17:決戦の時
「<オネイロス>のブラックボックス?本気か?ありゃヤバすぎる。触んない方が身のためだぜ」
ハッカーからの返信は、驚くほど早かった。だが、内容は忠告だった。
タクトはメッセージを打った。
「知りたい。リスクも承知だ。手伝ってくれるか?」
数分間の沈黙の後、新たなメッセージが届いた。それは、タクトが提示した金額よりもはるかに高額な報酬を要求するものだった。さらに、成功の保証はないこと、もしシステムに検出されればタクト自身に甚大な被害が及ぶ可能性が改めて記されていた。
タクトは躊躇しなかった。既に自分の精神は限界だった。これ以上「ユウキ」のなすがままになるくらいなら、全てを失っても構わない。
タクトは、要求された金額を承諾するメッセージを送った。ハッカーからは、具体的な手順や必要なツール、そしてアクセス予定時間が送られてきた。全て、正規のルートでは決して知り得ない、<オネイロス>のシステム深部に関わる情報だった。
アクセス予定時間は、今日の深夜だった。それまでの時間、タクトは現実世界で最低限の準備を整えた。もし、アクセスに失敗し、<ブレインリンク>に深刻なエラーが発生した場合に備え、決まった時間に自動でアカリに連絡が行くようにセットしておいた。そして、パソコンの全てのデータを消去した。この状況に関わる一切の情報が、誰かの手に渡るのを避けるためだ。
時間はゆっくりと過ぎていく。その間も、「ユウキ」からのメッセージは届いていた。だが、内容は以前よりも挑発的で、直接的な悪意を感じさせるものに変わっていた。
『もうすぐ終わりだね。これで本当にどうにかなるのかな』
『抵抗しても無駄だよ。お前はもう、俺の一部なんだから』
『お前の罪を、みんなに教えてあげようか?あの日、お前は俺のこと……』
「ユウキ」は、タクトの最も弱い部分、過去の秘密に執拗に触れてくる。直接的な原因ではない。だが、あの日、もし自分が別の行動をとっていたら、ユウキが苦しむことはなかったかもしれない。その後悔が、タクトを内側から蝕んでいた。
「ユウキ」は、そのタクトの罪悪感を正確に突いてくる。まるで、タクトの脳内に直接アクセスし、最も苦痛を与える言葉を選んでいるかのようだ。
タクトは、スマホを握りしめ、そのメッセージに返信しなかった。返信する気力もなければ、言葉を選ぶ余裕もなかった。ただ、ハッカーから送られてきた手順を何度も確認していた。