12:覗かれる記憶
ホラーエリアの探索中、ユウキはその後も何度か、タクトしか知らないはずの情報を口にした。それは些細なことだったり、タクトが過去に誰にも話したことのない恥ずかしい出来事だったりした。その度に、タクトの心臓は嫌な音を立てた。
ユウキは、タクトの反応を楽しんでいるようにも見えた。タクトが驚いたり、動揺したりするのを見て、僅かに口元を歪ませる。それは、以前のユウキにはなかった表情だった。
タクトは、この「ユウキ」が、単なるシステムのエラーや幻覚ではないことを確信した。彼は、タクトの脳内の情報にアクセスし、タクトの恐怖や動揺を引き出すことを楽しんでいる。
この存在は、本当にユウキなのだろうか?それとも、ユウキの死を利用して現れた、何らかの悪意を持った存在なのだろうか?
タクトは、もはや親友との再会という喜びは一切感じていなかった。あるのは、この「ユウキ」への深い恐怖と、自分の情報が筒抜けになっていることへの嫌悪感だけだ。
ホラーエリアを抜け出した後、タクトは震える手でユウキとのパーティーを解散し、<オネイロス>からログアウトした。
現実の自室に戻った瞬間、静寂が耳を圧迫するように感じられた。部屋の空気は冷たく、窓の外から漏れる街の雑音さえ、遠く異世界のもののように聞こえた。
タクトはベッドに崩れ落ち、スマホを握りしめたまま、<ブレインリンク>技術に関する情報を必死に調べ始めた。
公式の情報では、<ブレインリンク>はユーザーの脳波を読み取り、仮想世界をリアルに体験させる技術だとされている。だが、非公式なフォーラムや、都市伝説めいた闇サイトに目を向けると、背筋が凍るような話がいくつも飛び込んできた。
『意識の残留思念』、『デジタル・ゴースト現象』、『ネットワークを彷徨う魂』。
それらの情報は、タクトが直面している現象と、恐ろしく符合する部分があった。
もしかしたら、ユウキの意識は、彼の死後、何らかの形で<オネイロス>のネットワーク上に残留し、タクトの<ブレインリンク>を通じて、タクトの脳内の情報にアクセスしているのかもしれない。
あるいは、それはユウキの意識そのものではなく、彼の脳データの一部が、タクトの脳とシンクロすることで生まれた、新たな存在なのか。
どちらにしても、それはタクトにとって、あまりにも恐ろしい現実だった。
タクトは、額のパッチに手を伸ばした。これを外せば、この恐怖から一時的に解放される。物理的な現実世界に戻ることができる。しかし、ユウキが今度こそ本当に消えてしまうような気がして、どうしても外す気にならない。
もし、この「ユウキ」が、現実世界のタクトの行動にまで影響を与え始めたら?タクトが見聞きする情報をリアルタイムで共有し、タクトの思考を読み取っていたら?
想像するだけで、全身の血が凍り付くようだった。
タクトは、自分が深い深淵に足を踏み入れてしまったことを悟った。そして、この深淵からは、容易には抜け出せないのかもしれない。
この「ユウキ」は、単なるデジタルゴーストではない。それは、タクトの最も個人的な部分にまで侵食してくる、恐ろしい存在だった。
そして、その存在は、次に何をしてくるか、全く分からない。
タクトは、その未知の恐怖に怯え震えることしかできなかった。