19:終わらない悪夢
タクトが目を覚ました時、そこは真っ白な部屋だった。病院のベッドの上だ。
額に貼られていた<ブレインリンク>のパッチは剥がされ、わずかに残る粘着の感触だけがその存在を思い出させた。全身が鉛のように重く、筋肉が硬直したような痛みが走った。
ベッドの傍らには、アカリが立っていた。彼女の顔は心配と恐怖に引きつり、目には涙が浮かんでいた。
「タクト!大丈夫!?タクトから連絡が来て、部屋に様子を見に行ったら、凄い音が鳴ってて、タクトが倒れてて……」
アカリの声は震え、すすり泣きが混じっていた。それは紛れもない現実の声だった。タクトはゆっくりと身体を起こした。頭がクラクラしたが、動くことはできた。
現実世界に戻ってこられたのか?
タクトは自分の手を見つめ、指を動かしてみた。
確かに、身体は自分のものだ。
だが、胸の奥に冷たい違和感が残っていた。
「ユ……ユウキは……?」
タクトの声は掠れ、ほとんど囁きに近かった。
アカリの顔が一瞬、悲しみに歪んだ。
「……タクト……まだ意識が混乱してるの?ユウキは……」
アカリは言葉を詰まらせ、目を逸らした。
タクトは、ブラックボックスで「ユウキ」が言っていた言葉を思い出した。
「お前が……私を……創造した……」
「私は……お前の……罰だ……」
「お前は……私の一部になるんだ……」
あの事故の映像は、ユウキの顔を映し出していた。
それは、確かにユウキの視点ではなかった……
俺は、悲しみや後悔、自責の念によって自分が作り出した「ユウキ」という存在に、深く侵食されていたのか?
「ユウキ」は、消えたのか?それとも……
その時、タクトの脳裏に、ごく微かに、ユウキの声が響いたような気がした。
「タクト……大丈夫だよ……俺は……ここにいるから……」
それは、以前のような悪意や嘲笑を含まない、穏やかな声だった。だが、その穏やかさが逆にタクトの全身を凍りつかせた。
「ユウキ」は、まだ、タクトの中にいるのかもしれない。
タクトは、自分の脳内に、あるいは精神の奥底に、「ユウキ」の一部が残留してしまったのではないか、という恐ろしい可能性に気づいた。
現実世界に戻ってきても、恐怖は終わらない。
むしろ、始まりだったのかもしれない。
タクトは、これからもずっと、自分の中に潜む「ユウキ」という存在に怯えながら生きていかなければならないのだろうか。
タクトは、何も言えず、ただ虚ろな目で天井を見つめていた。
現実世界は、以前と同じように見えた。だが、タクトの中には、<オネイロス>の深淵で出会った、もう一人の自分が、潜んでいる。
タクトの記憶が生み出した「ユウキ」の悪夢は、終わらない。
これで作品完結となります。
ここまでお付き合いくださりありがとうございました。