも。


 前方から、足音がする。


 速い。


 焦っている。


 そして、聞こえた。


「旦那様!」


 使用人の声だ。


「王都からの急使が――!」


 心臓が、強く打つ。


 来た。


 次の問題だ。


 僕は、目を閉じる。


 断片が流れ込む。


 炎。


 今度は、はっきりしている。


 場所は地下。


 そして――


 その前にいるのは、父ではない。


 あの下男だ。


 燃えている。


 逃げ場がない。


 そこで、映像が切れた。


 ――間に合わない。


 いや、違う。


 間に合わせる。


 そう決めたはずだ。


 僕は、目を開けた。


 未来は変わる。


 ただし――


 次は、もっと速く動かないといけない。

 少しずつ、歯車は動き始めました。

 ただ、その分だけ問題も増えていきます。


 次は“王都からの急使”。

 ここで一気に、話のスケールが変わります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ