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9:深淵の声

夜の<オネイロス>にログインしたタクトは、ユウキとホラーエリアで待ち合わせた。そこは不気味な洋館を模した空間で、薄暗い照明がゆらめき、耳障りな不協和音のBGMが低く響き渡っていた。空気は湿気を帯び、かすかにカビ臭い。仮想とはいえ、脳に直接フィードバックされる感覚は現実と見紛うほどリアルで、タクトの背筋に冷や汗が滲んだ。


「うわっ、マジでヤバい雰囲気だな!これ、ガチで怖えぞ!」


ユウキのアバターは興奮した様子で笑いながら言った。その声はいつも通り明るく、どこか軽快だったが、薄暗い洋館の廊下に響くその音は、妙に虚ろに聞こえた。


二人は慎重に洋館の奥へと進んだ。足元では古びた木の床がギシギシと軋み、時折、壁の向こうから何か重いものが引きずられるような音が漏れ聞こえる。ホラーエリアの仕掛けが随所に散りばめられており、突然現れる亡魂のような影や、壁から飛び出す血塗れの手が、タクトの神経を容赦なく刺激した。


「うおっ!何だこれ!」


突然、壁の隙間から白い手が飛び出し、ユウキが驚きの声を上げた。タクトは振り返り、ユウキの肩が小さく震えているのを見た。


「大丈夫か、ユウキ?」


タクトが声をかけると、ユウキは肩を竦めて苦笑いした。


「ビックリしたわー!まじで、心臓バクバクなんだけど!」


その反応は、かつて現実で一緒にホラーゲームをプレイした時のユウキそのものだった。


二人はさらに奥へと進み、薄暗い廊下を歩き続けた。すると、ユウキが突然立ち止まり、目の前に現れた一つの扉を見つめた。

それは他の扉とは異なり、黒ずんだ木材に不気味な紋様が彫り込まれ、まるで何かを封じ込めているかのような重苦しい気配を放っていた。

扉の隙間からは、冷たく湿った風が漏れ出し、タクトの肌に鳥肌を立てさせた。


「……この部屋、なんかヤバい感じがする……」


ユウキが低い声で呟いた。その声には、いつもの軽快さがなく、どこか怯えたような響きがあった。

タクトは眉をひそめた。

このホラーエリアは二人にとって初めての場所のはずだ。なのに、ユウキの口ぶりは、まるでここに何度も来たことがあるかのようだった。


「何だよ、それ?初めて来た場所だろ?」


タクトの声には、苛立ちと不安が混じっていた。

ユウキはゆっくりと首を傾げ、タクトの方を向いた。

その瞬間、タクトは息を呑んだ。

ユウキの瞳は、焦点が合わず、まるで深い闇の底を覗いているかのようだった。仮想世界のアバターとは思えないほど、その表情は異様に冷たく、どこか非人間的だった。


「初めて……?いや、違う……俺、覚えてるんだ……この部屋……ここは……俺たちの秘密の場所……」


ユウキの言葉は曖昧で、途切れ途切れだった。その声はまるで、遠くから響いてくるエコーのように不自然に反響した。タクトの心臓が激しく鼓動を打ち、背中に冷や汗が伝った。

秘密の場所?確かに、<オネイロス>には二人だけの思い出の場所がいくつかあった。だが、この不気味な洋館に、そんな場所があるはずがない。


「何言ってんだよ、ユウキ!」


タクトは思わず声を荒げた。だが、ユウキは答えず、ただその扉を見つめ続けた。その顔は、まるで何か恐ろしい記憶に囚われているかのように、微かに震えていた。


その瞬間、ホラーエリアのシステムが仕掛けたのだろう。突然、部屋全体が真っ暗闇に飲み込まれ、けたたましいサイレンが耳をつんざくように鳴り響いた。空気が一瞬で冷え込み、タクトの全身に鳥肌が立った。暗闇の中、ユウキの姿が消え、視界には何も見えなくなった。


「ユウキ!どこだ!?」


タクトは叫んだが、サイレンの音にかき消され、自分の声さえ満足に届かない。暗闇の中で、かすかにユウキの声が聞こえた。

だが、それはいつものユウキの声ではなかった。か細く、怯えきった、まるで迷子になった子供のような声だった。


「……寒い……ここ、暗いよ……タクト……助けて……!」


その声は、タクトの脳に直接響くように届いた。仮想世界のフィードバックのはずなのに、なぜか現実の恐怖よりも深く、心の奥底を抉るような感覚があった。タクトの呼吸が乱れ、パニックが胸を締め付けた。


「ユウキ!どこにいるんだよ!」


タクトは暗闇の中で手を伸ばし、ユウキを探した。

すると、突然、何か冷たいものがタクトの腕に触れた。それは物理的な接触ではなく、脳に直接送り込まれる感覚だった。だが、その冷たさはあまりにもリアルで、タクトの全身が凍りついた。


「ひっ……!」


タクトは思わず声を漏らし、後ずさった。

暗闇の中で、ユウキの声が再び聞こえた。

今度は、先程の怯えた声とは対照的に、低く、まるで怨嗟を込めたような響きだった。


「タクト……お前、見てたよな……俺のこと……」


その声は、タクトの耳元で囁くように響いた。

仮想世界のはずなのに、まるで誰かが背後に立っているかのような錯覚に襲われた。

タクトの心臓が凍りつき、動くことすらできなくなった。


「何……何だよ、それ……」


タクトの声は震え、ほとんど聞き取れないほど小さかった。


「あの日……お前は見てただろ……俺があいつに連れ去られるところを……」


ユウキの声は、さらに低く、冷たく、まるでタクトの心の奥底を抉るように響いた。それは、タクトにとっては心の奥底に封じ込めた、深い後悔と罪悪感に繋がる記憶だった。



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