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SF世情余話『乱エボ』  作者: ジェイのすけ
一、行商の老婆(1)
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非情のベルを鳴らすのは誰だ

 非情のベルを鳴らすのは誰だ


 

 その電話のベルが鳴ったのは、午後の一時半を少しばかり回った辺りの事だった。

 普段から会社の事務所になど居座る事のない栄作は、こういったシンとして時間の起伏が感じられない中での作業に慣れておらず、一つの記事をいい具合に書き上がるか書き上がらぬかの段階になると、当然のように集中力を欠き、まるでお約束ごとのように思考停止に陥った。

 そこで栄作はつたない経験則などを存分に駆使し、ああなるほど、こういう時は、両腕を天高く突き出し、椅子の背もたれに仰け反るようにして大あくびをかけば、それなりに学生時代のように気が紛れるし、よい文章もそれなり浮かび上がるというものだ、という、いつものように安易な錯綜にふけるのだった。それなりの栄作のことであるから、先ほどの高科との気まずいやり取りも、のどもと過ぎればどこ吹く風、というわけなのかもしれない。


 そんな中、唐突に十ある電話回線のうちの一つの赤ランプが光り出し、半秒遅れで固定電話機の電子音が鳴り出した。すると当然のように、

「はい、お電話ありがとうございます。空為そらなり銀河物産株式会社、奥田がお受けいたします」

 と、いつものように三代子ちゃんのハキハキした応対が営業部内に響き渡る。

 およそ面積にして二十坪ほどの、それなりの広さを持つ営業部内である。……はずなのに、その三代子ちゃんの声と言ったらそりゃもう元気一杯愛嬌百万倍の力強さで部内を席巻する。これも彼女からしてみればお約束事である。が、普段から外回りをしている栄作からしてみれば、物珍しさに度肝を抜かれ、さらに妙に艶っぽい彼女の声色に眠気もぶっ飛ばされざるを得ないほどに魂を抜かれてしまうのである。

 いやいや、確かに噂には聞いていたが、そんな彼女なもんだから、言葉を二、三やり合えば“かん違い”を起こす男が増え続けてしまうのもやむを得ないな……と栄作である。大体において、それなりに付き合いの長い彼からしても、この同じ部屋に二人だけ、というシチュエーションにすら拙い妄想が錯綜してしまう程なのだ。若さゆえのなんとやら……である。事実、彼女は女性と言う概念すら超えてしまうほど、崇高かつ魅力的な存在であるのだから。でも、でも。でもでもでも……

 いやいや、いやいや、それじゃいかんいかん、と栄作は、歌舞伎演目の連獅子よろしく、芝居がかった暗示を言い聞かせるかのように大袈裟にぐるんぐるんと首を振り回してみたりするのである。さらに、大きく三回深呼吸などしたりして、やっとの思いで心をなだめると、すぐさま端末に向き直るのだ。

 耳を澄ませば、彼女の滑らかで膨らみのある応対は、未ださらに滑らかさを増し延々と続いているようだ。そのヴァイオリンの独奏にも似た演目を彼は耳にしながら、いわんや聴き入りながら、若さ溢れる勢いでキーボードを叩き続けるのである。

 しかし、そこで彼はふと思う。いつまで続くんだ、と。やたら長い。長いのである。その演目というものが――。

 

 栄作がそれなりに勤務するそれなりの会社『空為そらなり銀河物産株式会社』というところは、今日びの会社と同様、顧客の注文などはインターネットを介し、電子メールなどで受け付ける様式が主である。その他は、ファクシミリ注文や、営業社員の直接の受付などが多くなってはいるが、会社創設の黎明期である古い顧客などは直接電話でやり取りなどしたりする。企画製造と、中間流通を主だった生業としているだけに、個人のお客様から入る電話は、商品に関する問い合わせかクレームが多くを占める。今現在、三代子ちゃんが対応しているのもその類いのものだと栄作は推測済みである。

(それにしても、長いな……)

 栄作は思った。あの噂の三代ちゃんが、こうまで対応に追われるなんて……。

 確かに最近、クレーマーなる人々が“うち”の商品にやたらイチャモンなどつけて喜んだり、挙げ句淋しさなど紛らわしたりする傾向がある。そういった人も増えてきたと聞く……と栄作である。が、しかし、彼女はそういった対応にもかなり慣れている存在だし、そういった末端の方々をもなだめすかす技量も最高だ、と彼は同僚からの噂を介して耳にしている。もっとも“奥田三代子”の不思議な魔術にかかれば開かぬ扉などない、とあの気難しい老社長でさえ言わしめた程なのだ。

 栄作はおもむろにキーを叩くのを止め、ふと我に返り、フロアの中央部に掲げられた大きな丸時計に目を向けた。

(うそっ? とうの昔に二時半を越えているじゃないか……)

 気がつけば、三代子ちゃんの独奏は、通常のハ長調から、淋しいイ短調に大きく様変わりし始めていた。

 

 


  




 

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