3:死者からのメッセージ
現実世界の葬儀は、重苦しく厳粛な空気に包まれていた。親族や友人たちが集まり、皆が深い悲しみに沈んでいた。
タクトもまた、ユウキの遺影を前にして涙を流した。黒い喪服に身を包み、静かに手を合わせるその姿は、周囲と変わらぬ悲哀を湛えていたが、心のどこかでまだ実感が湧かないままだった。
あまりにも突然の別れだったからだろうか。
それとも、<オネイロス>と呼ばれる仮想世界で、毎日のようにユウキと顔を合わせていたからだろうか。
現実と仮想の境界が、タクトの心の中で曖昧に揺れ動いていた。
葬儀が終わり、参列者たちの静かなざわめきや、線香の匂い、すすり泣く声が遠ざかると、タクトは現実の喧騒から逃れるように自室へと戻った。
部屋は静かで、窓の外からは街の雑音がかすかに聞こえるだけだった。
ベッドの脇に置かれた机の上には、<オネイロス>に接続するためのデバイスが無造作に置かれていた。
タクトは一瞬、ためらいながらもそのデバイスを手に取った。そして、額にパッチを貼り付けた。
<オネイロス>へのログインが完了すると、いつもの仮想世界がタクトの視界に広がった。
そこは、温かみのあるカフェが立ち並ぶ街並みと、賑やかな広場、そして遠くにそびえるガラス張りの高層ビル群が織りなす、懐かしくも鮮やかな光景だった。
この世界は、ユウキと一緒に過ごした無数の時間が刻まれた場所だ。
二人で笑い合い、語り合い、時には競い合った記憶が、街の隅々にまで染み付いている。
タクトはふと、ユウキのアバターを確認した。
フレンドリストに表示されたそのアイコンは、グレーアウトして「オフライン」を示していた。
当然だ。ユウキはこの世界にも、現実世界にも、もういないのだから。
タクトの胸に、鈍い痛みが走った。
それでも、彼はユウキとの思い出を追いかけるように、この仮想世界を歩き始めた。
二人で何度もゲームに挑んだアリーナ。
剣戟の音や歓声が響き合うその場所は、今は静かで、ただ乾いた風が吹き抜けるだけだった。
タクトはアリーナの中央に立ち、ユウキが得意げに勝利のポーズを取っていた姿を思い出した。
笑うユウキの声が、まるで今も聞こえるようだった。
次に足を向けたのは、二人で他愛もない話を延々と続けたカフェ。
そこにはいつもユウキがいて、くだらない冗談や、時には真剣な話を交わした。
タクトはカフェのテラス席に腰を下ろした。
ユウキと決まって座っていた、いつもの席だ。
自動生成されたカフェオレが目の前に現れる。
温かくて、ほのかに甘い香りが漂うが、口に含むと少しだけ苦みが広がった。
ユウキの声、笑い方、仕草。
思い出そうとすればするほど、なぜかその輪郭が霞んでいくような気がした。
ユウキの不在が、胸の奥に重くのしかかる。
仮想世界の喧騒の中で、なぜか現実よりも深い孤独がタクトを包み込んだ。
この世界では、ユウキと過ごした時間があまりにも鮮明で、まるで彼がまだここにいるかのような錯覚に陥る。
それなのに、ユウキの姿はどこにもない。
「……寂しいな……」
誰に聞かせるでもなく、タクトはぽつりと呟いた。風が頬を撫で、どこか冷たく感じられた。
現実の孤独よりも、ネットワークで繋がったこの世界での孤独が、なぜかタクトの心を強く締め付けた。
その時、視界の端に小さなアイコンが点滅した。
メッセージの着信を示す通知だ。
差出人の名前を見て、タクトは息を呑んだ。
ユウキ
そんなはずはない。
ユウキはオフラインだ。
現実世界で、彼はもう……。
タクトの心臓が早鐘を打つ。
指先が震え、頭の中が真っ白になる。
ありえない、と思う一方で、どこかで期待が膨らむのを抑えきれなかった。
震える手で、タクトはメッセージを開いた。