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【ホラー 怪異以外】

野球部員の憂鬱

作者: 小雨川蛙

 

 僕には憂鬱なことが二つある。

 いや、あったと言った方が正しいか。


 一つは僕の親友のこと。

 親友は僕と違って野球をしていないし、大人しくて本ばかり読んでいるような男の子で、おまけに身体つきも小さい。

 そんな姿形と性格のせいか彼はクラスにいる五人の虐めっ子達のターゲットにされていた。


 僕はそんな光景を目にすれば止めに入った。

 僕は部活で野球をしているから他の生徒と比べてずっと身体つきも大きい。

 おまけに僕は自分で言うのもなんだが明るくて朗らかな方で、クラスの中でも所謂人気者であると思う。


 心無いクラスメイト達は人気者の僕が疎まれ者の親友と一緒にいるのはおかしいなんて言ってきたこともある。

 僕はそんな言葉をいつも無視した。

 僕にとって親友は何があろうとも親友だから。

 そしてその事に親友も感謝してくれていたのは間違いない。


 これが一つ目の憂鬱。

 だけど、もう解決した憂鬱でもある。




 さて二つ目の憂鬱について。

 それは親友を虐めていた四人の虐めっ子達がこの一ヵ月の内に全員殺されたということ。


 犯行は共通してナイフで背中をめった刺しにされるというもの。

 その傷の付き方から逃げる彼らを犯人は後ろから刺したのではと言われている。


 僕を含めて学校の児童にとってはこの事件は恐ろしくて仕方ないものだが、僕にとっては別の理由がある。

 だけど、その理由は僕にとっては到底受け入れ難いことだし、何よりその理由を考えることは僕にとって親友を疑うことにも繋がる。

 だからこそ、僕は必死に思い浮かぶ理由を振り払おうと躍起になっていた……のだが。


「ねえ。悪いけど、今日さ。僕の代わりに荷物を受け取ってきてよ」


 部活終わり、

 いつも必ず一緒に帰っている親友がこのような提案するのは今回で五回目だ。


「……荷物?」

「そう。お母さんから頼まれていてさ。あの時計屋にお父さんの修理依頼を出していた時計を引き取りに行ってほしいんだ」


 そして、このお願い内容もこれで五回目。

 荷物の引き取りは勿論、時計の引き取りという内容さえも。

 だけど、僕は自分の心中にある問いかけを口に出せない。


『そんなに時計を修理してるの?』


 なんて当たり前の疑問を決して。


「分かった」

「ありがとう。十七時までに受け取りだから急いで行ってね。近道を使わないと遅れちゃうよ」


 近道。

 それは幼い頃に僕と親友が見つけた路地裏でそこを抜けるとまるで指示したように時計屋に辿り着く。

 圧迫するような両脇の壁が天然の道を作っているこの場所は、一度入ったら前に進むか後ろに戻るかの選択肢しかない。

 そう。

 この場所に一度逃げ込んだなら前へ抜けるしかない。


 部活帰り。

 親友と別れた僕はバットを背負いながら路地裏を歩く。


 夕日が傾き始めたこの時間。

 ガッシリとした身体つきの僕がバットを背負っている姿が見えたなら、きっと状況によってはとてつもなく恐ろしい光景に見えるかもしれない。


 もし誰かが逃げた末にこの道へ追い込まれて必死に前に進んでいるとして、道の先にバットを持った僕が居たら恐怖するかもしれない。

 きっと、状況的に追われている存在の仲間だと勘違いするかもしれない。


 全て馬鹿らしい考えだ。

 そもそも現代社会ではよっぽどの事がない限り誰かに追われることなんてないはずだ。

 それに仮に追われるようなことがあったとしても、まず真っ先に思いつくのは助けを求める言葉を放つことに違いない。

 それこそ、追っている存在と僕との間に明確な関係があると思わない限り。


 不意に背後から激しい足音がした。

 必死に走っているような速度で。

 命を落としているような息を吐きながら。


 僕は無言で振り返る。


「ひっ!」


 背後に居た人と目があった。

 僕がその人の名を呼ぶ間もなく、その人は踵を返して来た道を、つまり追手が居るはずの道を逆戻りに走っていった。

 まるで前に進むより後ろに戻った方が良いと判断したかのように。


 僕は努めて何も考えないようにして道を抜けて時計屋へ行った。

 その時計屋はもう三ヵ月も前から閉店していた。

 その事を僕の親友が知らないはずもない。

 知らないはずもないのだ。

 僕も彼も。




 翌日。

 親友を虐めていた最後の虐めっ子の一人が殺されたと知った。

 今までの四人と同じように、親友から頼みごとをされた日に。


「天罰って下るんだね」


 晴れやかな顔をしている親友。

 その顔に僕は何も言えないまま、必死に自らに言い聞かせていた。


 虐めっ子の死と僕の行動には何の因果関係もない。

 あるはずもない。

 仮にあの道を虐めっ子が『何か』から逃げていたとしても、僕はただあの道を歩いていただけだ。

 僕はむしろバットを持っていたのだから、彼らが助けを求めたならすぐにでも救えたはずだ。

 だから、僕は何も悪くない。

 たまたま虐めっ子達の死んだ日に、たまたま親友に頼まれて、たまたまあの道を歩いていただけなんだ。


 だって、そう思わないと。

 いや、そうじゃないと。

 僕は掛け替えのない親友に対し、とても失礼な事を考えていることになってしまう。


 僕は自分の内にある憂鬱を取り除こうと、今日も自分に言い聞かせた。

 だけど、疑念は生涯消えることはなかった。

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