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SF世情余話『乱エボ』  作者: ジェイのすけ
一、行商の老婆(1)
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アイドルの生い立ち

 アイドルの生い立ち




 三代子ちゃんは、栄作んところの会社の看板娘である。いつもにこにこ愛嬌があり、人なつっこい笑顔が特徴的なのだ。

 他にも事務員として従事している若い人妻社員の喜屋武木立きゃんこだちさんや、経理担当のベテラン女史、結城尚美ゆうきなおみさんなど、どっかりと腰を据えて日々女に磨きをかけている女性陣もいるこたぁいるが、どうしても彼女の愛嬌に遠慮しがちなのはご愛嬌。

 なんせ当の三代子ちゃんときたら、誰にでも人当たりが良くって笑顔一杯に優しい言葉を振りまくもんだから、女性慣れしない男が二、三言葉を交わすだけで、たちまちカン違いを起こさせてしまうなんてこともめずらしくない。彼女は、古来より語り継がれているような謎を秘めた妖しい魔女にも匹敵する、恐ろしい魅力を秘めている。

 本来こういった女性ならば、たちまち他の女性陣の反感を買い、嫌味を言われ、いらぬ嫉妬攻撃など受けてしまうもの。なのだが、彼女に至ってはそれがない。それどころか他の女性にまで可愛がられてしまうというのだから、さすがにびっくらたまげたものである。まあ、他の事務員の女性たちも風変わりなところがあるといえばあるのだが。

 そんな奥田三代子ちゃんは、当の物語の主人公である栄作のひとつ年下にあたる。しかし、彼女は栄作の先輩社員に当たる。なぜなら、三代子ちゃんは栄作よりも断然社歴が長いのだ。

 というのも、彼女はそもそも幸せ一杯夢一杯の普通の女の子として生涯を全うする予定だった。彼女の卒業文集の“しょうらいの夢”という乙女チックな作文にもそんな風に書かれてある。

 ……あるのだが、これは人生のいたずらとでもいうべきか悲劇ともいうべきか、いざ小学校を卒業するかしないかになった頃、最愛の父親が突然の事故に遭い、あっさりとあの世に逝ってしまった。もちろん、残された三代子ちゃんと母親が打ちひしがれて悲しみのどん底へと落ちていった、なんてことは口にするまでもないこと。

 しかし、最愛の大黒柱を失って母一人子一人の母子家庭となった彼女ら親子は、生来の明るさと朗らかさを武器に、もんどりうつような寂しさや悲しさなんかに絶対に屈する事もなく、なんとかかんとか頑張り抜いて生計を立てていた。

 ……のだが、これも然るべき向かい風とでも言うべきか、三代子ちゃんが中学校を卒業する頃になると、若かった父親の唯一の遺産と呼べる預金額も残り少なくなってしまい、母親の稼ぎだけでは今後の見立ても怪しくなっていった。

 そこで彼女は、

「お母さん。わたし中学校出たら働くからね」

 と提案する。しかし彼女の母親は、それでは死んだ夫にも申しわけが立たないと思い、彼女を何とか近くの女子高へと通わせた。なんと言っても彼女は昔から成績も良く利発的な女の子だったから。

 それでは当の三代子ちゃんからすれば申しわけがたたないってんで、学校の恩師に相談し、その相談した恩師の伝手つてで紹介してもらったのが、将来栄作が勤務することになる会社だった、というわけだ。その恩師と栄作の会社の社長は昵懇じっこんの呑み友達で、恩師は、彼女を学校に内緒でアルバイトとして雇ってくれないか、と駄目もと半分に頼み込んだらしいのだ。

 栄作の会社の社長は、今現在にはめずらしく浪花節のたっぷり効いた老社長であるという評判通り、何のことなし二つ返事で了承したらしい。

 そういった義理人情の厚い人ほど、普段からの仕事態度に関してはやたら口うるさいことこの上なく、いちいち面倒なことを言ってくるのも日常茶飯事であったが、三代子ちゃんは持ち前の明るさとやる気を見せて、たちまち会社のアイドル的存在となっていった。

 彼女が働ける時間はさほど多いものではなかったが、そこもそれとなく仕事を与えて温情を見せるのも、かの会社の社長の腕前というところなわけで。それとなくそれなりのお給金を頂けるようになるのも、大して難しいことではなかった。

 そして年月が過ぎ、なんとか短大まで卒業し、正式に社員として本採用というころなると、彼女はもう栄作の会社にはなくてはならない存在になっていた、という話なのだ。なんとも泣ける話ではないか。

 とはいっても、三代子ちゃんはそんな自分の苦労を鼻にもかけず、日々にこやかに顧客、取引先、そして従業員すべての人々に笑顔と愛嬌を振りまく。それなりにそれなりの栄作からすれば、まったく頭の上がらない女の子なのである。

 そんな三代子ちゃんが思いを寄せるのが、

(なんで離婚歴のあるあのバカ課長なのさ!)

 だなんて、まったくもう、一体全体この世の中間違っているにも程があるぞ、と栄作である。だから彼の心境は複雑なのだ。




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