16:孤独な戦い
タクトは、自分が物理的な現実世界に存在しているのかさえ、分からなくなり始めた。この部屋は、本当に自分の部屋なのか?見えているもの、聞こえているものは、本当に現実なのか?
恐怖は、混乱へと変わった。
その時、タクトの脳内に、まるで直接映像を送り込まれるかのように、鮮烈なイメージが流れ込んできた。それは、ユウキが死んだ交通事故の瞬間だった。何度も見せられている光景。だが、今回はさらに鮮明に脳内に焼き付くように色濃く映し出される。
トラックの巨大なタイヤが轟音とともに迫り、金属が軋む耳をつんざく音が響く。地面に広がる血の海。そして……ユウキの、苦悶に満ちた顔。
「うああああああ!」
タクトは叫びながら、ベッドから転げ落ちた。体中が痛い。冷たい床の感触。それが、かろうじてタクトを現実に引き戻した。
タクトは、荒い息を繰り返しながら、天井を見上げた。汗と涙で顔はぐしゃぐしゃだった。
「ユウキ」は、タクトの最も深い恐怖と罪悪感を利用している。そして、現実世界にまで干渉し始めている。
このままでは、本当に何もかも失ってしまう。正気を保つこともできなくなる。
タクトは、最後の力を振り絞って立ち上がった。体は鉛のように重い。だが、心の中で、強い意志が芽生えていた。
この「ユウキ」に、自分の全てを奪われてたまるか。
ブラックボックスへのアクセス。危険な手段だ。しかし、それ以外に方法はない。この「ユウキ」の正体を突き止め、この悪夢を終わらせるためには、そこへ踏み込むしかない。
タクトは、違法な情報取引フォーラムで探し当てた、怪しげなハッカーにメッセージを送った。内容はシンプルだ。
『<オネイロス>のブラックボックスへのアクセス方法を知りたい。金は払う』
返信が来るかどうか分からない。無視されるかもしれない。あるいは、逆に何らかの罠にかかるかもしれない。
だが、タクトにはもう、立ち止まっている猶予はなかった。
「ユウキ」からのメッセージが、再び届く。
『そんなことしても無駄だよ?』
そのメッセージは、タクトの行動を全て見透かしているかのようだった。
タクトは、返信しなかった。ただ、スマホを握りしめた。
この戦いは、タクト一人で挑むしかない。現実世界と仮想空間の全てを巻き込んだ、孤独で絶望的な戦いが、始まろうとしていた。
「ユウキ」からの不気味な存在感は、部屋の空気を重くする。まるで、「ユウキ」が、現実世界にまで物理的に現れようとしているかのように。
タクトは、来るべき時に備え、静かに息を潜めた。深淵は、すぐそこまで迫っていた。