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SF世情余話『乱エボ』  作者: ジェイのすけ
一、行商の老婆(2)
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焼け焦げた英雄

 焼け焦げた英雄 




 ちょうどそれと同時刻ごろ、つまり栄作が三代子ちゃんの電話応対の独奏に聴き入っていたころの話である。東京湾の海上にそびえ立つ『東京メソッド・マリンシティ』のとある片隅で、一体の人間の焼死体と“あるもの”が発見された。

『東京メソッド・マリンシティ』という都市型巨大建造物は、東京湾の海上に、十年前ある重要な意味を持って新設された人工海上都市の正式名称のことである。

 無論、このようにだらだらと長い正式名称を住民や一般市民が好むわけなどなく、いつしか別の愛称で呼ばれることとなった。大体察しは付くだろうが、『東京メソ』とか『メソッコ』……のような呼びやすく庶民的な匂いのするものである。

 メソッコという呼び名は、昔から江戸前で獲れる百グラム前後の小さな穴子の『メソ穴子』に由来しているらしい。

 いわゆるその昔、江戸前寿司というものは、東京湾、いわゆる江戸前で獲れたネタを使用した事からそう呼ばれていた。現在は日本各地のみならず、世界各国で獲れた魚介類を使用したとしても江戸前寿司と呼ばれたりする。……のだが、そんなこだわりにちょっぴり皮肉を込めて名付けたくなるのが庶民感情というもの。やはり江戸前に建設された海上都市なれば、必然的に江戸前になずらえて呼びたくなるところが地域性というものなのだ。てなわけで、『東京メソッド・マリンシティ』などと横文字中心の小洒落たネーミングよりも『メソッコ』などというくだけた呼称のほうがしっくりくるものなのだそうだ。

 まあ、なぜ“穴子”のように長くニョロニョロしたものが引用されたのかはさておいて、前述したとおり『東京メソッド・MC』は東京湾内に建設された人工のフロート型都市建造物であるわけだが、この東京の外観さえも一変させるような巨大建造物は、そもそもある重要価値資源を国有化するために、要塞として建てられたものなのだそうだ。

 外観はいわば、テレビのニュースなどでよく見かける海上石油プラントの増大版のようなもので、その面積は東京国際空港(羽田空港)の敷地の約三倍近くある。それは東京都でいうところの杉並区の面積にほぼ匹敵する程のものであり、そこに官公庁の役人や一般の商社マン、技術者などが始終出入りしている。

 最近では、それに付随して観光都市化を図り、今や巨大ホテルや巨大アーケードを組んだ商業施設などが居を構えるようになった。無論、海流や海産物資源に少しでも配慮するために海面より二十メートルほど高く基盤が建設されたわけだが、それでも以前の海運や漁業などへの悪影響は否めなかった。その悪影響を鑑みても国家的な利益を図って推し進めなければならなかったのが『東京メソッド』の存在意義なのだ。


 その存在意義については追い追い後述することにして――

 つい今しがたメソッコのとあるホテルの一室で一体の人間の焼死体とあるものが発見された、と通報があったのだ。

 従来の管轄であれば、警視庁や海上保安庁などが事件を受け持つはずであったが、現在の『メソッコ』は、日本政府管轄の特別行政自治区に区分されていることもあり、ここでの警察活動は警察庁直轄東京メソッド南エリア方面本部刑事課第六係が取り仕切る事となった。

 その日は暦の上で季節の変わり目ということもあって、海上だというのにどこからともなく秋草の香りのようなものが内陸の方から漂っていた。別件の捜査中に本部から連絡を受けた山下刑事と神谷警部補は、技術者などが多く住まう大字エリア32地区から、問題の焼死体と“あるもの”が発見されたホテルがそびえ立つ繁華街エリア14地区へと向かっていた。

「とうとうこの時期になって六係のヤマが増えてきてしまいましたね」

 海上都市上に張り巡らされた幾重にも幾重にも連なるオニオンリング状のハイウェイは、猛然と駆け抜ける海風をまともに受けてしまうので、車の運転には細心の注意が必要だった。この警察車両を運転する若い刑事も肩に力が入りっぱなしである。しかし、こちらに徴集されて二年以上が経っているせいか、それなりにコツはつかめて来ている。彼は、自治区新設の非常徴集を受けてこちらのメソッド南方面本部刑事課第六係付けになったわけだが、こんなものが建設されなければ、今頃地方公務員のまま、地域課交番止まりの警察官のまま、日々過ごしていたのかもしれない。

「まあ、そう言わんでくれたまえ、山下君。このヤマは事実上の必然に過ぎんのだからな」

「はあ、ということは、僕がこちらに徴集されるのも必然だったというわけでしょうか……」

「うん、まあ、そうとも言えるかもしれんな。……人生など、一言で表せばそんなものだよ」

 運転席の若い刑事より比較的小柄でずんぐりとした体格の老齢の刑事は、しわ深い顔を崩しながら渇いた笑みを投げかけると、車窓の開閉ボタンを少しだけ押した。そしていつものように胸ポケットからハイライトを取り出そうとする。しかし、胸ポケットに愛用の煙草がないことに気づくとハッとし、クスクスと苦笑いをしながら五分刈りの頭を恥ずかしそうに撫でまわした。ちょぼちょぼと白いものが混じった頭部がほのかに上気している。

「あれ、ガミさん。いつお辞めになったんですか?」

「いや、ほら、私が山下君と組むようになった頃だよ」

 血色のよい筋肉質の体を揺らしながら、山下刑事は神谷警部補のつかみどころのない表情に食いついた。

「もう、冗談はよして下さいよガミさん。第六係ダイロクにそんなヤワなことをいう奴はいませんよ。強いて言えば、バリバリのキャリア組みである梅島係長ぐらいじゃないですか。ダイロクが扱うロボット犯罪に、健康がどうたらなんていっていたら、やってられませんよ」

「ハッハッハッ、それは冗談だがね。……しかしね山下君、体は労わってやらねばいかんよ、労わってやらねば。いつどんな時でもそれが基本だからね」

 神谷警部補は第六係のみならず、南エリア本部の老賢人と呼ばれるほどの味わい深い笑みを見せる。山下刑事は、つい去年の神谷夫人の葬儀に参列した際の老賢人の表情を思い出す。あの時、神谷警部補は誰とも一言も話さなかった。話した所を見なかった。ただ葬儀に参列してくれた人に深々と頭を下げ、生前お世話になった方に礼を尽くしていた。東京メソッドに配属される前は、神奈川県警の老賢人として名を馳せていた神谷警部補である。その評判を元にメソッコに徴集され、ロボット犯罪に追われる毎日に神谷警部補は夫人の病に気づくことはなかった。そして気づいた時にはもう……。

 山下刑事が徴集された二年前は、神谷警部補は神奈川県の病院と東京メソッドの往復が繰り返されていた。娘が一人いるらしかったが、その彼女も数年前に行方不明になったという。この警部補は老賢人と呼ばれるほどのすご腕捜査官の評判とは裏腹に、名状しがたい十字架を背負いながら生きている。山下刑事は常々思うところがあった。俺のような若造が、この先どんな顔をしてこの人と接してゆけばよいのだろうか、と。



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