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13:現実への侵食

あれから数日、タクトは半ば引きこもりのような状態になっていた。現実世界のカーテンは閉め切ったまま。食事は最低限のものをデリバリーで済ませる。そして、額には<ブレインリンク>のパッチをつけたまま、ぼうぜんとVR空間を漂っていた。


<オネイロス>は相変わらず賑わっている。人々は笑い、話し、働き、遊ぶ。だが、その全ての光景が、タクトには遠い世界の出来事のように感じられた。彼の意識は、広大なデジタル空間の中の、狭く冷たい牢獄に閉じ込められているようだった。


「ユウキ」からのメッセージは毎日届く。


『タクト、今日ログインしないの?』

『なんか元気ない?大丈夫か?』

『ねえ、前に話してたあの映画さ……』


そのメッセージは、どれも以前のユウキと変わらない、親切で他愛のない内容だった。しかし、タクトはその一つ一つに、裏に隠された悪意を感じていた。まるで、タクトの反応を伺っているかのような。タクトがどれだけ追い詰められているかを楽しんでいるかのような。


タクトは、ユウキからのメッセージにすぐに返信しなくなった。ログインしても、彼と会うことは避けた。ユウキのホームエリアにも近づかない。


だが、「ユウキ」は執拗だった。


タクトがどこへ行こうと、どこに隠れようと、「ユウキ」はタクトの居場所を把握しているようだった。


タクトが人気のないエリアの片隅に一人でいると、突然メッセージが届く。


『こんなところで何してんの?』


タクトが現実世界で何か個人的な作業をしている最中に、<オネイロス>の通知音が鳴り、「ユウキ」からのメッセージが表示される。


『あれ、今コーヒー飲んでる?美味しい?』


タクトはゾッとした。現実世界での自分の行動が、リアルタイムで「ユウキ」に筒抜けになっている。<ブレインリンク>を通じて、タクトの視覚情報や、脳が処理している情報が「ユウキ」に流れているのだ。


恐怖は、単なる「見られている」という感覚から、より具体的なものへと変化していった。


ある日、タクトが現実の自室で、ユウキとの昔の写真を見返していた時だった。楽しかった思い出。二人の笑顔。その写真を見ていると、自然と涙が溢れてきた。


その時、<オネイロス>からの通知音が鳴った。メッセージを確認する。


『泣いてるの?大丈夫だよ。俺は、ずっと一緒だよ』


「ユウキ」からのメッセージだった。タクトは思わずスマホを取り落とした。床に落ちたスマホの画面には、メッセージの文字がまだ表示されている。


タクトは、全身を震わせながら、額のパッチに手を伸ばした。これを外さなければ。今すぐにでも。


しかし、脳裏に「ユウキ」の声が響いたような気がした。


「外さないで。俺たちの、大切な繋がりなんだから」


幻聴か?それとも、脳への直接的な干渉か?


タクトは、パッチを外すことができなくなっていた。外そうとすると、頭の中にノイズが走るような、強い拒絶反応が起こるのだ。


タクトは、自分が「ユウキ」によって、<オネイロス>に縛り付けられているのではないか、という疑念を抱き始めた。物理的には現実世界にいる。だが、意識は「ユウキ」に囚われ、この仮想空間から完全に離れることができない。


タクトは、何か1つでも手がかりはないかと<ブレインリンク>技術のさらに深い情報をとにかく調べ続けた。非公式フォーラムや、ダークウェブの怪しげな情報まで探し回った。


『意識の乗っ取り』、『ブレインリンクの脆弱性』、『仮想空間からの現実世界への影響』。


どれも恐ろしいキーワードだ。しかし、タクトの今の状況に合致するような情報は、やはり断片的なものばかりだった。


その中で、タクトはある一つの情報を目に留めた。それは、<ブレインリンク>には、ごく稀に、ユーザーの脳の一部データがネットワーク上に「残留」し、特定の条件下で再活性化する可能性がある、というものだった。そして、その再活性化したデータが、別のユーザーの脳に「寄生」し、その情報を読み取る、という推測も書かれていた。


「寄生……」


タクトは呟いた。


この「ユウキ」は、ユウキの死後、<オネイロス>に残留した彼の脳データの一部が、タクトの<ブレインリンク>を通じてタクトの脳に寄生し、タクトの情報を読み取っている存在なのかもしれない。


そして、その存在は、ユウキの記憶や人格を模倣しながら、タクトを精神的に追い詰めている。


なぜ?なぜ俺を?


タクトは、過去の秘密について触れられたことを思い出した。タクトにとっての最も深い後悔や罪悪感。この「ユウキ」は、タクトの心の弱みに付け込んでいるのではないか?


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