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2話:始まりと終わり

 ◆◆◆星霜ラクティス2001年

 混沌禍神時代から20001年が経っていた。

 

 ここはとある国の結界内


 結界の内に広がるのは、どこまでも続く深緑の森、風にそよぐ草花、そしてその中心に佇む広大な湖。

 湖面は透き通るほどに澄み渡り、静かな波紋が柔らかに広がっている。

鳥たちは歌い、小さな光の粒が宙を舞い、まるでこの地そのものが生きているかのようだった。


 水辺に近づくと、涼やかな風が頬をなでる。

湖は周囲の森を映し込み、昼は青く、夕暮れには黄金色に輝く。

 木々は湖を囲うように立ち並び、その葉が作る木漏れ日が、ゆらゆらと水面に模様を描いていた。

そこに漂うのは静寂と調和――結界に守られた、穢れなき楽園の姿だった。



 静寂に包まれた湖畔。夜明け前の涼しい空気の中、銀髪の坊主頭の少年の声が響き、それに重なるように、オレンジ色の髪が朝焼けの光を映しながら揺れる少年の声が続いた。


「エリオ!! はやく魚釣るぞ! 誕生日はごちそうだ!」

「……兄ちゃん、そんなに大きな声を出したら魚が逃げるよ」


 サクは笑い、「そうだな!!」と元気よく呟いた。


 そんな何気ないやりとりに、どこか温かい気配が重なった。

 奥から、静かな足音が近づき、長い銀髪が月光に揺れる美しい女性―母・セレナ・ギガンディールが現れる。


「たくさん釣れたかしら?」

「今休憩中だよ母さん」

「ママたくさん釣れたよ」と、愛情あふれる声が交わる。


 釣れた魚の中には、金サバや銀鮫も混じり、この湖は純粋な自然エネルギーに満ち、商人が知れば高値で買うほどのの美味しさを誇っていた。

 二人はしばらく釣りに励んだ後、母とともに家路についた。


 家では、固く鍛え抜かれた半裸の赤髪の男――父、アラン・ギガンディールが火の準備をしていた。

「お前たち、釣れたか?」と、古びた家の軋む音と共に低い声が響く。

 答えを待たずとも、その目には大漁の証が映り、サクとエリオは尊敬する父にただ黙って頷いた。

「お父さんこれでうめえもんたくさん作ってな!!」


「あぁ。楽しみにしてろよ...ハッハッハッ!! 明日で13歳か...寂しくなるな...」


 ――――誕生日当日


 いつも通り、カエルの鳴き声で目覚めた朝。しかし、今日の朝はいつもとは違った。

外は大雨に見舞われ、エリオは眠りに甘んじていた

「おい、エリオ! 今日は誕生日だぞ、起きろ!」

サクは弟の体を揺さぶりながら、楽しげな声を上げる。


 今日は特別な日。ただの記念日ではなく、13歳という重要な節目を迎える日だ。

この年齢になると、一族の伝統に従い、神殿へ赴いて【自然エネルギー】を授かる儀式を受けることになっている。


 自然エネルギー――それは生命と大地、空、海、山に流れる「根源的な力」。

 古の時代より、人々はこの力と共に歩み、それを糧にして生きてきた。


 このエネルギーは「月」「太陽」「森」「大地」「風」「海」「雷」「宇宙」という【八大元素】の形をとり、受け継ぐ者によって異なる力へと変化する。

 そして今日、エリオ、サク、その力の一端を手にすることになるのだ。因みに魔法は魔力があれば、だれでも扱える。エリオは主に光の魔法を母さんから教わっていたな。俺は狩りに使う身体向上魔法だ。


  サクは、エリオの寝顔に安らぎを感じながらも、今は起こす気力がなかった。今日が大切な日だと知りながらも、彼は仕方なくリビングへと足を運んだ。窓の外では、激しく打ち付ける大粒の雨と、稲妻が   空を走る中、轟雷が唸りをあげ始めていた


「お父さん、どこにいるんだ? 今日は大事な日だってのに……おーい!!」


 家中を駆け周るサクは、調理場の痕跡や、裏口のドアがヒューヒューと音を立てるのに気づく。

徐々に強まる風の音が、何かの前触れかのように感じられた。

 なんだこれ?こんな天気、始めてだ。

寒さに震えながら、サクは毛布をまとい外へ飛び出した。

 ふと空を見上げると、上空に禍々しい紋様が浮かんでいた。

サクは直感する―あそこに、きっとお父さんたちがいるのだと。


 ――――声が漏れるほどに走り出すと、二つの影が浮かび上がった。

「やっぱり、お父さんたちだ!!」

 だが、サクの目には、まるで十二の影が、不気味な姿が映る。

お父さんたちは、俺に気づき、お父さんが俺を抱き、家に、瞬く間に消え去った。


 ――――30分前――――


「いやな天気ね……」

 セレナは、禍々しい空気を肌で感じ取っていた。

「……あぁ」

 アランも同様、そしてその不安は的中した。

 上空はひび割れ、まるで嵐を呼ぶかのような禍々しい攻撃が放たれる。

 彼らは太陽と月の力で築かれた長年にわたり、作り上げた技「ルナ=ソル・セイクリード結界魔法」をいとも簡単に破ってしまった。


「アラン、約束守ってね。」「・・・あぁ」


 ——上空に、十二の影が並ぶ。


 黒き星座のごとく、暗黒の虚空に浮かぶ十二の影。

 それはただの影ではない。

 一つ一つが圧倒的な存在感を放ち、夜空そのものを侵食するかのように揺らめいていた。


 影は音もなく、だが確かにそこに "在る" 。

 まるで世界の理が逆転したかのように、重力すら歪めるような威圧感。



「……来る」


 影の一つが微かに揺れた、その瞬間——。




 アランの足元から太陽の炎が噴き上がる。それはただの魔法ではない——彼の存在そのものが、光と熱を宿していた。

 一方、セレナが手を掲げると、月光が彼女の周囲に降り注ぐ。その輝きは静かでありながら、敵の動きを封じ、空間を歪ませるように見えた。


 彼らは"魔法を使う者"ではない。彼ら自身が、神の力を受け継ぐ者だった。



「ぐっ...、やはり引き継いでおったか……」

 空から降り立ったのは、威光を放つ逆審ドゥルガ。その声は冷たく、敵意に満ちていた。

「人間風情が神の力を扱うか...」

「よぉ、降りて来いよ。ずっと見上げてて首がいてえや」

「この力は、あの日の約束のため、絶対守るわ。」


 その声と共に、空気がわずかに震えた。



「……分かっていたことだ。ならば神殿の在りかを教えよ。さもなくば、その背後の小さき者ごと葬る。」


 セレナは力を解放した、アランはサクを連れて、家にテレポートした。まるで、事前にこうなることが分かっていたかのように


 ──夜が、塗り替えられる。


 セレナの瞳が月光を映し、蒼白い輝きが彼女の全身を包み込んでいく。

 まるで天から降る銀の光が、彼女という器を満たしていくかのように。


「──滅びの月蝕ルナティック・イクリプス


 静かな詠唱が響いた瞬間、世界が変わった。


 彼女の纏う衣が神秘的な光に包まれ、夜空そのものを織り上げたかのような 蒼と白の神装 へと変化する。

 銀髪が宙を舞い、瞳は深い蒼の煌めきを宿した。

 背後には、闇と光を両立する 二重の月輪 が浮かび、空間に波紋を広げる。


 この瞬間、彼女は 人を超え、神に至る。


「……この世界の夜を、私が支配する。」


 変身後のセレナは、もはや常識の範疇には収まらない存在だった。


 月光が届く限り、この世界そのものが彼女の領域になる。

 敵が放った攻撃は、彼女に触れる前に軌道を変え、消え去っていく。

 仲間の傷は、彼女の月光に照らされるだけで癒され、力が漲る。


 ──まるで、月の神が降臨したかのように。


「『月冥なる天穹ルナ・ドミニオン』……」


 彼女が名を告げると、夜空が揺れ、無数の星が瞬いた。


 その一つ一つが 破滅の光 となり、敵へと降り注ぐ。


 だが、ただの破壊ではない。


 その光は「法則」を塗り替える。


 世界に定められた因果すらも、彼女の意のままに変えるのだ。


 ──これが、神の領域。

 そして、「滅びの月蝕」の力。


「……さぁ、取り巻きはいなくなったわ。ここからは一対一ね。」


 月の光を背に受け、セレナは静かに微笑んだ。


「ハハハハッ!! くだらんな。貴様ごときに我らの身を傷つけられるとでも?」

 逆審ドゥルガは嘲笑した。他の者たちも、それに倣うように笑う――ただ、一人を除いて。


「……一対一が望みなら、叶えてやろう。」


 その瞬間、空間が歪み、白の影が降り立つ。

 月光を拒むかのような白の羽がゆっくりと広がる。


 その姿は、まるで世界の理を嘲笑う天使。

 瞳には、神をも欺く冷徹な光が宿っていた。


「ニルハイナよ、貴様に委ねよう。生きようが死のうが、好きにするがいい。そして、女よ、お前たちが滅びたあと、ここは我が王国となる。

 それからじっくりと神殿を暴き、神の遺産をいただくとしよう。

 ……無論、お前たちには関係のない話だがな?」


 逆審ドゥルガはそう言い放ち、影の中へと消えた。



 白の影が、夜の帳の中で静かに揺れる。



 背には 八枚の翼 が広がり、そのたびに空間が軋むような圧を生む。


 彼女は、まるで世界そのものを断罪する執行者のようだった。


 ──刃を掲げる。


 その手には、常人では持つことすら許されぬほどの 巨大なクレイモア 。

 それはただの剣ではない。まるで白き神の意思を宿すかのような、鈍く冷たい鋼の塊。 振るえば空を裂き、大地をも砕く。

 一撃が、ただの斬撃ではなく、運命そのものを断ち切る かのような、絶対的な殺意を孕んでいた。


「……あなたの光では、私には届かないか...」


 仮面の奥から紡がれるのは、静かなる裁きの言葉。

 冷酷ではなく、激情でもなく──ただ淡々とした、"決められた結末" を告げる声。


 そして、その瞬間。


 八翼が大きく広がる。


 風が鳴き、世界が震える。

 白き羽が闇を切り裂き、彼女のシルエットをさらに神々しくも、恐ろしくも際立たせる。


 ──まるで。


 天より遣わされた審判の天使か。

 それとも、全てを滅ぼす終焉の使者か。


 彼女の正体を知る者は少ない。

 だが、ただ一つだけ確かなことがある。


 ──その剣が振るわれる時、誰かの"運命"が終わる。




 彼女の立つ場所だけが、まるで 世界の法則から切り離された異境 のように感じられる。

 時間が歪み、空気が沈む。

 その場にいるだけで、"己の存在が薄れていく" のを感じる。


 それでも、彼女は静かに言う。


「……アハヴィエル」


 八枚の翼が大きく広がる。

 風が巻き起こり、夜の帳が揺らめく。

 刹那、月光が彼女の剣を包み込んだ。


「...静寂の夜よ、天へ還れ──《贖罪のアポロギア》」


 銀黒の閃光が奔る。

 ニルハイナの姿が消えた──次の瞬間、セレナの目の前に現れる。


 ズブリ──ッ!


 鈍い音が響く。

 クレイモアの刃先が、セレナの腹部を貫いていた。

 剣を握るニルハイナの仮面越しの瞳には、冷徹な光が宿っている。


 だが、それだけではない。


 悲しみと、迷い。

 それらが微かに、揺れていた。


「……」


 鮮血が剣先から滴り落ち、地を赤く染める。

 セレナの膝が折れ、視界が揺らぐ。



 ―――



 アランは、サクの肩に手を置き、強く見つめた。


「……いいか?俺たちの帰りは待つな。死んだと思え!!サク...運命をたどれ...この言葉忘れるなよ」


 その声には、揺るぎない決意と、別れを悟った男の覚悟が滲んでいた。

「今すぐ神殿へ行け。そこでお前の力を手に入れるんだ……これが地図だ。湖にいるお前の友達も連れていけ。きっと役に立つ。」


「……どうしてガモのこと…」


「ハハッ、パパに隠し事できると思ったか?」


 アランは笑いながらも、その瞳には深い慈しみが宿っていた。


「そうか、ガモっていうのか。お前が名付けたのか?」


「うん。……ごめん、隠してて。」


「言うな。いいか、お前のほうが2時間早く産まれた。だから、エリオをお前が守ってやれ。」


 サクは何か言葉を探した。しかし、何を言ってもこの別れを覆すことはできないと分かっていた。


 アランはまだ話し足りない。もっと話したかった。


 サクをそっと抱きしめると、寝ているエリオの身体も優しく包み込む。


 だからこそ――


「……分かった。」

 ただ、それだけを告げた。

 次の瞬間、アランの姿は光とともに掻き消えた。


 ――――


 戦場へと戻ったアランを迎えたのは、無数の穴が穿たれた荒野だった。


「セレナァ!!」


 だが、返事はない。


 戦場に散らばっていた無数の影は消え、そこには二つの影だけが残っていた。

 その中心――


 銀翼の鍔を持つ巨大なクレイモアが、セレナの胸に深々と突き刺さっていた。


 アランは膝をつく。拳を握り締め、奥歯を噛みしめる。


「……そうか、約束……だったな。」


 かつて、アランとセレナは誓いを交わした。


『どちらかが先に果てる時、残された者はその力を引き継ぐ――』


 アランはセレナの瞳を見つめた。そこには、最後の意志が宿っていた。

次の瞬間、セレナの眼光が揺らぎ、闇に溶けるように消え――


 その力が、まるで引き継がれるかのようにアランの身に宿った。


 アランの身体が一瞬だけ光に包まれる。


 そして、彼は立ち上がると、前を見据えた。


 そこに立つのは、白の翼を広げた一人の影。


「……見てたぞ、セレナの目を通してな。」



 二人の光が交わる。

 銀白の月の輝きと、燃え盛る黄金の太陽の炎。

 本来、相容れぬはずの光が、今、この瞬間だけは一つに溶け合っていた。


 溢れるのは、怒りでも憎しみでもない。

 ――ただ、純粋な愛だった。


 セレナの静かなる光が、アランの情熱と共鳴する。


 それは、戦いを終わらせるための力。


 誰かを傷つけるためではなく、すべてを包み込み、癒やし、救うための光。


 天が震え、世界がその力を受け入れるかのように輝く。


「――《ルーメン・エテルナ》!」


(意味:「永遠の光」――決して消えることのない、愛の輝き)


 その瞬間、すべての影が消え去り、

 月も、太陽も、まるで愛の証のように優しく世界を包み込んだ。

 空に二つの光が差し込んだ。

 それは、決して壊れることのない光。


 永遠に続く、二人の想いの証だった。


 拳に愛が宿る。


 ——この拳は、燃え尽きることを知らぬ。

 何度でも、何度でも燃え上がる。

 赫耀かくようの運命よ、ここに輪廻せよ——赫陽輪廻!」


 炎の奔流が空間を焼き裂き、まるで太陽そのものが降臨したかのような熱と光が戦場を満たす。

 その瞬間、影を纏ったニルハイナの瞳がかすかに揺らいだ。


 そして彼の拳が放たれた瞬間、

 太陽そのものが地上へと降り立ち、

 すべてを呑み込む灼熱の輪が広がる——。


 ——太陽は沈まぬ。何度でも燃え上がる。


 アラン・ギガンディールの力は 太陽の神アースレイ。セレナほど、完成してなかったが

 その拳は灼熱をまとい、ただの炎ではなく 神炎 である。

 そして、その極致に至った時、彼が放つのが 「赫陽輪廻ラグナ・ヘリオス」 である。


 これは、単なる破壊のための拳ではない。

 それは 「終焉」と「再生」を同時に宿す、太陽の拳。


 ただそれで終わりではない。第二の攻撃 究極奥義:「赫陽月煌輪廻(ラグナ・ルナ=ヘリオス)」


 アラン・ギガンディールの 太陽の力 と、セレナ・ギガンディールの 月の力 が融合したとき、新たなる神威が生まれる。「神威」それは、神を模倣した力


 この技は、灼熱の「赫陽かくよう」と静寂の「月陽げつよう」が 対極のエネルギー として共鳴し、

 宇宙すらも震撼させる 太陽と月の輪廻の拳 となる。


 身動きできない、ニルハイナに向けて直接、腹にねじ込んだ。「ここで終わりだ、ニルハイナッ!!」


 轟音と共に、純粋な破壊のエネルギーが炸裂した。


 時が止まったかのような一瞬――いや、実際にこの空間の時間が歪んでいた。

 光と闇、陽と月が交わるその一撃は、理そのものを破壊する"運命の拳"。


 ニルハイナの仮面に亀裂が走る。

 八枚の漆黒の翼が激しく震え、黄金の羽が空へと散る。

 圧倒的な力に貫かれた身体が、まるで魂ごと砕かれるように軋み、咆哮とも悲鳴ともつかぬ音が漏れた。


「……っ」


 ニルハイナの眼光が、一瞬だけ揺らいだ。

 それは――それは まるで笑っていたかのように


 次の瞬間、赫陽と月陽の光が膨れ上がり、彼女の身体を中心に爆発する。

 閃光が世界を包み込み、すべてを飲み込んだ――。


 アランの身体は、すでに限界を迎えていた。


 赫陽と月陽――二つの神々の力を極限まで引き出した代償は、あまりにも大きい。


「セレナ……やっと……あとはあの二人に……」


 彼の足元が崩れ、膝が折れる。

 血の滲む唇からかすれた息が漏れた。


 ドクン……ドクン……


 心臓が、最後の鼓動を打つ。

 だが、それは次第に遅く、弱くなっていく。


 視界の隅で、ニルハイナの姿が揺らいだ。

 仮面が砕け、彼女の素顔が露わになっていたが――もはや、それを確認する余力すらない。


 アランの世界は、ゆっくりと闇に包まれていく。


 ――まるで、永遠の夜のように。


「……サク……エリオ...この世界の命運はお前たちに...」


 そう呟いた瞬間、彼の意識は完全に途切れた。

 アラン・ギガンディールの身体は、その場に崩れ落ち、静寂が訪れる。


 彼の魂は、もう二度と戻ることはなかった。


 一方、ニルハイナは――まだ生きていた。


 赫陽と月陽の融合した究極の一撃をその身に受けながらも、完全に消滅することはなかった。


「……が、はっ……」


 白の大剣――巨大なクレイモアを杖のように地面に突き立て、ニルハイナは朦朧とする意識の中で立ち上がろうとする。


 腹部には、深く抉られた傷が残り、赤き神血が地面に滴り落ちていた。


 彼女の仮面は砕け、素顔が露わになっていた。

 だが、その顔を覆う白の髪が揺れるたび、彼女の瞳に宿るものがはっきりと見えてくる――


 震える指先が、血を拭おうとするが、傷口は再生しない。

 天使でありながら、その力のほとんどを削がれ、もはや瀕死の状態。


 それでも――彼女はまだ生きている。


「……」


 淡く滲む涙が、頬を伝う。


 夜空には、ただ静かに月が輝いていた。

 風が吹いた。


 月と太陽が輝いていた、この戦場で、ただ一人、ニルハイナだけが取り残される。

 彼女の八枚の翼は、もはや光を帯びることなく、血と闇に染まりながら、静かに震えていた。


 ―――終わりと始まり



 気が付けば雨はやみ、すべてが静まり返っていた。


「きっと、やっつけたんだろう……」と、心の中でただ信じるしかなかった。


 しばらくして、エリオが目を覚ました。

「兄ちゃん、おはよ……どうしたの、そんな慌てて?」


 俺はエリオにしっかりと抱きついた。「よく聞け、今すぐここからを出るぞ。神殿に行く。」


 戸惑いと不安が入り混じる中、サクの手は力強く握られ、でかい背中に頼りながら何も言えなかった。


 誰も追って来なかった……きっと、全てをやっつけたんだろう。


 神殿の在りかは、湖の近くの大木に隠された隠し扉を抜けた先、山を越えたところにあるらしい。外は危険だらけ。慎重に行かないとな。


 サクは懐から、一枚の地図を取り出した。

 それは父——アラン・ギガンディールから託されたもの。


 羊皮紙には、結界の出口と神殿の在りかが記されている。


「これがあれば間違いなく行ける。」


 そして、湖にある大木にたどり着いた。


「おい、ガモ、いるか? 出て来い」


 呼びかけに応じるように、湖のほとりから小さな影が跳ねた。

 藍色の毛並みを揺らしながら、ガモが駆け寄ってくる。


「なぁ、どうなってんだ!? ここは安全じゃなかったのかよ!」


 ガモの焦った声に、サクは短く答えた。


「話はあとだ。まずは扉を探す」


 彼は再び地図を確認し、視線を巡らせる。

 やがて、大木の根元に小さな祠を見つけた。


 苔むした石の祠——

 その奥、ひっそりと佇む石像の裏に、隠された扉があった。


「ここか……」

 二人は息を飲んだ・・・


 サクは深く息を吸い、ゆっくりと扉に手をかけた。


 軋む音とともに、闇が口を開く。

 中はひんやりとした空気に包まれ、かすかなそよ風が吹いていた。


「エリオ、魔法で照らせるか?」


 サクの声に、エリオはそっと頷く。

 静かに手を掲げ、魔力を込めた。


「……わかった。光よ 導け——ルーメン!」


 瞬間、淡く温かな光が床を満たし、周囲を照らし出す。

 壁には古の文字が刻まれ、長い時を経た石造りの回廊が奥へと続いていた。


 二人は慎重に足を進める。


 やがて、遠くに微かな光が見えた。

 それは、結界内とは違う、まったく新しい輝きだった。


 そして——その向こうに待つのは、未知の世界。






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