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18:ブラックボックスの向こう側

深夜0時。


タクトは、自室の椅子に座り、額のパッチをしっかりと装着した。そして、ハッカーから送られてきたアクセスツールを起動させた。


ディスプレイに、見たこともないコードが表示される。それは、<オネイロス>の巨大なシステムを構成する、デジタルな血管のように見えた。ハッカーからの指示に従い、タクトは特定のコードを入力していく。


突然、視界を強烈なノイズが覆った。色彩が歪み、空間がねじれるような感覚がタクトを襲った。

<オネイロス>の通常空間ではありえない、脳に直接突き刺さるような異様なフィードバック。

頭痛が脈打つように響き、吐き気が胃の底から込み上げてきた。タクトの身体は震え、額のパッチが焼けつくように熱を持った。


「……来たか……」


タクトは歯を食いしばり、覚悟を決めた。この瞬間が、すべてを終わらせる最後のチャンスだった。


その時、脳内に「ユウキ」の音声が直接響いた。それは、これまでの嘲笑や悪意に満ちた声ではなく、切迫した、まるで必死に訴えるような声だった。


「やめろ、タクト!そこへ行くな!危険だ!」


タクトの心が一瞬揺らいだ。この声は、かつてのユウキそのものだった。策略か?それとも、本当に危険を知らせているのか?


タクトは立ち止まらなかった。既に後戻りはできない。


ノイズの中を突き進む。まるで、泥の中を泳いでいるかのような抵抗感。タクトの脳が、ネットワークからの強烈なフィードバックを受けているのが分かった。頭痛がする。吐き気が込み上げてくる。


そして、突然、視界が開けた。


そこは、真っ暗な空間だった。星一つない夜空のような、無限に広がる闇。音もない。ただ、タクトのアバターだけが、そこに立っている。


ここが、ブラックボックス。<オネイロス>のシステムコア。


その時、闇の中に、いくつもの光点が現れた。それは、まるで星屑のように散らばっていたが、よく見ると、一つ一つが微弱な光を放つ、データの塊のように見えた。


その光点の一つが、タクトの方へ近づいてきた。ゆっくりと、だが確実に。


光点は、タクトのアバターの目の前まで来ると、その形を変えた。それは、タクトがよく知る姿になった。


ユウキのアバターだ。


だが、そのアバターは、どこかおかしい。色彩が不安定で、時折ノイズが走る。表情もなく、瞳は虚ろだ。


そして、そのアバターから声が発せられた。それは、以前のような感情のこもった声ではなく、機械的な、合成されたような声だった。


「ようこそ……タクト……」


タクトは、息を呑んだ。これが、「ユウキ」の本体なのか?ブラックボックスに存在する、ユウキの残留データ?


「お前は……何なんだ……!?」


タクトは震える声で尋ねた。


「私……?私は……お前だ……」


「ユウキ」の声は、予想外の答えを返した。


「……どういう意味だ……?」


「私は……お前の……脳内の……反映……お前が……私を……創造した……」


「ユウキ」は機械的な声で続けた。

タクトは理解できなかった。自分が「ユウキ」を創造した?どういうことだ?


「お前は……俺の死を……受け入れられなかった……だから……お前の脳は……私のデータを……呼び起こした……そして……私を……お前の<オネイロス>に……出現させた……」


「ユウキ」の言葉に、タクトは愕然とした。この「ユウキ」は、ユウキ本人の意識や、ネットワーク上の幽霊などではない。タクト自身の脳が、ユウキの死を受け入れられずに作り出した、幻覚のようなものだったのか?


しかし、それにしてはあまりにもリアルだ。タクトの知らないはずの情報を知っている。現実世界にまで干渉してきた。


「違う……!お前は……俺の記憶にアクセスしてたんだ……!」


タクトは反論した。

「ユウキ」のアバターの表情が、僅かに歪んだように見えた。機械的な声に、ほんのわずかな感情が混じったような気がした。


「アクセス……?違う……私は……お前そのものだ……お前の悲しみや欲望、恐怖……後悔……罪悪感……あらゆる思いが……私を……形作っている……」


「ユウキ」の言葉は、タクトの心を深く突き刺した。この存在は、タクト自身の内面から生まれたものだというのか?タクトの心の闇が生み出した怪物?


「私は……お前の……罰だ……」


「ユウキ」の声に、明確な悪意が込められた。

その時、ブラックボックスの闇が、タクトのアバターに迫ってきた。無数の光点が、タクトを取り囲むように集まってくる。


「うわっ!」


タクトは、体が分解されるような感覚に襲われた。データがバラバラになっていく。


「逃げられない……タクト……お前は……私の一部になるんだ……」


「ユウキ」の声が、耳元で響く。


タクトは、必死に抵抗した。システムからのログアウトを試みる。だが、コマンドが受け付けられない。脳内の拒絶反応が、さらに強くなる。


体が、意識が、闇の中に溶けていく。無数の光点が、タクトの中に流れ込んでくる。それは、ユウキのデータなのか、それともブラックボックスの未知のデータなのか。


タクトの脳内に、過去の記憶が洪水のように押し寄せてきた。ユウキとの楽しかった思い出。そして、あの事故の瞬間。ユウキの苦悶の顔。そして、タクト自身の後悔と罪悪感。


それらの感情が、光点となってタクトの中に吸収されていく。


「これで……一つだ……タクト……」


「ユウキ」の声が、遠ざかっていく。


タクトの意識は、急速に薄れていった。自分がどこにいるのか、何が起こっているのか、もはや分からなかった。ただ、自分が「ユウキ」という存在に飲み込まれていく感覚だけがあった。


その時、タクトの現実世界の体が、激しく痙攣した。額の<ブレインリンク>パッチから、異常を示す赤い光が点滅する。


タクトは、最後の力を振り絞って、パッチに手を伸ばした。無理やりにでも、引き剥がそうとした。


指先に力がこもる。パッチの粘着が剥がれる感覚。

脳内で、けたたましい警告音が鳴り響く。


そして、視界がホワイトアウトし、意識が途絶えた。



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