7:違和感の増殖
次の日も、その次の日も、ユウキは<オネイロス>にログインした。そして、タクトに話しかけ、ゲームや他愛もない話をした。タクトもそれに応じた。彼の存在が嬉しかった。死んでしまったと思っていた親友が、目の前にいるのだから。
だが、それと同時に、違和感は少しずつ蓄積されていった。
ユウキの言動に、些細な変化が現れ始めたのだ。
例えば、以前は興味を示さなかったジャンルのゲームについて、急に詳しくなっていたり。
タクトしか知らないはずの、現実での個人的な出来事について、まるで知っているかのように話したり。
「そういえばさ、この前さ、お前が猫カフェ行ったって言ってたじゃん?俺も行ってみようかなーと思ってさ」
ある日、ユウキがそんなことを言った。タクトは驚いた。自分が数日前に一人で猫カフェに行ったことは、誰にも話していなかったはずだ。SNSにも上げていない。アカリにも、もちろんユウキにも話していない。
「……なんで知ってんの?」
タクトは思わず聞き返した。
ユウキは不思議そうな顔をする。
「え?なんでって……なんか、お前がそんなこと言ってた気がしたんだよ。あれ?言ってなかったっけ?」
ユウキは首を傾げる。その仕草は自然で、嘘をついているようには見えない。だが、タクトは知っている。自分はユウキに猫カフェに行ったことなど一切話していない。
別の時には、こんなこともあった。
「あのさ、この間リアルの部屋模様替えしたんだろ?いいじゃん、めっちゃオシャレになったんじゃない?」
これも、タクトが誰にも話していないことだった。現実の自室の模様替えは、ごく個人的な作業だった。
「……それも、なんで知ってるんだよ……」
タクトの声は震えていた。
ユウキは呑気な口調で答える。
「えー?なんかさ、お前のさ、えっと……なんだっけ……その、お前の情報がさ、流れてくるっていうか……」
ユウキは言葉を選んでいるようだった。その様子が、タクトには言い知れぬ恐怖として迫ってきた。
「情報?何の情報だよ?」
タクトは詰め寄った。
ユウキは困ったような顔をする。
「いや、なんかよく分かんないけどさ……タクトが見てるものとか、考えてることとか……なんとなく、俺に分かるっていうか……」
ユウキは曖昧な表現を使ったが、タクトにはそれが何を意味するのか、分かってしまった気がした。
タクトが見ているもの。考えていること。それは、現実世界でのタクト自身の情報だ。脳とネットワークを直接繋いでいるからこそ、タクトの脳内の情報の一部が、何らかの形でユウキに伝わっているのではないか?
しかし、なぜ?なぜ「死んだはず」のユウキに、そんなことができるのだろうか?
そして、ユウキ自身も、その現象を完全に理解しているわけではないようだった。まるで、何かに操られているかのように、自分の知っているはずのない情報を口にする。
タクトは、目の前のユウキが、自分が知っている親友のユウキではないかもしれない、という考えを深めつつあった。
ユウキの姿は、声は、仕草は、確かにユウキだ。だが、その中身は、徐々に、しかし確実に、タクトの知るユウキから乖離していっている。
この「ユウキ」は、一体何なのだろう?ユウキの死と、この<オネイロス>への出現は、関係があるのだろうか?
タクトは、身の毛がよだつ思いだった。もし、この「ユウキ」が、ユウキの死をきっかけに生まれた、<オネイロス>空間のバグだとしたら?そして、そのバグが、タクトの脳内の情報にアクセスしているとしたら?
得体の知れない恐怖が、タクトの心を支配し始めた。
この「ユウキ」と、このまま交流を続けていいのだろうか?彼の正体を探るべきなのか?それとも、一切関わるべきではないのか?
タクトは混乱していた。親友を失った悲しみと、目の前に現れた「親友」への喜び。そして、その「親友」に感じる、生理的な恐怖。感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、タクトを追い詰めていく。
その日の夜、タクトは眠れなかった。目を閉じると、ユウキの顔が浮かぶ。だが、それは昼間<オネイロス>で見た、少し違和感のあるユウキの顔だった。
「お前の情報がさ、流れてくるっていうか……」
ユウキの言葉が、耳の中で何度も繰り返す。
タクトは、もう一度<オネイロス>にログインしようかと思った。そして、ユウキに問い詰めるべきか。お前は一体何者なんだ、と。
だが、もし問い詰めて、ユウキが完全に別の人格になったら?あるいは、もっと恐ろしい存在に変貌したら?
恐怖がタクトの行動を鈍らせた。
しかし、このまま放っておくわけにもいかない。この「ユウキ」の存在は、タクトの日常を、そして精神を蝕んでいく。
タクトは、意を決した。
この「ユウキ」の正体を、突き止めなければならない。
それは、<オネイロス>という世界の、恐ろしい側面に触れることになるかもしれない。